第三八話【未通男たちと諜報戦】
「『温泉を堪能しつつ闇エルフや翼竜幼体に会いに行くツアー』や良質温泉や特級林檎や上質の林檎酒だけといった、観光や湯治や第一次産業な特産品だけでは継続的利益や地力はこの地に根付きにくい。不況に耐えられる特産品や高価値商品の販売が必要だ。貧しくなったら、また傭兵や冒険者やメイドを送り出す世界に逆戻りだ。わかるな、アヘヒロ、ケニー。銀製品とか陶器とか刃物とか、なにか目玉がいるんだよ。」
村の開発に熱心なコルスに呼ばれて、私はアヘヒロと共に少年の温泉旅館兼自宅にしつらえられた会議室で説明を受ける。
少年のコルスも商人のアヘヒロも、私からするとどちらも一人プロジェクトXに見えた。
アヘヒロはなんとなく帝政ローマの温泉が似合いそうな偉丈夫で、濃厚な顔立ちと半端ない行動力が特徴だ。
先日ミトラス帝国の男爵に叙勲されたばかりだが、既に婚約者が一〇人いる。
未だに未通男だというのが信じられない。
彼女たちにはそれぞれ専属メイドが二名いて、彼の経営するアヘヒロ商会の居住部分はかなりでかい。
美少女三〇名と暮らす童貞。
なんとおそろしいのだろう。
噂によると専属メイドはその人数を更に増やす予定だったらしいが、収拾がつかなくなるという理由で二名に限定されている。
諜報員兼連絡員でもある彼女たちは行商人や冒険者を装った者たちと頻繁に連絡を取り合い、随時情報を帝国へ送信しているそうだ。
時折コルスが紛らわしい贋情報を流しているという。
「複数の連絡員へ情報の精度や確度を意図的に変えて提供し、受け手が不信感や疑念を抱かせるように仕向けている。オレなりの埋伏の計や離間の計ってとこかな。実際、こっちにちょっかいを出していた三家共潰したり権威を失墜させたり当主を放逐させたり出来たから、それはそれでよかったよ。当分はそれなりの情報を流そう。」
にこりともせずに淡々と話される内容は、少なくとも子供の考える策ではない。
敵に回さないようにしよう。
勝ち目はどこにもないしな。
アヘヒロの婚約者は全員貴族令嬢で、高度な教育や躾を施されて武芸もこなす選り抜きの美少女たちだ。
年齢は一〇歳から一五歳前後。
専属メイドたちも貴族の庶子か騎士の娘が選ばれ、単独でゴブリンたちを易々と倒す上に判断力や教養も高いらしい。
それなんて勇者様?
半ゴブリン的戦力の私としては、実に驚異的戦力だ。
年齢は一五歳前後から二〇歳前後。
全員アヘヒロのお手つきを前提としており、やられた際には自動的に貴族の娘に格上げされるそうだ。
どの娘が何処の貴族令嬢になるかは事前に決まっている。
温泉村は今や国際的諜報戦の舞台になっているのだ。
くわばら、くわばら。
「貴族社会はこわいな。」
話をしてくれたコルスに感想を述べた。
「なに他人事みたいにしているんだ。ケニーは射程圏内の優先目標だぞ。」
「え? なんで?」
「ミトラス帝国の皇帝陛下は改革派で、既存の価値観に囚われない人材を随時募集している。」
「それなら、尚更私は関係ないだろう。」
「ケニーの価値観やものの見方は、この世界の人間と決定的に異なる面が多数ある。それがどれだけ稀少なモノかは計り知れない。」
「コルスだってそうじゃないか。」
「オレはこの村出身だからな。帝国に移住するつもりもない。」
「私もこの村が好きだよ。」
「ありがとう。だが、この村では出世出来ないし、豪奢な暮らしも出来ないぞ。」
「ここで暮らす方がいいよ。」
「そうか。だが、皇帝陛下から招待状が来たら絶対断るな。帝都で観光を楽しんでくるといい。常に柔軟に対応しろ。言質を取られるな。猶予が与えられたものと即応しないといけないものとの判断を誤るな。余計なことを言うな。損して得取れ。特に女には気をつけろ。酒の席では酔うな。」
「……もしかして、それは確定した未来になるのかい? 私はあちらで貴族社会に捲き込まれる可能性があるということか? だが、私のように武勇も知略もない人間が何故? 知識もあやふやだし……まさか、価値観や考え方そのものが改革の助けになる? いや、そんな、まさか…………。」
「ほう。勘のいい人間は嫌いじゃない。むしろ好きだよ。」
くくく、とコルスは心底嬉しそうに悪党っぽく嗤った。
アヘヒロに夕食を誘われ、商社兼屋敷を訪れた。
ふかふかむっちりの白パンに香草を練り込んだつくねみたいな肉団子。刻まれた軟骨がこりこりとしておいしい。
馬鈴薯や玉葱や獣肉の内臓や干し茸を煮込んだシチューや、贅沢に干し果実を使ったデザートのパウンドケーキに至るまで実に旨いものが揃っていた。
大人数の食事は豊かで刺激的で、私は好奇心旺盛な少女たちから質問の波状攻撃にさらされる破目に陥った。
しかも乙女たちに容赦がない。
覚悟しろ。其処に慈悲はない。
貪欲な覗き趣味があるだけだ。
試されたのかもしれないが、帝国で同様の目に遭う可能性が存在する以上は予行演習と考えておこう。
「入浴の用意が整いました。」
若き侍女長が騎兵隊のラッパを鳴らしてくれたお陰で助かった。
ちなみに侍女長は持ち回り制で、メイドたちの社会勉強も兼ねているらしい。
ほっとしていると腕を組まれた。
少女の年齢に似合わぬ、豊かな丘の感触が布越しに感じられる。
「ケニー様も参りましょう。」
繰り返す。
覚悟しろ。
其処に慈悲はない。
……。
嫁入り前の娘さんたちと混浴?
意外と力がある。
ぐいぐい引っ張られる!
あーれー!
「これを見てくれ。どう思う?」
「とても……酒池肉林だな。」
まさに肉の壁だ。
浴室は広く、天使たちが無邪気に乱舞している。
不味い。
カチンコチンになってしまう!
素数を数えたらどうにかなるだろうか?
いかん。
ちらちら見られている。
アヘヒロは堂々としていた。
彼女たちも堂々としている。
彼も当然カチンコチンだが、平然としている。大きい。
「結婚したら普通に見られるんだし、隠す必要はない。その方が自然だ。」
男前だな。
開き直った私は、カチンコチンのまま自分自身で身体を洗おうとした。
だが。
メイドたちによって、全身くまなくやたら懇切丁寧に洗われてしまう。
なにも身に付けていない可愛い子たちが私の身体を洗う事態なぞ、予想出来るものではない。
今其処にある危機。
彼女たちの背景に同情しつつ、波動エネルギーの充填率が上がらないように気合いを入れる。
なんとか紳士を保つことに成功した。
夜中に悶々むらむらして、ちょっと困った。




