第四二話【雪中の死闘】
残酷な描写があります。
ご注意ください。
「ヒャッハー! 消毒だ! 消毒だ! 消毒だ!」
モヒカン頭の世紀末武装集団が村に火を放とうとしている。
荒廃した世界。
それでも、人々は生きている。
人々の笑顔を守らねばならぬ。
奴らは倒さなくてはならない。
北都南真拳の使い手たる私が!
「阿多田多々多々多々!」
「デネブ!」
「アルタイル!」
「ヴェガ!」
また殺ってしまった。
「ふっ、こ奴らではお前の相手は務まらないようだな。」
「ユラ! 裏切りの赤い星! 私のユリは何処だ?」
「ふん、あんな女の何処がよいのだ?」
いきなり服を脱ぎ去る、化粧濃き偉丈夫。
「これを見てくれ。どう思う?」
「なにを言っているんだ、お前は! 北都南真拳秘奥義! 得流寅萬江絵洲!」
「ぐはっ! ……とても……激しいな。」
「言え! ユリは何処にいる!?」
「何処にでもいるし、何処にもいない。」
「誰がシュレティンガー的な答を言えと云った!」
「懐かしいな、そのツッコミ。私は……お前の……欲し……。」
「おい、ちゃんと答えろ! なにやりきった顔をしているんだ!」
なんだ、今のは!?
ゆ、夢か?
最近は夢見が悪い。
変な夢ばかり見る。
ん?
部屋の外に誰かいる?
……誰もいない。
……気の所為か。
もう一眠りしよう。
よく晴れた青空。
雪原を矢が走る。
ヒュン!
飛び上がった姿勢で兎は即死して、その場に崩れ落ちた。
闇エルフのリーネの放った矢による成果である。
ヒュン!
続けて放たれる矢が、新たな兎の命を摘み取る。
冒険者のカスタが淡々とした顔で放つ矢の結果。
続けざまに討ち取られた兎に驚くしかなかった。
私の今の名はケニー。
四〇代のおっさんだ。
今日は温泉村の北にある森やその近くで狩りをしている。
主に兎を獲るべく、皆弓矢を装備していた。
私も今日は、十字弓とも呼ばれるクロスボウなアーバレストを装備した。
三国志でも弩(ど、おおゆみ)として使われている、遠距離戦闘用道具。
弓の苦手な私用に再設計され、ドワーフの名工によって作られた逸品だ。
三八式歩兵銃くらいの重さかな?
ずしりとくる重さがたまらない。
兎を見つけ、私も引き金を引く。
慎重に狙いを付けた筈だが矢はずっと上の樹の幹に当たり、逃げた兎はコルスの弓で仕留められた。
木製の銃床の近くにある重いハンドルをぐるぐる回し、弦の停止位置まで動かした。
カチリという音を確認して矢を溝の上に載せ、安全装置を兼ねたハンドルの取っ手を押し下げる。
引き金というよりも引き板なそれを軽く握り、次の目標を狙った。
パッ!
兎が跳ねて、射線に入る。
照準をセンターへ。
よし!
ヒュン!
アーバレストから放たれた矢が疾風のように飛ぶが、またも兎の頭上を通過してなにかに刺さったようで、獣の悲鳴が聞こえる。
同時にリーネの放った矢が兎に致命傷を与えた。
私は再度ハンドルを巻き上げる。
なにかに向けて照準を合わせた。
大きな猪が藪から飛び出てくる。
矢を放ったが、これも又外れた。
猪の太股に刺さった矢は致命傷ではなく、獣は私目掛けて突進してくる。
アーバレストは間に合わない。
弩を手近な場所に置き、傍に置いていたモルゲンステルンを構えた。
鎖によって結ばれた鉄球が、だらりと下がる。
猪の迫撃に備え、野球の打者のように構える。
突っ込んできた猪の直撃をなんとかかわした。
カスタとの訓練が役立った。
猪の目玉に一撃喰らわせる。
左目を潰したが、まだまだ。
追撃して、頭に一撃加える。
こわいが逃げられはしない。
ならば、倒すしかないのだ。
怨みはないが死んでもらう。
死角に回り倒させてもらう。
雪の中を転がりながら、二度三度と打撃を加える。
雪がなかったら、私の方が致命傷を喰らっていた。
更にもう一撃だ。
手応えがあった!
よたよたする獣。
手がぶるぶると震えた。
ギュッと、竿を握り締める。
手でこすって、気を静めた。
まだ、倒れないのか?
ウオオ! と吼えた。
大猪の突進を避け、遠心力を活かして思いきり脳天に鉄球を叩き込む。
これでどうだ?
