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第五四話【難攻不落に近きはその貞操】

とある山中の小さな村。

ある美少女だらけの家の地下室。

壺から頚だけ出している妖艶な美女と、冴えない感じの男性が話をしている。

壺には複雑な呪文がびっしり記されており、その底には魔方陣が蠢いていた。

その部屋には多数の似た壺があり、いずれも厳重な呪いが複数施されていた。


「却下。」

「魔王様。これは大事なことです。殺してはならないのでしょう? ならば、『パンドラ』を贈るのは常套手段です。『プロメテウス』とて手は出せません。『彼』は危険です。もしかしたら、勇者候補生かもしれません。ご決断を。」

「却下。」

「『パンドラ』役として、選りすぐりの娘を派遣します。この世界に送られてくる尖兵はすべて討ち果たさねばなりません。それが我ら魔族の使命です。」

「では、何故私をそうしなかった?」

「そ、それは……。」

「当面観察に徹するように。」

「なんと!?」

「取り敢えず一〇〇年ほど。」

「寿命を超えています!」

「本当にそうかな?」

「はっ?」

「『彼』は本当に人間なのかな?」

「ご、ご冗談でしょう?」

「冗談だといいね。」

「えっ?」

「冗談だよ。」

「は、はあ。」

「謹慎は五〇年くらいにしておこうか。」

「ええーっ!?」

「冗談だ。」

「もう、びっくりしたじゃないですか。」

「じゃあおやすみ。来年また会おうね。」

「えっ? えっ? 魔王様!?」


複雑に組まれた多層結界が、魔王の配下中最強の悪魔を包み込む。

周囲の邪神の幼体群が封印された壺と共に彼女は時間凍結された。


「危ういな。『パンドラ』とは異なる贈り物をしておくか。私たちがただの駒じゃないことを知らしめてあげよう。甘いと言われるなら、それを貫くのも酔狂。」


振り向くと、其処には三つの影。

正義と、愛と、友情とを象る姿。


「頼んだよ、君たち。世界は平和でなくてはならないんだ。それが私の願いだ。」


頷く異形たち。

そして、暗転。





ハミルの街にある、中程度の娼館。

サービスと娼婦の質を誇りし娼館。

最近頭角を表している人気の娼館。

コルスの指揮下にある諜報の舞台。

ケニーはその最上等の部屋にいる。

彼の目の前には素朴な雰囲気の娘。

昨日から雇われた見習い娼婦で、彼女自身は処女だという。

どうしてこうなった?

フーキーと名乗る黒髪の娘に当惑しながら、彼は彼女と並んで寝台に座ることにした。


「次はなにをすればいいですか?」


服を脱ごうとする彼女の動きを止めた。


「先ずはお話しようじゃないか。」





ケニーは異世界から転移したおっさんである。

しかも、童貞。

女の子と付き合ったことさえない。

まさに魔法使いの名に恥じぬ漢だ。

そんな彼がコルスからお使いを頼まれた。

ハミルの街に行って、子爵と打ち合わせ。

代理人になれるだけの力を身に付けた彼。

コルスの意を汲むことが出来る貴重な男。

少年は小さな革袋をおっさんに手渡した。


「これで、娼館に行くといい。」


中身はみっしりと詰まった銀貨。

豪遊出来そうな金額がその中身。

発想が子供でなくておっさんだ。


「コルス、どういうつもりだ?」

「性欲の発散を手伝うということさ。」

「間に合っている。」

「ケニーは童貞だろう。」

「ああ、現在も童貞だ。」

「近い内に婚約者が来るだろう。」

「どういう関係がある?」

「若いのさ。」

「若いのか?」

「どちらかというと幼いな。成人前だ。」

「それは困るな。」

「実質的には手を出す奴もいるし、向こうも承知していると思う。だが、ケニーはそういうのを許せないだろう?」

「そりゃ、そうだ。」

「だから、抑制せずに制御する方向性で考えた。女将に話は通してある。楽しんでこい。」

「そんなことを言われてもなあ。今までなにもなかったんだし、このままでかまわないのに。」

「爺さん連中がうるさいんだよ。早く相手をあてがえってさ。最近ちょっかいを出す娘やご婦人が多いだろ。男衆から嫉妬されるのも厭だと思わないか? まあ、今回は大型馬車の試験運用も兼ねているんだ。報告書を後で頼む。」

