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第四四話【悪役公爵の元妻はおっさん転移者の年下のお義母さんになる予定】

ミトラス帝国首都のメルキア某所の深夜。

高貴な身分の二名が豪奢な装飾品溢れる部屋で話をしている。


「エレーナよ。ニュートンの娘よ。ミスカトニック隊副長よ。長きに渡る任務、大義であった。」

「勿体なきお言葉で御座います。」

「あやつのことは他の者に任せたので、この時よりなんじの任を解く。」

「はっ。」

「新たな任を与える。」

「はっ。」

「温泉村へ赴き、汝の娘たちをケニーと名乗るコルスの弟子へ嫁がせよ。これは勅命である。」

「仰せのままに。」

「彼の者は、堅忍不抜道心堅固鉄壁絶壁にして難攻不落と聞く。心せよ。汝の全身全霊をもって、ミトラス帝国に繁栄をもたらす福を得るのだ。」

「全力を尽くします。」

「彼の者は汝よりも年上だが、一切気にせぬように。もし汝に子が産まれても不問といたす。存分に業を振るうがよい。」

「なにからなにまでご配慮いただきまして、かたじけなきことに御座います。」

「汝の忠節はよく存じておる。おそらくはこれが直接会う最後となろう。体を大切にし、血気にはやるでないぞ。焦る必要はない。なにかあれば、アヘヒロやコルスを頼れ。」

「勿体なきお言葉を賜りまして、わたくしめは幸せに御座います。おなごり惜しゅう御座いますが、これにて御免被ります。」

「吉報を待っておる。達者でな。」

「はっ。」





貴族の婚姻は基本的に政略結婚だ。

ミトラス帝国でも、それは同様だ。

故に、人脈や利益が生じにくい婚姻は疎まれる。

長男長女は引く手数多であっても、次男次女三男三女になるとよほど有力な貴族でない限り、縁談が発生しにくい。

それに、貴族令嬢でも裕福な商人や市民に降嫁する者ばかりではない。

そうなると、月一度首都メルキアで開催される夜会が婚活の場となる。

要は売り込み合戦だ。

苛烈な戦場でもある。

それは貴族社会を円滑に回すための黒い潤滑油。

偽りに満ちた伏魔殿。

貴族令嬢たちは化粧と装いで全身武装し覚悟完了して、手練れの付添人と共に騎兵の如く突撃を敢行する。

その勇猛果敢さは戦艦相手に肉薄する駆逐艦の如しで、砲撃激しき海域を繊細且つ大胆に切り裂いてゆく。

そして、狙い定めた相手に必殺の魚雷を叩き込むのだ。

夜会は歓談の場ではなく、貴族の将来を賭けた戦場だ。

渦巻く感情を圧し殺し、独身貴族は良縁を結ぶべく決死の思いで舌を振るう。

その舌は剣。

もしくは槍。

相手の楯や鎧の隙間に致命的な一撃を加えるため、言葉のほころびに注意する。

ありとあらゆる手管が用いられ、初めて訪れた若い貴族の長男などよいカモだ。

危険性を熟知している当主は歴戦の付添人を息子にあてがって、必殺の雷撃を回避させようとする。

内心の焦りを見せまいとする二〇代後半の令嬢とうぶな一〇代前半の少年は、危険な組み合わせだ。

なにかがはかどりそうな空間で、貴族社会のややこしいお見合いは進んでゆく。

最優先事項は家柄と財産。

人間性など考慮されない。

型録で商品を選ぶような目線で結婚相手を決める会は、今宵も通常運行で終了する筈だった。





人の不幸は蜜の味。

噂が噂を呼んで、くだらぬ悪評を作る。

人の悪意は、いつの時代も変わらない。

その禍々しい連鎖に捲き込まれないためには、それ相応の力が必要だ。


今夜は、没落したハイマン公爵家と初めて参加する皇帝陛下の話題で持ちきりだった。

ハイマン公爵は人間的によろしくない人物だったが、妻や愛人の選び方は上手かった。

愛情は注いでいないようだったが、ミトラスでは最後となる美しい妻に見目麗しい娘を三人も産ませた。

その妻もあっさり捨てられ、政争に敗れた公爵自身は現在行方知れずだ。

仲間だった貴族や商人も同様かそれ以上に悲惨な状況らしいが、関係ない貴族にとっては対岸の火事に過ぎない。

自分には関係ないと根拠なき自信持つ。

元妻と娘たちは辺鄙な村へ落ち延びる。

温泉と林檎と林檎酒が名物の小さな村。

可哀想に、と彼らは微笑みながら呟く。

そんな彼らに、危機感はちっともない。

頭の中は良縁を結ぶことでいっぱいだ。





皇帝陛下は嫁取りに来るのだろうと、独身貴族令嬢たちは確信していた。

根拠はないが。