ドスン。
猪が倒れた。
ふう。
「死んだ。」
いつの間にか傍にいたカスタが呟く。
そっと、見守ってくれていたようだ。
私はその場にへたりこむ。
「今日の一番大きな獲物はケニーが仕留めたな。」
コルスが言った。
包丁でヒュッと喉を斬り裂く少年。
鮮血が飛び散る。
狩りは終わった。
「初めての獲物が大猪か。しかも誰の助力もなしだ。偉いぞ、ケニー。」
獲物を橇に載せ、村へ戻る。
アーバレストやモルゲンステルンもついでに橇へ載せる。
両方ともけっこう重いのだ。
「相手が熊でなくてよかったな。」
傍らのカスタがぽつりと呟いた。
「熊か。」
「ああ、ゴブリンじゃ殆ど相手にならん。奴らの小さな集落なら、一頭で全滅させるからな。熊は弱そうな獲物を傷つけて逃げられないようにして、先ず大人の雄から堪能するんだ。その後ゆっくりと逃げられなくなった者たちを……まあ、そんな感じだ。」
「……強いんだな。」
「冒険者でも、初心者が相手にしちゃいけない強敵の一種だ。」
三〇口径の銃でもないと仕留めるのに苦戦しそうだ。
どうやら、アーバレストの照門と照星が合っていないようだ。
帰ったら調整しよう。
矢は小口径ライフルの弾丸並の威力があるらしいから、習熟すれば私にも勝機はある。
熊や猪相手には厳しいが。
魔弾の射手みたいにはいかないが、狙撃に馴れれば狩りの戦果も上がる。
もう少し頑張ってみよう。
途中で小休憩する。
懐に入れた焼饅頭なふうまんを口にする。
中身は芋餡で、今朝焼いたばかりの品だ。
芋の風味と甘みがじんわりと体に染みた。林檎の砂糖煮の隠し味が風味を増す。
この世界的には、とても贅沢な品だ。
菓子が早く普通に普及すると嬉しい。
携帯糧食としてもなかなか悪くない。
水筒に入ったお茶で喉を潤し、矢筒を改めて確かめる。
コロンビアのフリースのトレーナーを着ているお陰で、寒さは大丈夫だ。
アメリカ製のしっかりした品。
ドワーフが大騒ぎしたので大変ではあったのだが、それもいい思い出だ。
「コルス。ちょっといいか?」
「なんだ、ケニー。」
「セラミックの矢とかレーザーサイトとか作れないかな?」
「あのな、ケニー。飛空船も飛空艇も飛ばないような世界で、レーザーサイトが作れる訳ないだろう。オーパーツなオーバーテクノロジー過ぎる。」
「無理かな?」
「無理だな。」
「精霊的ななにかで目標を捕捉して、百発百中にする自動追尾方式とか。」
「ケニーはたまに無茶苦茶を言う。そんなことが出来たら、どっかの阿呆による戦争が勃発するぞ。市民兵や農民兵がそんな武装をしてみろ。とんでもないことになる。」
「じゃあ、諦めよう。」
「うん、それがいい。」
「ところで、今話に出た飛空船も無理かな?」
「無理だ。オリハルコンやヒヒイロカネで船体を作ることなど出来ないし、現行の木製の船体強度が高空に耐えられないだろうし、そもそも飛ばすための浮力と推力をどこから得るかって話だ。気温や気圧の問題もあるし、基礎技術そのものが存在しない。もし高度な技術で作られた飛空船が発掘されたとしても、まともに運用することすら出来ないだろう。それに開発研究中に空中分解が多発したら、開発計画自体が凍結される。」
「その、精霊的ななにかでパパッと、結界で全体を覆って強度を高めるとか出来ないかな?」
「精霊が好きだな。結界、浮力、推力、すべてに莫大なエナジーが必要だ。何処から大量のエナジーを供給する? 精霊? 魔法? 無理だな。そんな推進機関など何処にも存在しない。技術的にも不可能だろう。それに、操船技術が帆船の連中に蒸気機関の船が操れると思うか? 基礎がなければ応用は効かない。仮に未確認飛行物体を入手して飛ばすことが出来ても、修理や複製は夢のまた夢に終わるだろう。そもそも誰が飛空船や飛空艇の運用・維持・修理を指導する? 手引き書はどうする? 造船所はそんな技術が元々存在しない。鉄で作るとして、そんなに大量の鉄をどうやって作る? 鉄で船を作る技術すらないんだぞ。難題だらけというか、現状では不可能だ。」
「そっか。コルスも前に飛ばそうと考えたんだな。」
「一応な。」
「無理か。」
「無理だ。」
よし、帰ろうとコルスが言った。
なんとなくさみしそうに見える。
なんだかおっさんの哀愁っぽい。
「あ、そうだ。」
「なんだい?」
「ケニーの嫁さんたちがその内、村に来るから。」
「はい?」
「いい歳をして独身というのも風聞が悪いし、家族がいた方がなにかと張り合いも出るだろう。」
「コルス。」
「なんだ?」
「嫁さん“たち”ってどういう意味? 貴族の娘さんってこと? 侍女とかメイドとかそういう人たちがついて来るっていうことかな?」
「いいところに気がついたな。」
少年は悪役みたいに嗤う。
「楽しみにしておくといい。」
私みたいなおっさんの元に嫁ぐとは可哀想に。
その時、私は暢気にそんなことを考えていた。
あんなことになるなんて思いもよらなかった。
人生、ままならないものだ。
『温泉村のコルス』が一〇万文字を突破しました。
これも皆様の常のご愛顧のお陰です。
本当にありがとうございます。




