第四一話【蜂蜜檸檬酒】
スカリー小隊は今日もなんとか生き残ることが出来た。
可変型戦闘機のワルキュリアは充分役に立ってくれた。
部下のカッキーやマキシもほっとした表情をしている。
無骨な金属に囲まれた寒い格納庫。
空を舞う兵器の翼を休ませる場所。
「隊長、おいしいステーキの店があるんですよ。是非一緒に行きましょう。」
「そうですね、隊長。たまには食事を共にすることも悪くないと思います。」
陽気な部下と冷静な部下。
そうだな、旨いものを食べに行こう。
私たちは連れだって繁華街に向かう。
ステーキハウスは盛況で、活気に溢れていた。
カッキーの頼んだステーキはやたらに大きく、付け合わせの海老フライや揚げた馬鈴薯や人参のグラッセも大量に添えられていた。
それ、何人前だ?
ご飯など拉麺の丼に入っている。
カッキーの胃袋は化け物なのか?
彼はおいしそうに平らげてゆく。
ステーキは肉汁に溢れていて旨味が封じ込められているし、海老フライはぷりぷりしていて下拵えに使った酒の香りが見事に融合している。
馬鈴薯はほくほくしていて、人参は上品な仕上がりだ。
激戦を生き延びておいしいものが食べられるのは、実にありがたいことだと思う。
戦局が不透明な今、精々旨いものを食べて精気を養うくらいが心を休める憩いだ。
酒とか美人とか博奕だと言う奴もいるが、程々にしないと身の破滅だ。
三つとも破滅の要素があるな。
英国の諜報員みたいな生活はとても耐えられそうにない。
デザートは白玉入り宇治金時味の焼饅頭で今川焼なふうまん。
カッキーの元にはうず高い山。
彼はひょいひょい食べている。
抹茶のほろ苦さと白玉の絶妙な弾力と潰し餡の豆の感触を楽しみながら食べていると、騒ぎが聞こえてきた。
「おやめください!」
「いいじゃねえかよ。くくく、このトニー様が可愛がってやろうというんだ。大人しくしな。」
胸の大きな娘に絡む若い男。
階級章は少佐を示している。
げへへ、と笑う取り巻きの兵隊たち。
皆制服を着崩していて、だらしない。
ルフトワッフル隊の連中か。
腕はいいが、女癖の悪いパイロットが多いと聞く。
給仕の娘に手を上げるなど、軍人として言語道断。
私がやらねば誰がやる。
「手を離してあげなさい。」
「ふん、スカリー小隊か。」
もじゃもじゃ頭の少佐が赤ら顔で近づいてくる。
相当酔っているようだ。
「酒も呑めねえ奴になにかを言う権利はねえ!」
深酒は毒だと説得したが、聞き入れられない。
「呑め! 話はそれからだ!」
「隊長! こんな奴らの言うことを聞く必要はありません!」
「そうです、隊長! 軍警察に任せるべきです。」
「男には負けるとわかっている戦いでも、敢えて立ち向かわなくてはならない時がある。」
「「隊長!」」
そして、私は無謀な戦いに臨むことになった。
ミサミサ、愚かな私を笑ってくれ。
リンメイ、阿呆な私を罵ってくれ。
クローシャ、呆れ顔で説教をくれ。
いざ、尋常に勝負!
