第三〇話【とある騎士見習いの一日】
フリートヘルム・キルステンはオーファーアイセルの街出身の騎士見習いだ。
現在は、温泉村のコルスの家たる温泉旅館で婚約者と共に生活している。
役目はコルスの護衛。
ハタモトといわれる近衛騎士が、現在の目標である。
本来主君に仕えるべき騎士が、爵位も領地もないままに生活を続けることは難しい。
庶民平民に馬を飼うことは出来ない。
経費がやたらにかかるからだ。
その上従者や騎士見習いや準騎士を従えれば、それだけ金子が必要になる。
全身鎧に突撃用の馬上槍、鎧を着けた馬に完全武装した部下たち。
妻子がいれば、経費は更に跳ね上がる。
屋敷を持てば尚更だ。
貴族になると余計な金ばかり飛んでゆく。
騎士で貴族で妻子持ちというのは裕福でないと務まらない。
火の車の家もちらほらある。
次男三男が飼い殺しに近い状況の家もある。
家を継げない男子は大抵冒険者か傭兵になる。たまに官吏になる者もいるが、それには相当の才能が必要だ。
漁村のアラルコン村に行った騎士たちは戦士隊を作った。
戦士隊ならば、誇りを失いにくい。
小さな村の防衛部隊だが、それなりに職業意識は存在する。
実態的に屯田兵だとしても、誇りを持てる場所があるかどうかは大切なことだ。
温泉村に行った騎士たちは騎士隊を結成した。
騎士団は名乗れない。貴族に仕えている訳でもないからだ。
自由騎士たちや放浪騎士たちによる、なんちゃって部隊だ。
隊長に就任した老騎士ユリウスが高名な人物だったのが幸いした。
有志による防衛部隊という位置づけは少々こじつけめいていたが。
ハミルの街の子爵による活動が効を奏し、少し変わった戦隊で済んでいる。
キルステンが所属しているのは、そうした風変わりな部隊であった。
キルステンの朝は早い。
隣で眠る婚約者のアンネリーエを起こさないようにそっとベッドから離れ、手早く着替える。
機先を制さないとアンネリーエに着替えさせられてしまうので、彼は急がなくてはならない。
顔を洗い、身だしなみを整え旅館の食堂でアンネリーエ手製の朝食を食べて広場での朝礼に参加する。
彼女はいつの間に料理を始めていたのだろうか? 謎は尽きない。
朝礼というのは毎朝行われ、伝達事項やその日に行うことや今後の予定を一括して全体に知らせる恒例行事だ。
実に合理的だと赤毛の少年は思う。
コルスの発案と知り、ますます敬意を深めた。
通常業務を行うように先輩の騎士から言われ、キルステンは薪割りや水汲みなどを行う。
業務の合間を縫って自分を遠くから見つめるアンネリーエに苦笑しながら、言い渡される仕事を的確且つ着実にこなした。
婚約者がなにやら手帖にせっせと書き込むのを遠目に見ながら、彼は斥候隊の屯所に向かう。
屯所ですこぶる親切にされ、引き止める彼らに礼を言いながらも薬草の入った背嚢を背負って村へと戻った。
婚約者が途中で見えた気もするが気の所為だろう。
かなりの距離があるのだから。
婚約者と昼食を共にした後、午後からは剣の修行になる。
鉄の棒をひたすら素振りする。
一〇歳の体には少々きつい。
きついが、これはきっと力になると信じて一生懸命素振りする。
その内に村の娘や女房たちが彼を見に来る。
勿論、仕事の合間だ。
美少年であるが故に彼は大人気だ。
所詮顔かよ、と言われるかもしれないが世の中そういうものである。
男だって、大抵美少女や美人にやさしいものだ。そうでない者も居はするが。
キルステンは上半身裸なので、女性陣は大喜びだ。
しかも、彼のはにかんだ顔はたまらない。
同性でもなにかに目覚めそうだ。
女性を敵に回すとこわいので、強面の騎士でさえ見学者たちになにも言わない。
村はちょっとしたことでもすぐ皆に知られる、こわい社会なのだ。
例えばトニーが新妻のハンナを泣かせたとする。
すると、トニーは村中の女性から怒られるのだ。
ちなみに老騎士ユリウスの新妻がいっちゃんこわい。
日によっては馬術の稽古だったり、槍の訓練だったり、コルスの護衛だったりする。
夕方くたくたになって帰宅すると、彼は婚約者と共に初等教育機関のテラコヤへ行く。
テラコヤの騎士科は通常業務の終わる夕方から始まり、作法や典礼での振る舞いなどをみっちり仕込まれる。
本来騎士でない者はこの科を受けられないのだが、総長のヘーハチが許したのでアンネリーエはキルステンの隣でにこにこしている。
それが終わるとようやく夕食だ。
夜も更けて。
村人たちからの要望により、村の公会堂に於いて週一回持ち回りで物語が語られている。
語り手は週毎に変わる。
騎士見習いとその婚約者が其処へ行くと、今回はコルスの番だった。
川を流れる超巨大な林檎から生まれた騎士のエクセリオンが、エルフやドワーフやオークを味方にして人食い鬼の住まう島を討伐する話であった。
何故騎士の顔がフィナンシェだったのだろう?
何故彼はエルフたちに自分自身の顔の一部を与えたのだろう?
何故騎士の危機にいきなり彼の老父母が現れて、新しいフィナンシェと顔を交換したのだろう?
交換されたフィナンシェは一体どうなったのだろう?
そもそも、あれは本当にフィナンシェなのだろうか?
あの少年はどこであのような話を思いつくのだろう?
謎は尽きない。
婚約者と共に風呂に入り、彼女の背中を洗いながらキルステンはそんなことをつらつら考えた。
段々眠くなってくる。
密着する婚約者。
甘いにおい。
眠気と戦いながら、なんとかベッドに潜り込む。
五歳年上の婚約者に抱きしめられながら、少年は眠りの海を泳ぎ始める。
ゆらりゆらり。
なにか彼女が耳元で囁くのを感じながら。




