第五話【燻製】
オレの名はコルス。
七歳の村人だ。
異世界へと転生し、今は温泉村の温泉旅館に住んでいる。
燻製。
日本でも食品の保存方法のひとつとして縄文時代から行われている。
この世界の人間は燻製を知らなかった。
とーちゃんかーちゃん村長商人のおっちゃんあんちゃん果ては闇エルフのリーネにも聞いてみたが、逆に燻製とはなんぞやと聞かれた。
むむむ。
食材の保存方法は干すか浸けるか。
果物だとジャムがあるな。
肉でいったら、干し肉か塩漬け肉。
食を豊かにしよう、というのがこの世界での指針のひとつだから、廃材を元に燻製作りをしてみる。
「コルスは変わったことをしますね。」
オレを手伝いながら、リーネは微笑む。
「旨いもんを喰うことは大切さ。」
「コルスらしいです。」
「そうかい?」
「ええ。」
旅館の裏庭でごそごそやっていたら、ハミルの街の子爵様が来た。
気さくな兄ちゃんだが勇猛果敢な騎士でもあり、ハミルの街の防衛戦では二番目の兄貴と共に奮戦した。
兄貴が戦死してから、旅館を頻繁に訪れるようになっている。
リーネのことが気になったが、冒険者たちと交流があるだけに偏見はなかった。
実にありがたい。
「やあ、コルスにリーネ。なにしているんだい?」
「燻製作りだよ、若殿様。」
「今日は、若殿様。」
「やめてくれよ、コルスにリーネ。」
「わかった、兄ちゃん。」
「わかりました、お兄ちゃん。」
「よしよし。で、燻製ってなにさ?」
「肉や腸詰めや玉子や魚やチーズなどを煙で燻して保存性を高め、尚且つ風味を付ける方法。」
「コルスってさ、時々学者みたいなこと言うよね。」
「わたしも時折コルスがなにを言っているのかよくわかりません。」
「そうだ、兄ちゃん。これやる。」
翼竜のマントに翼竜の血の小瓶を五つ渡した。
「コ、コルス? これはなんだい?」
「翼竜のマントに粉状の翼竜の血。リーネが狩った。」
「は? 翼竜? 僕だって見たことないよ、そんな大物!? これらを僕にくれるのかい?」
「兄ちゃんは友達だからね。」
「コルス……。」
兄ちゃんには長生きしてもらわないといけない。
「クロフツ爺さんのとこに行ったら、翼竜の革鎧を作ってくれるよ。」
呆然自失となった兄ちゃんは放っておいて、燻製の準備を進める。
猪肉に翼竜の肉に鹿肉に鱒の切り身にヤマメにアヒルの玉子に鴨肉に兎の肉に山羊のチーズ。
まあ、こんなところか。
白樺のチップと木炭を使って燻し始める。
ある程度の水分は予め【力】で飛ばしておいたから、割合早く出来るだろう。
「コルス、これあげるよ。」
兄ちゃんが従者に運ばせているのは……。
「兄ちゃん、もしかして、それ絨毯?」
絨毯が六つ。
この世界で考えたら相当な高級品だろう。
「おっ、流石にコルスだな。既に知っているか。」
「どこで売ってんの、それ?」
「アスラン帝国ってとこさ。」
「ありがとう、兄ちゃん。いいの?」
「いいさ。コルスにはいつも世話になっているし、面白い経験もさせてくれる。これだけでは足りないくらいだよ。ほい、おまけ。」
これは……珈琲?
「アスラン帝国では普通に飲んでいるらしいよ。向こうの商人から貰って飲み方も教えてくれたけど、僕の口には合わないな。」
アスラン帝国か。
よし、その内行ってみよう。
絨毯を家族にあげたら、みんなに喜ばれた。
居間にひとつ、とーちゃんかーちゃんの愛の巣にひとつ、兄貴にひとつ、姉貴にひとつ、村長んちにひとつ、クロフツ爺さんにひとつ、オレは一番小さな青い絨毯を貰った。小さいといっても畳一畳くらいの大きさはあるが。
よし、今度は空飛ぶ絨毯だ!
ビバ、アラビアン・ナイト!
「燻製の試食会を行います。」
場所は広場。
オレの目の前には村人たちや商人のおっちゃんあんちゃん、子爵の兄ちゃんが揃う。
最初はおっかなびっくりで口にした面々だったが、風味が気に入ったらしい。
作り方を教えて欲しいといわれたので、運んできた燻製製作器を説明する。
「白樺にそんな使い道があるとはな。」
「コルス、いいのか? 作り方をワシら商人に教えて。」
「みんながおいしいものを食べられるって、素敵なことだと思うんだよ。」
「コルス……。」
「この村の白樺の質はとてもいいから、燻製が広まるほどに温泉村は儲かるぜ。」
「感動を返せ、こんにゃろめ!」