第六一話【シュティーアの狂君主】
昔々のその昔に、クリストフ・タールホッファーという騎士がいた。
黄金の全身鎧と牡牛を象った兜で有名な、勇敢かつ豪快な神官戦士。
その剣術は精妙にして洗練され、数多の弟子を持ち、数々の剣技にすぐれた騎士を輩出した。
彼は仕えた王に見出だされ、君主の地位を賜った。
彼は更にその技術に磨きをかけ、騎士団を率いた。
そして、彼はある日狂王の地下迷宮探索と魔物の討伐を命じられ、信頼する友人や部下たちと共に潜った。
しばらくして、彼らの消息は途絶える。
定時連絡が途絶えたとほぼ同時に編成された優秀な捜索隊は、懸命な働きにも関わらず、彼らの手掛かりを掴むことが出来なかった。
そして、長い長い年月が無情に流れた。
来る。
男は久しぶりに目を覚ました。
此処に封じられて久しいが、鎧も兜も此処にある。
轡を並べる友もいる。
剣術を振るうのも、悪くない。
地獄の道化師に黄泉の哲学者に這い寄る金貨に機械の牡牛。
魔法の籠手までいる。
懐かしいものやそうでないもの。
男は歓喜を喚起される。
震えるぞ、ハート。
弾けるぞ、ビート。
男はいろいろなことを忘れていたが、戦いの悦びは覚えていた。
また戦うことが出来る。
それはとても嬉しいこと。
こんなに嬉しいことはない。
傍らには友もいる。
この辺りでは見かけない異国情緒にあふれた鎧武者と、灰色の装束を着た覆面の男が悦びを全身で表していた。
そうか。
これが。
これこそが。
男は口から迸りそうになった思いを、すんでのところで飲み込む。
彼は傍らの二人に頷くと、闇の奥に進んでゆく。
甲冑の戦士と灰色の装束の男も彼に続いた。
彼らは闇に溶けて、邂逅を待つことにする。
足下に絡みつく暗い闇と戯れつつ。
彼は思わず、雄叫びをあげた。
それは狂った朝の光にも似た。
この手の中に掻き抱いた者は、すべて消えゆく定め。
あの闇エルフはどうなったのだろう?
一瞬、甘くせつなく溢れ出す思いが波のように彼の心へと打ち寄せる。
それはまさにラブ・ディーラー。
だが。
今更正気に戻ったとて、この手は赤く濡れすぎた。
もう何処へ行くあてもない。
此処を死地として定めよう。
年甲斐もなくドキドキする。
それは。
それはまるで。
恋い焦がれる乙女のようだ。
早く。
早く私を打ち倒して欲しい。
それが。
それこそが、私をこの軛から解き放つ唯一の鍵なのだから。
先日あった魔法の籠手戦の影響で、温泉村近郊にある廃地下迷宮を商圏にする件は当面凍結されることになった。
幸い、好戦的な魔物が出てくるのは地下九階と最下層だけなので、私ことケニーは少年のコルス率いるパーティと共に定期的に聖水を撒いたりお札を貼ったりすることになった。
異世界から転移して半ゴブリン的戦力のおっさんにも出来る、それは簡単なお仕事だ。
パーティの内訳。
翼竜のマントを羽織った異世界転生少年のコルス。
闇エルフのリーネは弓兵としても精霊使いとしても優秀だ。
地獄の道化師は特殊攻撃の専門家たる妖魔。
這い寄る金貨たちはせつない吐息で相手の戦意を奪い去る。
骸骨のスファイロスも特殊攻撃にすぐれ、なかなかに強い。
仔牛の一太郎はメカメカしい牛で、一緒に行きたいと目線で嘆願されたので連れてきた。
簡単なお仕事。
直終わる予定。
その筈だった。
魔人三名が、目の前に現れるまでは。
地下四階の魔物供給室。
空の筈の部屋は、殺気に溢れている。
我々は再び危機的窮地に陥っていた。
見ただけで難敵であると感じられる。
黄金の鎧をまとった、騎士らしき男。
戦国時代っぽい甲冑をまとった戦士。
灰色の覆面をまとった忍者装束の男。
なんか全員強そうだ。
「ハリケーン・ミキサー!」
黄金の野牛が猛々しく突進してくる。
私たちは、呆気なく吹き飛ばされた。
「グレート・ホーン!」
態勢を立て直した私たちに浴びせられる、強烈な一撃。
私たちの生命力は既に零に近くなってしまっていた。
「他愛ない。これで『奴ら』と戦おうなどとはおこがましい。」
『奴ら』?
なんの話だ?
