第三四話【囁き、詠唱、祈り、燃焼系アミノ式】
此所は何処だ。
雪の中の村落。
気づくと私は一人ぽつんと立っていた。
欧州中世風の場所である。
私は久々の休日を満喫すべく旅行をしていたが、日本国内を出た覚えはない。
ここは何処かのテーマパークだろうか?
いつ、そんな場所に来た?
軽く混乱した私は燃焼系アミノ式飲料水を口に含む。
少し、落ち着いた。
なんだか、ぼんやりとしてしまった。
甲冑を着た騎士たちが近づいてくる。
話しかけてみるが、言葉が通じない。
此所は外国なのか?
そんな筈はないが。
拙い英語を使ってみたが同様だった。
スペイン語も試したが、ダメだった。
お互いに会話を試すが交流出来ない。
ついてこい、との仕草は理解出来た。
取り敢えずは、彼らに着いてゆこう。
村には温泉があった。
湯煙がたなびいている。
のどかな雰囲気が伝わってくる。
この村は兵庫の有馬温泉や青森の黒石温泉みたいな場所なのだろうか?
或いは古代ローマみたいなところなのかもしれない。
神隠し的な状況なのかもしれない。
私は温泉旅館らしき場所に連れてゆかれ、温泉に入れさせてもらえた。
ありがたいことだ。
清潔なのはとてもいい。
女将は気のよさそうな婦人で、子供たちからも敵愾心は感じられない。
状況はよくわからない。
カクリヤだろうか?
桃源郷なのだろうか?
それとも新規に作られた試験運用期間中のテーマパークなのだろうか?
もてなし方が日本的だ。
ファンタジー世界を徹底させているのだとしたら、見事な感じと思う。
彼らが喋っていたのは何語だろう?
もしかしてロシア語か?
だが、ロシア語を少しかじった経験でもああいう言葉ではなかった気がする。
ドイツ語でもフランス語でもイタリア語でもフラマン語でもなさそうだった。
わからん。
私にはなにがなんだかわからん。
拉致されたのでもなさそうだし、状況の推移を見守ることにするしかないな。
風呂を出た私は小学校五、六年生くらいの少年に連れられ、二階へ上がった。
階段に程近い部屋の扉を開き、少年と共に私は中へ入った。
其処には小学校一年生か二年生くらいの子供がいて、私に向かって口を開く。
「ようこそ、温泉村へ。」
それは紛れもない日本語として聞こえた。
「オレの名はコルス。七歳の少年だ。趣味で村の開発をしている。あんたの名前はなんていうんだい?」
「私は星野健一郎だ。」
「じゃ、ケニーだな。」
私はケニーという男になった。
「もしかして、君は村の顔役なのかい?」
「こんな子供が顔役の村はないだろう。」
「威風堂々としていて子供に見えない。」
「下手に丁寧に喋ると気味悪いだろう?」
「なんか中の人がおっさんみたいだね。」
「そう、オレの中身はおっさんなのさ。」
此処は温泉村という名前の場所だそうだ。
コルスという少年の話によると、どうやら私はさ迷い人というかマレビトというか、なんかそういう感じの人間になるらしい。
コルスは何故日本語を話せるのだろう?
少年は日本語など話していないと言う。
変だ。
妙だ。
彼に連れられて、村を案内してもらう。
村は豊かそうに見え、木材製の家はどれもしっかりしている。
村に住む人々の顔には活気が見られるし、勢いが感じられた。
少年は行く先々で声をかけられ、私を紹介しながら雑談する。
ん?
徐々に彼らの会話内容が理解出来だしている。
先程までちんぷんかんぷんだったのに。
何故だ?