現皇帝陛下は先帝の後宮を廃したが、人の欲は暗く根深い。

今はどの侍女やはしためにも手を出してはいないが、時にムラムラすることはある筈だ。

性欲は人の基本的な欲望なのだ。

蓋で覆い被せようが、目を閉じさせようが、飽くなき努力を重ねる者は少なくない。

ならば、勝機はある。

后になれなくともよいのだ。

手を出されること自体に価値がある。

今の独身貴族令嬢たちは阿修羅を凌駕する勢いだ。





「現在月一度開催されている夜会は、次回から年二度とする。夜会を本来の形に戻し、互助の精神へと回帰させ、報われぬ者たちへの助力の場とせよ。これは勅命である。」


開口一番、皇帝陛下は劇薬を振り撒いた。

挨拶の直後に猛撃しようとしていた令嬢たちは機先を制された。

場数の違いである。

猛毒がじわりじわりと貴族たちの体に染み込んでゆく。

目的を達成した彼は、そのまま宮廷へとんぼ返りする。

開幕電撃戦により、貴族たちは誰も咄嗟の判断をすることが出来なかった。

皇帝陛下は即座に首都全域へ敏腕の役人を派遣し、路上で告知を行わせた。

真っ青になったのは、貴族だけではない。

利権に群がっていた商人や職人たちもだ。

逆に市民たちは喜んだ。

貴族たちの無駄遣いが彼らに還元されていなかったからである。

亭主や嫁を選ぶのに大金を使う貴族は、庶民の怨嗟の的だった。


「夜会を全面禁止にすればよかったのにな。」


市民の一人が口にする。


「そしたら、貴族どもが反乱を起こすだろ。」


近くにいた者が応える。


「ああ、だから年二度にするのか。」

「貴族どもは悪辣だからな。これで連中の馬鹿騒ぎが少しでも減るかと思うと、めちゃくちゃ嬉しいぜ。」

「よーし、祝杯を上げるか。」

「皇帝陛下万歳!」

「皇帝陛下万歳!」


その夜、首都は夜更けを過ぎるまで歓声が絶えなかったという。





翌日から、皇帝陛下の覚えが特に高いサタケ辺境伯や商人のアヘヒロの元へ陳情書が多数舞い込むことになる。


皇帝陛下の判断は貴族社会の凋落に繋がる行為だ。

なんとかして欲しいというのが、彼らの言い分である。

今回の騒動に二人とも加担しているとは、夢にも思わないらしい。


先ずは劇薬を振り撒き、出方を見る。

一枚岩ではない彼らは必ず分裂する。

派閥に別れ、足を引っ張り合うに違いない。

不信の種は既に蒔いてある。

離間の計と埋伏の計は、じわじわとその効果を地道に発揮していた。

不信の芽の見えてきた時が狙い目だ。

相手の差し出すものが変化した時こそ勝機。

それまではのらりくらりとして、言質を与えなければいい。

亀裂の間に杭を打つのだ。

今の貴族社会は強すぎる。

弱体化させねばならない。

生かさず殺さずが合言葉。


ハイマン公爵の娘たちはまとめて温泉村に送った。

他の妻や愛妾たちに子供はいなかったが、それ故に彼女たちの頚は繋がった。

領地も財産も没収済みだし、兵はすべて分断された。

縁者は後難をおそれて、公爵との縁切りを皇帝陛下に誓約した。

他国に渡った公爵が内応させようとしても機能はしないだろう。

たぶん。


貴族社会の混乱は当分続く。

その間に平民の有能な者たちを取り立て、帝国を繁栄させるのだ。

皇帝アテルイは微笑む。

温泉村に新しくやってきた隠者的なケニーとやらに元公爵令嬢たちをめとらせ、美談を作る。

筋書きは既に出来ていた。

辺境伯も歴戦の商人も『北嶺の小賢』も皆賛成している。

悪役的な没落貴族令嬢が他国の小さな村で隠者的な賢者に出会い、恋に陥り愛を知って幸せな家庭を作る。

既定路線の概要を知っている者たちが、上手くことを運ぶだろう。

愉しきかな、愉しきかな。

皇帝陛下は外見こそ青年だが、中身は世話焼きなおっさんだった。

コルスと似た部分がある。

故に連動が可能であった。

よきかな、よきかな。

美人や美少女たちに囲まれながら、彼女らと入浴も共にしながら、皇帝陛下は今日も帝国繁栄のために全力を注いでいる。

最初は欲得ずくで皇帝陛下に近侍した者たちも、今では忠誠を誓っていた。

彼の限りないおっさんくささにあてられ、感覚が麻痺しているのだろうか。

いや、そうではないだろう。

たぶん。


皇帝陛下の進撃は続く。



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