巨大なジョッキでエールを胃の腑へ流し込む。
苦みと旨味が体内に注ぎ込まれる。
ぐらりと視界が歪む。
まだだ。
まだやられはせんよ。
夢か。
代わる代わるのしかかってくる娘たちがやけに色っぽかった。
唇に感触が残っていて、艶かしい。
頭が痛い。
体も痛い。
がんがんするし、ぐらぐらする。
もう少し寝よう。
疲れている筈なのに、一部だけとても元気だ。
困ったものだな。
「喉が渇いたら酒を呑むというのは残念思考だぞ。」
闇エルフやドワーフたちや村の人間族な呑兵衛たちが、皆辟易した顔をしている。
冬の冷えた村の公会堂。
燃え上がるコルスに皆焼かれそうだ。
冷気と熱気の合体攻撃で震えている。
朝っぱらから七歳の少年より説教されているとなれば、気分も暗くなるというものだ。
一杯の林檎酒かエールでもあれば、少しは気分がよくなるだろうけれども。
「酒を呑んだら、どうなる? リーネ。」
闇エルフが指名された。
少女の姿をした酒呑み娘は無表情に答える。
「体内で毒物に変わります。」
「アセトアルデヒドだな。人を死に至らしめる猛毒だ。酒をガバガバ呑むということは猛毒をせっせと体内に取り込むことだ。大酒を呑めることは偉いことでもなんでもない。で、体内に取り込んだ酒が毒物に変わったら身体はそれを無力化しようとする。それに必要なものはなんだ? トニー。」
「水だ。」
「そう。酒は水じゃない。迎え酒はダメな奴の発想だぞ。肝臓が必死になって毒を浄化するから、人は死なないんだ。許容量を超えない限りはな。先日、急性アルコール中毒がどれくらいおそろしいか説明したと思うが、皆の耳を素通りしたようで残念だ。」
ハンナを泣かせたトニーは、村の女性陣からす巻きにされた状態で答える。
顔もなんだか腫れているようだ。
説教の後は樹に吊るされる予定。
大宴会のツケはいささか大きい。
コルスは完全にお説教モードだ。
アヘヒロは用事でハミルの街に出掛けているし、ケニーは現在戦力外。サーニャは地下室で就寝中だし、キルステンは薬草園で仕事中。
その勢いを止められそうな者は今いない。
「お前らがよってたかってケニーをおもちゃにしたものだから、酷い二日酔いと打撲傷で少なくとも今日明日は使い物にならない。ドワーフのタルツェフ。メルクリン村の長よ。いかにすればよいと考える?」
「我らドワーフの力をすべてお貸しいたします。」
百戦錬磨の老獪なドワーフが、神妙な顔で答える。
「一週間の禁酒令。」
コルスの冷えた声にざわつく面々。
急激に気温が下がったように思える。
強力な冷気系呪文を喰らったかのような表情をする面々。
それは、酒好きの闇エルフやドワーフにとって断食令に近い。
酒は彼らの燃料なのだから。
「解禁後の騒ぎ次第で、再度禁酒令を施行する。」
絶望的な顔の酔いどれたち。
「なんだったか。『酒も呑めねえ奴になにかを言う権利はねえ!』か。何処の誰だろうな。そんな大言壮語をする奴は。オレは酒も呑めないし、子供だが、なにも言ってはいけないのか?」
沈黙で答える面々。
トニーの顔が白くなってゆく。
さっきまでは赤黒かったのに。
「ケニーは事態を収拾しようとしていたようだったが、聞いたオレの気の所為か? 酒を呑むにもそれなりの作法があるとは思うが、どう思う?」
誰も答えない。
いや。
答えられない。
「一週間酒のない生活をしろ。」
古代の魔神と戦う破目に陥ったかのような面構えの酒呑みたちは、皆涙する。
まあ、自業自得ではあるが。
燃焼系アミノ式飲料と超強力ワカモトノリオンの力で無事復活した私が外出すると、何故かドワーフやトニーらがやたらに親切だった。
リーネからは特製のクッキーを貰った。
コルスからは厳しく対応しろと言われたが、私には無理だな。
試作品の試飲という名目で、禁酒令中の面々にこっそり蜂蜜檸檬酒を振る舞う。
『黒チョッキ』と呼ばれる三〇センチほどの蜜蜂の巣から採取された濃厚な蜂蜜に、大きな檸檬の果汁とその干した皮が使われている。
それに蒸溜酒を加えて寝かせた混成酒だ。
度数は意外と高くて、ウイスキーに近い。
私は炭酸水で割って呑むのが好みである。
ものも言わずに杯を重ねる面々。
肴は帝政ローマを夢想して焼いた固めのヴィスコンティとチーズと燻製肉。
視界の片隅にコルスが見える。
やれやれ、という風に見えた。




