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第五三話【村民の野心、商人の忠心】

寒冷な温泉村から東へ三日ばかり歩いた先の海沿いに、アラルコン村がある。


以前、其処へ向かうための街道はなくて孤立無援の寒村的漁村だったが、コルスに発見されて以来大幅な梃子入れが為されている。

雄大なオサミシ山脈が堅忍不抜の壁になっていたが、コルスの【力】によって一部を失い谷と化していた。

谷には街道が通され、街道筋には植林が為されている。

それは土砂災害防止策だった。

そして、今は春。

開発の始まりだ。


「ミズナラを海岸沿いに植林して防風林にしたり、酒樽にする。白樺は樹液を採取して甘味料にしたり、焼いて炭にして酒の濾過に使う。魚や貝を干したり燻製にしたりして販売する。貝が養殖出来るようなら手掛けたいな。昆布やテングサも忘れちゃいけない。アラルコン・エールの生産量を大幅に増やす。大麦の収穫高を増すために伐採した山の麓を開墾する。先日切り崩したオサミシ山脈の土砂は海を埋め立てて塩田にしたから、塩の生産量を増やしてゆく。儲けは蒸溜設備や寒さに強い羊や小麦・大麦の籾、そして馬鈴薯の種芋などの購入に充てる。アラルコン・エールを蒸溜してアラルコン・ウイスキーとして売り出すが、最低五年は寝かさないといけない。その間の費用は他で補う。羊毛は上質なアラルコン・ウールとして売り出し、その羊毛から仕立てた帽子やマフラーやセーターも売り出す。それらはハミルの街やオーファーアイセルの街やトゥルンハウトの街や、アスラン帝国及びミトラス帝国へも売って、販路も確立したい。」


大風呂敷を広げるは今年八歳になる少年。


「地場産業を確立して自給率を高める。豊かな暮らしは大切だからな。飢饉対策と基金設置も必要だ。そして、オレの言ったことは実現可能な範囲だ。不可能を口にしてはいない。」


「共同浴場で身綺麗にし、公衆衛生を徹底させて疫病を防ぐ。栄養失調にならないよう食生活を充実させて、長寿化を図る。医療の充実も図りたいが、これは薬師の外用薬頼みか。」


医者だ華陀だヒポクラテスだとぶつくさ呟く彼に、アヘヒロとケニーは内心舌を巻いた。

温泉村もそうだが、此処まで意識して村を開発する者がこの世界にどれだけいるだろう?


温泉村。

アラルコン村。

メルクリン村。

タロン村。

コルスが指導している村は四つ。

前代未聞の事態である。

『副村長』という渾名まで出来ていたし、ハミルの街の支援も受けている。

最近はロマラン村からも指導して欲しいとの依頼を受けて黒すぐり(カシス)のリキュールを開発したり、名産の栗を使った菓子なども開発している。


コルスの野心は何処へ向かっているのか?

ミトラス帝国に是非とも欲しい。

今は村の開発に夢中だが、一五歳の成人を迎えたらミトラス帝国への移住をしてもらいたい。

アヘヒロの忠誠心と野心とが疼く。

それとなく話を進めよう。

幸い、彼にはまだ婚約者がいない。

ケニーは、近く訪れる元悪役公爵の令嬢たちを嫁にする。

両名ともミトラス帝国の重鎮になるべき存在だ。

帰国したら、陛下に話を通さなくてはならない。

帝国のくさびとして、繁栄をもたらす者は貴重である。

王国は理解していないようだ。

ならば、好都合。

帝国にコルスを認めてもらえるよう、既にアヘヒロは手紙を複数送っていた。

彼は王国に疑問を持っている。

何故、王家はコルスの業績を理解出来ないのだ?

ミトラス帝国皇帝アテルイは、コルスが王都メルキアを訪れる際は最大のもてなしを行うと確約していた。

英邁闊達な君主に仕えることの幸せを、アヘヒロは深く噛み締める。


「継続販売出来る高価値商品を複数揃えて、村の財政を安定させる。独占するというよりも、元祖としての地位を築く。真似は避けられないからな。競合商品に負けない、高品質な品を生み出す。『アラルコン村の商品が欲しい。』と人々に思わせるんだ。一村一品では弱いから、複数化する。軌道に乗れば生活はずっとよくなる。その儲けを事業の基幹部に投入して、切磋琢磨を怠らない。そして、市場の変化に柔軟に対応出来るだけの地力を作る。では、質疑応答に移る。」


コルスは集まった村人たちの相談に応じゆく。

予算、能力、人手、技術力、生産性、その他。

これは一〇年先や二〇年先を見通した布石だ。

アヘヒロは緊張する。

子供の発想ではない。

最初彼は闇エルフのリーネやエルフのサーニャ、老騎士ユリウスなどを後ろ楯かと考えたが、それは間違っていた。

確かに相談はするが、発想と決定はコルスが行っている。

最近はケニーという軍師を得て、より生き生きしていた。

コルスはありとあらゆる範囲の有効な情報を求めている。

人種や地位や年齢学歴その他を一切無視して、情報を掻き集めている。

ハミルの街で、露店商たちに積極的に話しかける姿を彼は何度も間近で見ていた。

アヘヒロ自身も質問の嵐を浴びている。

学者のように質問して、商人のように積極的に動き、実業家のように指示を下す。

ミスリル銀軸の筆記具で温泉村にて開発した帖面になにやら書き込みながら、コルスは村民たちの質疑応答に手早く答える。


それはまるで、質問内容を事前に知っているかのように。





高速道路とはなんだ?

準急、新快速とはなんだ?

宅配とはなんだ?

深夜アニメとはなんだ?

令呪とはなんだ?

番長とはなんだ?

ベルベットルームとはなんだ?

おそ松さんとはなんだ?

チートハーレムとはなんだ?

ネクロノミコンとはなんだ?

D&Dとはなんだ?

AD&Dとはなんだ?

SAN値とはなんだ?

トンヌラとは誰のことだ?

ムラサマブレードとはどんな武器なのだ?


コルスとケニーは暗号でも使っているのだろうか?

今日も二人はアヘヒロにとっての謎表現で会話しながら、村の開発に取り組んでいるのだった。





ぞくり。

ただならぬ気配にさっと振り向く歴戦の商人。

無表情の美少女闇エルフが意外と近くにいた。

剣の使い手である彼が、気配を読めなかった。

実戦だったら、斬られている。

修羅場を幾つもくぐり抜けた彼だが、喉がからからだ。

死んでいたかもしれない恐怖。

ただごとではない。


「どうかされましたか?」


深奥の恐れに蓋をしたまま、アヘヒロは外見以上に年経た精霊使いへ問いかけた。


「いえ、別段どうということはありません。ただ。」

「ただ?」

「わたしにとって、コルスは生き甲斐だということです。」

「承知しています。」


アヘヒロは緊張する。

脇に汗が滲んできた。

なにを。

彼女はなにを求めているのだ?


「ぽっと出の娘へヒロインの座を明け渡す訳にはいかないのです。」

「はい?」

「ただでさえ色気のない作品なのに、可愛い娘が来ては困ります。」

「あの、一体なんの話でしょうか?」

「コルスの嫁はわたしだということです。」

「えっ?」

「えっ?」





リーネの試練とケニーの適性探しは続く。





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