低く渋い声が部屋に響く。
腕輪が光った。
私の装備している腕輪がきらきら光る。
その光は私たちの怪我を癒していった。
「ほお。そんなものまで獲得していたのか。これは喜ばしい。」
「クリストフ、我の獲物を忘れぬように。」
「然り、然り、然り。」
「わかっておる、イエヒサにマスター・フーマ。次の攻撃はお主らに譲る。」
「その余裕が命取りだ!」
「コルス! 突っ込んではいけません!」
闇エルフのリーネの忠告に背を向け、少年コルスが三名の元へ一足飛びに突撃する。
放たれる指パッチン。
それは必殺の最強技。
今までは。
「虚術まで用いるか。だが甘い。」
騎士は楯を用いて彼の技を弾いた。
「これは思いがけぬ力。なれど。」
戦国甲冑侍は片鎌槍で凌ぎきった。
「我らに通用せぬを知るといい。」
おぼろげな姿の忍者は全弾避けた。
強い。
兎に角強い。
地獄の道化師は冷たい息を吐くつもりのようだ。
成程、それなら無効化は出来まい。
骸骨のスファイロスはなにやら呟いており、周辺の空間が歪んでいる。
彼の周りに同じような姿をした骸骨たちがちらほら見えた。
同族召喚か。
這い寄る金貨たちはやたらに増えており、せつない吐息を彼らに浴びせていた。
仔牛の一太郎は突撃するつもりだったようで、私はそれを必死で止めた。
コルスが敵わない相手なのだ。
私?
……どうしよう?
ふらり。
リーネが静かに三名の元へと歩んでゆく。
「リーネ! 止めろ!」
「大丈夫ですよ、わたしのコルス。」
圧倒的な戦闘力を見せる三名の動きが止まっていた。
「久しいな、リーネ。」
懐かしさの混じった声が響いた。
「ほんと、お久しぶりですね、クリストフ。」
「こうして再び合間見える日が来ようとは思いもしなかった。その男が今のお前の伴侶か?」
狂君主の指差す方向には私がいる。
闇エルフは形のよい眉を逆立てた。
「なにを言っているのですか、この金ぴか剣術おバカ様は。あちらに決まっているでしょう。」
彼女はコルスを指した。
「ちょっと待て。幾らなんでも幼すぎるだろう。」
「コルスの中身はおっさんなので問題ないです。」
「そういう問題ではないだろう?」
「いいんですよ、わたしがよければ。」
「変わらないな。」
「貴方の方こそ。」
三名から戦意が失せたように見える。
四名は昔話に花を咲かせ出した。
これは彼女の策なんだ。
うん、そうに違いない。
いつの間にか、一対一の決闘になることが決められていた。
我が方の勝利条件は黄金の野牛の角を折ること。
実に簡単なお仕事だ。
……んな訳ないだろう!
どうするんだ!?
「イエヒサ、マスター・フーマ。私の我が儘を聞いてもらえるだろうか?」
「構わん。」
「是とする。」
「ありがとう。……了承は得た。いざ、尋常に勝負といこうか。」
生き生きとした騎士。
対するは私。
ただのおっさん。
勝てる訳ないだろう!
「ケニーの機転に期待しています。」
話を勝手にまとめたリーネを睨んだ。
「貴方もそういう顔が出来るのですね。」
「何故私を代表に選んだ?」
「奇策なくして勝てないからです。」
「半ゴブリン的戦力の私にそんなものはない。」
「向こうもそう思っているでしょうね。」
策士のつもりか。
「ケニー。」
「コルス。」
「時間を稼げ。なにか考えておく。」
「瞬時に討ち取られないよう逃げの一手を打つさ。」
「予め言っておく。私に攻撃呪文は効かない。」
余裕綽々の黄金戦士。
だがそれが命取りだ!
そう思い込んでおく。
「先に攻撃させるのも温情。好きにさせてやろう。」
よかろう、ならばこれでも喰らえ。
カラン。
手持ちのモルゲンステルンを床に落とす。
「攻撃せぬつもりか? ならば引導を渡してやろうぞ!」
ふっ。
「唸れ、鉄拳! ロケットパンチ!」
両腕を前方に突き出す。
魔法の籠手が素晴らしい速度で吹っ飛び、無線型誘導兵器のように野牛戦士に飛びかかった。
右手の籠手から光が溢れ出す。
核撃の光が至近距離で騎士に叩きつけられた。
爆風で視界が一時的に閉ざされる。
「ぬう! その手があったか? いずこに消えた?」
「明鏡止水! 集中! 閃き! 熱血! 必中! 気合一閃!」
背後に回った私は無我の境地に入ったつもりで全身鎧の男に飛び蹴りを喰らわし、転倒した彼の兜に刄を突き立てた。
激しく何度も何度も突いて、なんとか角を切り離す。
ほう、と息を吐いて角を高らかに持ち上げた。
取ったぞ!
……あれ?
何故みんな、微妙な顔をしているんだ?
「こんな負け方は今迄で初めての経験だ。」
嘆かわしそうな声が足下から聞こえる。
「我はおそろしいものの片鱗を味わった。」
戦国武将っぽい戦士が、淡々と言った。
「負けぬということはこういうことかの。」
屈強の忍びが達観しきった声で言った。
え、なにこれ。
「勝てばよかろうなのです。」
リーネは何故かやりきった顔をしている。
「まあ、いいんじゃないか。」
コルスはなんとも言えない顔をしていた。
あの饒舌な地獄の道化師と這い寄る金貨のソリンと骸骨のスファイロスすら、沈黙していた。
みんな、なにか言ってくれないかな?
仔牛の一太郎が私にすり寄ってきた。
よしよし、お前ならわかってくれるよな。
さて、帰ろうか。
そして、温泉村に新しい住人が三名増えた。




