第三七話【僻遠の誓い】
私の名は星野健一郎。
この世界ではケニーと呼ばれている。
鎖付き星型鉄球を備えた竿状武器のモルゲンステルンを不恰好に振り回し、武器や鎖帷子の重さに呻きながら生きている。
冒険者でも傭兵でも騎士でもなく、まして勇者様でもないというのに。
よくわからないままにこの温泉村へ来てしまった四〇代のおっさんとしては、もっと楽をしたいものだ。
正直、身体がついてゆかない。
二、三日後にいきなり疲れが押し寄せる。
疲労と節々の痛みに苦しむ毎日はきつい。
全身鎧を身につけて軽々と武器を振り回し、敵に突撃するなんてとても無理だ。
そんな才能など欠片も持ち合わせていない。
ずっと文系だったのに、なにが出来ようか?
騎士見習いと同じ鎧や剣を装備してみたが、半日もたなかった。
戦士にも斥候にもなれそうになく、軍師というほど知恵もない。
うん、困った。
このままでは惣領の甚六以下になる。
現在は温泉村のコルスという少年の世話になっており、今後は彼の秘書というか補佐官というか、そんな感じの不確定な予定らしい。
大丈夫であろうか?
今から不安が募る。
相棒というかバディというか悪友というか悪い先輩格として、ポンコツ冒険者と自他共に認めるカスタがいる。
私は彼と二人組を組まされ、常に一緒だ。
朝からぐだぐだと林檎酒を呑むカスタは自由人のように見えて、なにかに怯えているようにも感じられる。
シードルとも呼称される林檎酒の酒精度は基本的に二、三度だから、さして酔う訳でもない。
カスタは本当に無能なのか?
私は疑問に思う。
武器を一通り使いこなし、馬術もこなせるし、判断能力も低そうに見えない。
無教養で粗野な男ではない。
先日のゴブリン討伐任務に失敗したそうだが、話を聞く限りでは仕方ないようにも思える。
正直に思うところをカスタに言った。
「ふん、そんなんじゃ、お前はいいカモにされるのがオチだぜ。」
彼はわざと悪ぶっているだけではないのだろうか?
カスタを教師にして槍術や剣術や馬術などを習う。
難しい。
四〇を過ぎて初めて習って達人になれる訳がない。
眠れる才能だの神から与えられた力だのがあれば別の話かもしれないが。
剣術に才能があるなら、以前の世界で剣道の有段者になれていただろう。
努力すればなんにでもなれる訳でもない。
事実、冒険者は連日何処かで死んでいる。
無茶だ。
しかし。
なにも出来ないままでいるとあっという間に死ぬ。
たぶん。
形ばかりでいいから、兎に角早急に身に付けよう。
笑われてもいい。
蔑まれてもいい。
前に居た世界よりもさして変わらない。
命の安全性だって案外似たものである。
あっちでだって事故で死ぬことがある。
この世界に慣れる方が早いか。
くたばってしまう方が早いか。
眠気に耐えて夕方の座学を受けながら、頭の回転だけは落とさないようにしようと考える。
出来ることからやっていこう。
「カスタ、ちょっと聞きたいことがある。」
「なんだ、ケニー。」
「私はどれくらいの強さなんだ?」
「半ゴブリンってとこだろうな。」
「ゴブリン以下か。」
「村人以下だ。あいつらはいざとなりゃ槍だって振るうぜ。」
「半農半兵や屯田兵って感じかな。私はそんなに酷いのか?」
「まあな。俺だと三ゴブリンってとこだろう。」
「成程。ちなみにコルスはどのくらいなんだ?」
「一〇〇〇〇ゴブリンか、それ以上だろうな。」
「そんなに強いのか?」
「強いって段階じゃないと思うがね、あれは。」
コルスは一体何者なのだろう?
そして、私が此処にいる理由はなんだろう?
謎ばかりが深まる。
遥か遥か彼方よりこの僻遠の地。
知る人もなく、なにも知らない。
僻遠の誓いというものを立ててみることにした。
要は生きる指針である。
内容は以下の通り。
一つ、遥か彼方より来たことを常に意識して行動すること。
一つ、快調な時にいろいろ試してみること。
一つ、道を踏み外さないよう、女性には気をつけること。
一つ、他人の力を妬んだり羨んだり切望したりしないこと。
一つ、戦場では走り回って倒されないようにすること。
さて、生き残るためにもそっと頑張りまっしょい。




