第四三話【お話の行方】
敵の鉄騎兵が跳ねて、私に襲いかかってくる。
それは四メートル程の機械仕掛けの人型兵器。
私が操っているのと同じ、人殺しの為の道具。
狭い棺桶の如き操縦席から機関銃を掃射した。
それでその黒い塊は沈黙する。
私たちの部隊は壊滅していた。
正規兵たちの強大な兵力はこの傭兵基地を圧倒し、癖だらけのしたたかな司令官とは連絡がつかない。
喚くのが日常茶飯事の副官は先程まで通信機から支離滅裂な指令を飛ばしていたが、悲鳴と絶叫の二重奏を奏でた後は沈黙している。
「よお、どうする? トンズラするか?」
陽気な傭兵仲間のテキーラが通信機越しに話しかけてきた。
既に二機だけか。
「他の奴らは?」
「突撃した奴、逃げた奴、王宮に向かった奴、といろいろだ。」
乱戦の中だし、通信機も妨害電波の所為で雑音だらけの状態だ。
戦略的撤退もやむなしか?
「おっと、新手のお客さんだ。生きて帰れたら、ココナンの店で奢れよ。」
敵だ。
何機もの蠢く敵だ。
青い鉄騎兵がいる。
彼とは決着を付けないといけない。
私は自身の鉄騎兵の脚底に仕込まれた車輪を回し、迫撃を開始する。
激しく降り注ぐ銃弾。
これだ。
これこそが、私の生きる世界。
硝煙たなびく世界こそ、心躍る世界。
手近の鉄騎兵を火薬で加速させた拳で粉砕しながら、私は歓喜に震える。
夢か。
なんだろう、この主人公目線な展開は。
英雄願望はない筈だが、気を付けよう。
明け方か。
さむさむ。
夜中に吹き荒れていた天候も、今は少し吹雪いているくらいだ。
温泉村に春が訪れるのはまだまだ先。
当分は寒い日々が続く。
試作品ということでロハにて入手したアラルコン・セーターを着て、ズボンはこちらで縫ってもらったものを履く。
獣脂で防水性を高めた革靴の紐を縛り、立て掛けていたモルゲンステルンを持って朝の練習に向かう。
行く先は現宿泊場所の温泉旅館裏庭だ。
ひゅん! と風切り音がする。
星球式鎚矛を樫の太い杭に叩きつける。
一メートル半くらいの金属製の竿に鎖が付いていて、その先にはイボイボのある鉄球が繋がっていた。
竿は中空構造になっていて、中に書簡とか密書とかなにかを入れられる。
槍やら斧やらが一体化したハルバードや三國志に出てきそうなグレイブなども試してみたが、フレイル系に習熟しようと考えている。
現在私の専任担当者になっている冒険者のカスタに教えてもらえばいろいろはかどるかもしれないが、自力で何処まで出来るか把握するのも大切だと思う。
戦力的に半ゴブリンと言われているし、この間倒した大猪も偶然が大きく作用した。
私が何故この世界に送り込まれたか?
或いは呼ばれたか?
理由や原因はさっぱりわからないが、自分自身の身を守れるくらいにはなれないとな。
ゴブリンか。
人と同じように歩き走り笑い泣き怒る生き物。
人の利益に寄与しないものは殺してかまわない、という論理に捲き込まれたくない。
この世界の人たちにそんなことを言えば、笑われるか馬鹿にされるか怒鳴られるだろう。
彼らにとっては害獣駆除に近い感覚なのだろうから。
それは異教徒を虐殺する論理とどう違うのだろうか?
彼らにも家族があり、部族があり、言葉があり、文化もある。
自給自足をしている集落もある。
ならばゴブリンとはなんなのか?
ゴブリンだけではない。
人に近い姿をして、人に虐げられているものたちがいるのだ。
それは、当然のことなのか?
いや。
当然のことではないと思う。
私は……私は……なんのために此処にいる?
なんのために鉄の塊を振るっている?
ゴブリンたちを殺すため?
彼らがなにをした?
人に仇なす存在だから?
本当にそうなのか?
バキッ!