「わかった。」





そして現在、ケニーはフーキーと一緒に入浴している。

この館には浴室が備えられていた。

コルスの指導で掘った温泉である。

『衛生公』と揶揄されるコルスの、指導の賜であった。

娼婦を衛生面で長持ちさせる対策のひとつであるが、客とのやり取りが出来る場でもあり、好評を博している。

不衛生な状況で長生きすることは難しい。

それに、性病対策も兼ねていた。

石鹸の原型みたいなもので互いの体をよく洗い、二人は大きめの湯舟に浸かった。


フーキーの胸は小さく膨らんでおり、これから成長期に入る少女であることを示している。

ケニーは娘の年齢を一〇代前半と踏んでいた。

もっと歳上の娘か妙齢の婦人が来ることを予想していたため、戸惑っている。

若干……というか、少しは期待していただけに失望の気持ちが膨らんできた。

これは、ないだろう。

どないせえゆうねん。

こんな体も出来ていない娘を抱くなんて論外だし、そもそも出会ってすぐに異性と行為をおこなうことに疑問がある。

見た目よりもずっと頑固な彼が主義を捨てそうな様子は、今のところない。

ではムラムラしないのかと聞かれたら、それはあると正直に答えるだろう。

理性と欲望の狭間でケニーは悩んでいた。

もっと大人のやり取りを行うつもりだったというか、おばちゃんみたいな娼婦や色っぽいお姉ちゃんが相手になるとか、そうした事態を想定していた。

だから、娼館に来たのだ。

こんなに若い娘を抱くためではない。

体の一部は正直者だったが、状況に流されてはいけない。

あくまでも理性的に振る舞うべきだ。

未だに女の子へチューしたことすらないケニーは、そう決めた。





寝台で彼はフーキーと話をする。

彼女は二ヵ月ほど前、記憶喪失状態で小さな集落に保護されたそうだ。

二〇名ほどの住人が住む生活環境は、貧しかったが不幸ではなかった。

弓矢に才能があった彼女は、猟師として集落に貢献することが出来た。

そんな環境が一変したのは一ヵ月ほど前。

集落は野盗に襲われたのだった。


フーキーも弓兵として奮戦し、なんとか襲撃者たちを撃退したが集落は機能を失っていた。

人口の点でも、施設の点でも。

埋葬を済ませ、金を分けあって、別れた。

そんなこんなで、流れ流れてハミルの街。

仕事探しをしていた彼女は、その素朴さから童貞おっさんケニーの初めての相手として良かろうと判断されて娼館に勧誘された。

馴染みの相手は重要である。

彼がずっと童貞だったということは、すれた娘が相手だと困るということでもあった。

子供も嫁も恋人すらもいなかった相手に少女をあてるのはどうかと思われたが、丁度よい年頃の相手が存在しない。

フーキーは望まれた人材だった。

ケニー専用の娘にする筈だった。

彼女位の年の娼婦は珍しくない。

しかし。

ケニーの対応は関係者たちの予想の斜め上を全力疾走していた。

彼は少女を身請けして、自分のお手伝いさんにしようと考えた。

名目は秘書とする。

弓矢を使えるから、パーティの人員にもなれるだろう。

悪くない。


それを聞いて、フーキーは喜んだ。

彼を初めて見た時なんとなく他人のような気がしなかったし、好意を覚えていたからだ。

娼婦の仕事に不安はあったし、不特定多数の相手を務めるのはこわかった。

童貞のおっさん専用になることである程度の不安と恐怖は払拭されたが、乱暴な人は厭だと思っていた。

そして、フーキーはケニーと出会った。

初対面の筈なのに、そうじゃない感じ。

一緒にいると何故かぼかぽかしてくる。

心細くなっていた彼女にとって、ケニーの提案は福音に他ならなかった。

毎日一緒にいられる!

それは彼女を初めてときめかせた。

まるで、恋する乙女のように。


「今後ともよろしくお願いしますね、ケニーさん。」


二人は仲よく、一緒に眠った。





翌朝、二人を見た女将は困惑していた。

どうも二人はまだ契っていないようだ。

未経験者同士にすべきではなかったか。

彼女は失策を悟った。

何故あの時、あたしはこの子を丁度いいと思ったのだろうか?

いつの間にやら、二人は兄と妹みたいな雰囲気になっている。

想定外の事態だ。


「彼女を身請けしたい。」


にこやかな二人。

人の汚泥をよく知る女将にとっては眩しい光。

まだ深い闇を知らないが故の無垢。

理想に向かって走れる力持つ二人。

彼女は懐かしい気持ちに包まれた。

あたしだって、昔はあの人と……。


「そんなに気に入りましたか?」


少し悔しくて意地悪を言ってみる。


「ええ、とても。」


とある配管工の無敵状態に近いケニーには通用しなかった。

頬を染める素朴な少女のフーキーは、とても輝いて見える。


女として羨ましい、と、そう思った。

負けた。

値段を言う。

買われた娘ではないのでさほど高くない。

ケニーの持ち合わせた金で間に合う程だ。

そのことを訝しく思う者は、誰もいない。

百戦錬磨の女将は革袋をそのまま受け取ると、珍しく素直に微笑んだ。


「幸せになるんだよ。」


自分自身に言い聞かせるように。

男を知らないまま、あっという間に転職した元見習い娼婦に女性経営者はそう言った。


「はい、ありがとうございます。」


無垢に微笑む少女。





四頭立ての馬車が、温泉村に向かって進む。

新しい村人を連れて。

車中でフーキーは隣に座るケニーに言った。


「ケニーさんのために、私、頑張りますね。」


少女は、おんなの顔で嗤った。








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