今さっきまで字幕なしで観ていた洋画がいつの間にか吹き替えに変わったみたいだ。
コマーシャルを挟んだ訳でもないのに。
……考えを切り替えよう。
意思の疎通が出来ることはありがたい。
悪意を感じない限りは事態を見守ろう。
この村は林檎と林檎酒と温泉とが主産業らしい。
最近はいろいろな事業に手を出しているという。
人口がかなり増えて、近隣に新しい村々が作られている。
それは喜ばしいことだが、コルスの存在は異様に見えた。
子供が出来る範囲を逸脱しているように思える。
無邪気に笑いながら、村の開発計画を嬉々として喋る少年コルス。
その姿はまるで現代に生きる人のように見えて、既視感を覚える。
温泉旅館の裏庭。
闇エルフやドワーフが普通に現れることに驚きながら、コルスの用意した武具を見つめる。
幻想文学の世界にいるみたいだ。
トールキンの世界かもしれない。
「護身くらいは出来ないとな。」
コルスの発案で私の武器特性を見るらしい。
歴戦の騎士風のお爺さんとか時代小説に出てきそうな渋いお爺さんとかがいる。
ファンタジーな物語に出てきそうな槍や長剣や弓などがごろごろ置かれていた。
中学時代に柔道を授業で習った程度の文系おっさんに扱うことなど出来るかな。
槍はへっぴり腰、鋼の剣は重すぎて振るえず、弓からなんとか放たれた矢は明後日の方向に飛んだ。
短剣や短刀を使うと妙な舞踊になって、腹の肉がぶよんぶよんとなる。
みんなあちゃーという顔をしていた。
うん、わかっている。
この世界では無職の四〇代おっさんでしかない私がどうやって暮らせるのか、危機感がじわりじわりと染み込んできた。
あ、これは不味いかもしれない。
無産階級になってしまいそうだ。
「……取り敢えず、生活基盤を作る方向性で考えよう。得物は鎚かグレイブかモルゲンステルンかフレイルにしようか。ポールウエポンなら素人でもそこそこ鍛えられる。目指せ農民兵ってところか。冒険者……って歳でもないし……ええと……まあ、明日考えよう。」
風呂場でコルスからそう言われた。
その後、闇エルフの女の子や肌の青白いエルフの女の子が平然と入浴に来てびっくりした。
温泉村には混浴の風習が生き残っているらしい。
いろいろ悶々としながら寝た。
翌日、私はキルステンという騎士見習いの少年と一緒に一日過ごすことになった。
男前で赤毛の一〇歳の男の子は機敏で頭の回転が早く、まさに白眉という感じだ。
アンネリーエという年上の綺麗な婚約者までいるという。
うん、おじさん、びっくりだ。
そんな彼と一緒に朝礼を受け、黒パンと茸のスープと林檎を食べて薪割りに向かう。
ごつい斧を木材に叩きつけるが、なかなか思うようには割れない。
キルステンはスコンスコンと、当たり前のように薪を作ってゆく。
うん、完敗だ。
水汲みをなんとかこなし、村の北部に位置するオサミシ山脈というアルプスというかユングフラウというか、なんか雄大な風景に驚嘆しながら彼と会話しつつ斥候隊屯所へ向かう。
屯所は……なんというかその、「ひゃっはー!」という台詞が似合いそうな世紀末集団に見えた。
悪人面の面々は意外にも好人物揃いで、とても親切だった。
彼らが採取した薬草を受け取って、背嚢を担いで村へ戻る。
この薬草は村の貴重な収入源だそうだ。
今までは村の男衆が採取に出掛けていたが、斥候隊が結成されてからは彼らが専ら山へ入って採取に励んでいるという。
薬草園も見せてもらったが、なんか現代風だった。
もしかして此処は現代社会ではないのか?
わからんなあ。
彼らがたまに熱い視線を我々に送っているように思えたが、たぶん気の所為だろう。
私は平々凡々な容姿しか持ち合わせていないしな。
彼らからゆっくりしていくように熱心に言われたが、やんわり断って村へ戻った。
山羊のチーズと肉汁たっぷりのサンドウイッチを食べて午後からは槍術や剣術や馬術の稽古に参加したが、無惨な結果に終わった。
まあ、そうなるな。
身体中が痛くなってきた。
夕方から座学に参加し、その論理性に感心する。
陣形とか戦術とかもう近代戦じゃないの、これ?
