第三九話【ふうまん】
鉄の神経、お許しを!
太陽系一の快速を誇る、私たちの愛機コルセット。
その古くて小さな宇宙船は火星の衛生軌道上で、クオリス博士の乗るヤマートンとの息詰まるような死闘を繰り広げている。
彼はおそるべき科学者だ。
太陽系を脅かす大悪党だ。
彼は父と母と妹を殺し、恩師を瀕死に追いやった。
許さない。
けして。
けして、許さない。
コルセットの光学防御は後三回の主砲直撃で雲散霧消するだろうし、無茶な制動の繰り返しで旧い船体は何度も悲鳴を上げていた。
機首のメガ粒子砲も過酷な使用で砲身が焼けてしまい、一門生きているだけだ。
操縦席のメーターの針が先程から出鱈目な動きを始めている。
操縦桿を必死で握って、なんとか姿勢を安定させようとした。
ヤマートンの主砲を数発喰らったのが今の苦境を作っている。
光子魚雷であちらの推進力と機動力を落としていなければ、今頃は宇宙の藻屑になっていただろう。
「無茶ですよ、カピタン! このままじゃコルセットがバラバラになっちまう!」
鋼鉄製の大男が自身の電声菅から渋い声を出す。
「はっ、クラック! この鉄屑野郎! 臆病風に吹かれたか? 奴の船に一撃かますって気概はないのか?」
全身これ護謨のすらりとした合成人間が軽口で応じる。
「オスカー! この護謨人形め! お前の蛮勇が皆の危機を招くことに何故気づかない!?」
「役に立たない口なら溶接しちまえ、たらい頭! シュワルツランツェンレイター! 眼前に立ちはだかる敵はすべて粉砕する! 火星の神に誓って! カピタン! 光子魚雷全弾の発射許可を下さい! 雷撃戦でヤマートンを沈めます! 如何に装甲が分厚くたって、二〇発も喰らわせたらお仕舞いさ!」
「オスカー。君はこの船の魚雷を撃ち尽くすつもりかね?」
それは透明な液体に満たされた匣にみっしり詰められた、通称『不死の脳』。
操縦席に漂いながら、異形の偉大な科学者は自身の傑作的作品に問いかける。
「ライトン博士! 俺に任せて下さい! 必ず奴を葬ってみせます!」
「仕方ない。雷撃観測用にコスモウルフを三機出して、私が制御しよう。狙いは沈着冷静に頼むぞ。」
「わかりました! カピタン、エーテル流の対流計算をお願いします。」
「坊や、慎重にな。」
「カピタン、我輩の命を預けます。」
「機械油にまみれた命じゃないの?」
「黙れ、オスカー! 単細胞! とっとと集中しろ! むう!? なんだ、あれは? カピタン! 前方にタキオン粒子反応!」
ピカッと光るヤマートン。
次の瞬間、私たちは光の渦に飲み込まれた。
私は汗だくで目覚める。
夢か。
ふう。
寒い。
冷気が孤独の寝室に浸食していた。
温泉村の出入口近くにいつの間にかいた時から、およそ一ヵ月が経過した。
今は真冬。
一番寒い時期だ。
私の今の名はケニー。
四〇代のおっさんだ。
剣も魔法も使えない。
勿論勇者にもなれぬ。
半端者のおっさんだ。
なにか出来ないかと慣れぬ槍や剣を振り回したり馬に乗ったりしてはいるが、とても習熟出来そうにない。
戦力としては半ゴブリンの私になにが成し得るのだろうか?
混乱の数日を過ぎて困難の一週間を越え、混迷の数週間を暮らした。
結果はまだ出ていない。
しかし。
結果が出そうではない。
隠れた才能や潜在能力などそもそもない。
どうすっべ。
ボンコツ冒険者のカスタが朝酒をかっくらいながら適当に指導してくれてはいるが、先は霧に包まれてなにも見えはしない。
なにか特別な能力でもあれば、この世界により一層対応して生きやすいのだろう。
先進的な文明に浸りきった私は、この世界ではあまりにも無能で役立たずだった。
光線銃や熱線銃、補佐型人造人間、光学迷彩、身体能力を高めるナノマシンなど。
もしもそうしたものがあったならば、私のこの世界に於ける有用性は高まったか?
わからない。
わからない。
脳を液体に浸して、匣の中に納まったモノ。
鋼鉄の身と鐵の神経を備える大男。
軽やかな身のこなしを誇る人のようなモノ。
彼らがいれば、そして彗星のように空を舞う乗り物があれば。
この世界は更に生きやすくなるのだろうか?
嗚呼、バリツでも使えたならば!
今日は休みの日。
コルスと共にハミルの街へ行く予定だ。
空飛ぶ絨毯に乗れば、片道一週間の街へも日帰りで往還出来る。
便利なものだ。
朝風呂好きな私は広い浴室を堪能する。
そして、コルスと二人きりで出かけた。
石畳の街並み。
活気溢れる人々。
彩り豊かな露店。
様々な地域の人々が訪れ、また別の場所へ行くための分岐点。
それが交易都市のハミルの街。
欧州の中世祭みたいな街を練り歩く。
私は異邦人。
行く先定まらぬ異邦人。
子爵の大きな屋敷の中にある、機能優先の執務室。
彼との話し合いは、特産品の開発や周辺の人々に強く訴求する商品を如何に作るかで難航していた。
胃の中はお茶でガポガポしている。
そうだ、こんなのはどうだろうか?
「コルス。」
「なんだ?」
「この辺の人々に対し、新しい生活様式を提案するお店を出店してみたらどうだろう?」
「生活様式を提案する店か。」
「そうそう、最初は貴族や裕福な商人や市民を集客するために高級店を作ろう。アラルコン・セーターや羊毛製品やエルフのクッキーや試作中の羽毛布団や陶磁器などを完成させて、お洒落な感じで並べるんだ。エルフお手製の限定品というのもいいな。店長は引退して頭が柔軟で面白がりの執事さんがいいんじゃないかな? 貴族への対応も手慣れているだろうし、人脈があれば尚いいね。店員を教育して軌道に乗れば、今度は庶民派のお店を新規開店させるんだ。お店では温泉村やアラルコン村やタロン村の食材を使った軽食を食べられるといいね。試食もして貰おう。販促品や試供品も用意しよう。高級娼館のお姉さんに特産品を試験的に利用してもらって、報告書を書いてもらうのもいいね。印象商法で好感触を得るようにするのもいいだろう。どうかな?」
二人が私をじっと見つめる。
「コルス。」
「なんだい?」
「この人、君の仕込みか?」
「これがケニーの真価だ。」
未来への提案。
そうだ。
ここから始めよう。
私には舌があるじゃないか。
「ふうまんの屋台も設置しよう。ああ、ふうまんというのは焼饅頭のことだ。大判焼とか今川焼とか太閤焼ともいうけど。サツマイモ餡のふうまんを主力として販売し、小豆が見つかり次第、潰し餡も投入しよう。クリーム餡もいいな。ふうまんの上手さを皆さんに知ってもらって、そのおいしさで惹き付けよう。こなもんはよかもんだ。嗚呼、たこ焼きやお好み焼きも食べたいな。」
剣も魔法も使えない。
だけど、舌は使える。
回せ、回せ、知恵を回せ。
頭を常に回転させろ。
それがたぶん、私の突破口だ。
この世界で生きてゆくために。
時は中世、ところは異世界。
理すら歪むこの異世界で、小さな知恵と勇気を共にして駆け抜けよう。
時に泥だらけになりながら。