音がして我に返る。
樫の太い杭は折れていた。
「朝から精が出ていてなによりだ。朝飯の時間だから、そろそろ来い。」
コルスが私を呼びに来ていた。
「ああ、すぐ行くよ。」
鉛色の空を見上げる。
雪がちらついてきた。
寒い日はまだまだ続きそうだ。
コメやアズキやダイズの話でコルスと盛り上がった後、カスタの監修でモルゲンステルンの熟練度強化に励む。
四〇代にもなって武器を振るう破目に陥るとは思わなかったが、小銃を抱えて他国の人を殺す破目にならなかっただけマシかもしれない。
渡った世界によっては問答無用でゴブリンなどを虐殺しなければならないかもしれないし、人を次々に殺めなければならない状況だったかもしれない。
この世界も、数十年前はそれに近い争いを繰り広げていたという。
私よりも若いコルスの父親と酒を酌み交わした時に、彼の重い口から少しずつ話を聞いた。
彼は練達の元冒険者で、死にかけていたところを今の奥さんの献身的な看病によって甦ったという。
普段無口な彼が風来坊の私に話してくれたのは、気まぐれだったのかもしれない。
モルゲンステルンを含むフレイル系の武器には、『突く』という動作がない。
刃がない故に、手入れがしやすい。
フレイルは元々脱穀用の殻竿が原形だそうだ。
メイスという鎚矛は棒の先に刺や出っ張りの付いた武具で、フレイル系武器同様に僧兵や騎士が好んで使うという。
竿系武器の肝要は遠心力にある。
どう振り回せるかが大切なのだ。
板金鎧の重装騎士や楯を持った相手にも有効だ。
私の持つモルゲンステルンの鉄球は二キロほどのものだが、これが全力で叩きつけられるのだ。
女子の砲丸投げで使われるような鉄の塊をぶつけられるのだから、これはたまらない。
先だっての対大猪戦でも有用性を確認出来た。
カスタによると、熟練の使い手が振るう鎚矛系・竿系武器は兜ごと相手の頚をへし折ったり頭蓋を陥没させたりするらしい。
……盗賊・野盗といった連中相手に、威力の発揮出来る日が来ないことを望む。
別に人殺しになりたい訳ではないのだ。
殺伐とした世界で生きたい訳ではないが、そんなことを口にすれば怒られるか呆れられるか、或いは……。
いかんいかん。今日はなんだか暗いな。
なんだかんだで、温泉村は平和なのだ。
薬草園を警備する斥候隊の面々は前科何犯とか以前数人殺しましたとかいう面構えの人ばかりだが、とても親切な上に仕事に対して大変意欲的だ。
外見と中の人は別物ということか。
彼らが過去話をしていた途中で一瞬ほうけたような顔になっていたけれども、あれはなんだったのだろう?
彼らの頭の辺りでカチャカチャという音が聞こえたようにも思えたのだけれども、あれは気の所為だったのだろうか?
……考え過ぎだな。
村人の中にもこわい顔をした人がちらほらいるけれども、総じて人がいい。
なんだか不思議な気もするが、案外苦労人が多いのかもしれない。
昔俺はワルでな、というアレかな?
たぶん、そうなのだろう。
村の女性陣が私に密着してきたり、意味深な行動を取るのは珍しいからだなきっと。
私のように老けたおっさんがモテる訳ないし、彼女たちは珍獣をかまうような心地なのだろう。
あ、いかん。
思い出したら、ちょっと……まあ、男の生理現象だから仕方ない。
気にしない、気にしない。
ガンッ!
あっ、やっちゃった。
集中力が途切れたから、余計な力が入ってしまった。
もらったボロボロの鎧兜を杭に立て掛けドツキ回していたのだが、バラバラになっている。
カスタによると、力の入れ過ぎだという。
反省。
夜の公会堂。
今夜は私の番。
私が語り手。
初めての番。
聴衆が鮨詰めになっている。
嗚呼、寿司が食べたくなってきた。
いかん、いかん。
集中、集中。
集中、熱血、気合い、必中、閃き。
どうして、こんなに人がいるのだ?
村人たちからの要望が多かったと、コルスが言っていた。
何故だろうか?
こんな、冴えないおっさんの語る話を聞きたいものかね?
熱気がこわい。
とある勇者とその友の騎士の話をする。
二人は幼馴染みで、紅茶好きの魔法使いを
倒そうと長い旅を続けていた。
魔法使いは強力な護符と共に地下迷宮の中にあり、彼を倒すことは大変困難だ。
二人は信頼しあい、懸命に戦った。
そして、いよいよ魔法使いの部屋の合鍵を持つ竜の元へ辿り着く。
竜はとても強く、勇者の友人は彼をかばって瀕死の重傷を負った。
勇者の渾身の一撃によって竜は退散し、合鍵は無事に入手出来た。
さて、騎士をそろそろ……ん?
集まった聴衆は驚くほど真剣に私の話を聞いていた。
最前列の子供たちは今にも泣きそうな顔をしている。
……困った。
私は……私はどうすればいい?
リアリズムとご都合主義のどちらを採用すればいい?
あと、二言。
二言喋れば、騎士の出番は終わりだ。
それが本来の在り方だ。
…………よし。
「あれでよかったと思うよ、オレは。」
コルスは語りを終えた私にそう言ってくれた。
物語、か。
語るのはむずかしい。
翌朝。
話の続きはどうなるのかと子供たちに囲まれ、私はかなり困った。