夕食は肉団子と馬鈴薯と玉葱のシチューに黒パンに野菜の酢漬けに茹でた腸詰めに林檎酒。
ドイツみたいだ。
アンネリーエの用意した夕飯はとても旨い。
少年と婚約者を邪魔しないように心がけながら、おいしくいただいた。
夜。
公会堂で物語が語られるというので行ってみると、そこは熱気にあふれて活況を呈していた。
菓子やら雑貨やらを販売している者さえいる。
今夜の語り手はコルスだ。
彼の回は大人気だという。
話の前に彼に呼ばれ、私は村人たちに正式に紹介された。
なるほど、此処は日常的情報交換の場所でもあるのだな。
今宵の話は『月姫のアルル』。
元冒険者の老人が山へ芝刈りに行き、激闘の末に熊を倒すとそこへ黒猫が現れて月の姫君を預けて去っていった。
アルルと名付けられた娘はすくすくと成長し、怪力や変身の力を用いて村のために働いた。
邪悪な盗賊や怪物も改心し、彼女に付き従うようになる。
そんなある日、美しく成長した娘の元へ求婚者たちが次々に現れた。
貴族や商人、いずれ劣らぬ金持ちだ。
特に公爵と商人が激しい勢いだった。
彼らの求愛に対し、娘は難題を与える。
以下のものを持ってきた者と結婚すると伝えたのだ。
なにものをも貫く槍。
なにものをも防ぐ楯。
牡牛座の黄金聖闘衣。
赤竜の翼製のマント。
トロール製作の指輪。
これらがあれば世界は我が物なのですと言われ、求婚者たちは絶望的な旅に向かう。
ある者は贋の鎧を用意したが代金をきちんと払わなかったためにバレて没落し、ある者は楯を用意したものの試しに突かせてみせて大怪我を負い、またある者は槍を用意したと称してかなり上手くいきそうだったものの、誤って穂先が石で欠けてしまったために遁走した。
商人はマントを用意し、公爵は指輪を用意した。
マントは豪華な作りだったが、アルルが燃やしたので贋作と判明した。
商人は泣きながら去っていく。
公爵が用意した指輪は本物だった。
「よし、これで勝てる!」
喜ぶアルル。
そんな彼女に公爵は微笑む。
「さあ、アルル。我が元へ!」
其処へララァの鏡が持ち出され、公爵は真実の姿を現した。
公爵はトロールだったのだ。
「悪は絶対に許さない! 絶対によ! コズミックプリズムムーンユリキュアパワーメイクアップ!」
月の姫の姿に変わる魔法美少女戦士。
激戦の末、アルティメイトムーンサルトティアラサテライトファイナルアタックで悪を倒したアルル。
「私はこれからも悪を倒さなくちゃいけないわ。」
アルルは世界平和のために戦うことを改めて決意したのだった。
めでたしめでたし。
村人たちは大喜びだ。
ドキドキハラハラの展開は上手いと思う。
最後の戦いの場面では皆大興奮していた。
特に子供たち。
アルルに完全に感情移入していた。
コルスの時が一番盛り上がるというのも頷ける。
旅館に戻り、温泉に浸かってそして寝た。
次の日。
コルスと共に村を歩き、とある居酒屋の中へ入る。
眠そうな顔をした中年男性の近くまで行くと、コルスは言った。
「こいつはカスタ。ダメ冒険者だ。先日ゴブリン討伐に失敗した。」
酷い紹介方法だ。
「彼を鍛えて欲しい。」
コルスの要請にニヤリと笑う悪人面の男性。
二人が話を始める。
「そいつはなにが出来る?」
「それをこれから調べる。」
「迂遠だな。」
「カスタは今暇をもて余しているだろ。適任だ。」
「確かに、一人で薬草を採取するよりはいいな。」
「一日銀貨一枚でどうだ?」
「銀貨一枚と銅貨五〇枚。」
「銀貨一枚と林檎酒二杯。」
「銀貨一枚と銅貨四〇枚。」
「銀貨一枚と林檎酒三杯。」
「まあ、そんなもんかな。」
「じゃあケニー、カスタと頑張ってくれ。こいつはポンコツ冒険者だが、元々は騎士見習いだ。得るものはなにかしらあるだろう。カスタ、ここが踏ん張り所だぞ。ケニーの育成とカスタの更生を同時進行で行う。」
「おいおい、コルス、俺がどんな奴か知っているだろ?」
「ああ、伸ばし甲斐のある野郎様だ。」
「へっ、仕方ねえな。」
「二人とも、これでも飲みながら頑張って欲しい。」
コルスが陶器の瓶を私たちに一本ずつ渡した。
瓶には布が貼ってあって、こう記されている。
『燃焼系アミノ式イオンヒートエックス』
思わず吹き出しそうになりつつ、この世界で魂を燃焼しようと考えた。
「ケニーの様子を見ながら、嫁取りを考える。」
「コルスはほんと、そういうのが好きだねえ。」
嫁さんか。
こんなおっさんの元に嫁ぐ物好きなんているのかねえ。
まあ、目の前の課題を着実にこなそう。
話はそれからだ。




