第二九話【頭領】
最近ハミルの街に於ける貧民街の人数が顕著に減っているという話を子爵が聞いたのは、冬の寒い午後だった。
彼が重用している密偵からの報告である。
今はさほど積もっていないが、もう少し経てば雪が積もる日々になるだろう。
外の景色を屋敷の硝子窓越しに見ながら、彼は背後の配下に振り向かないまま話しかける。
「減っているというのは、この間みたいな感じなのかな?」
「はい、開拓村の募集に応じて北上したようです。」
ふむ。
子爵は思考の海に潜る。
先だっての彼からの報告に基づき温泉村にも立ち寄ったが、はかばかしい結果を得られていない。
周辺の開発計画を嬉々として話すコルスの姿は、玩具を得て喜んでいる子供にも見える。
温泉村の生活水準はハミルの街の庶民よりも豊かに見えた。
しかも、各家庭には当然のように温泉が引かれているし、衛生管理も徹底している。
食べ物も豊かで、下手な貴族を上回る生活をしていた。
引退した貴族が老後の生活として考えている土地のひとつと聞いたこともある。
領主の父は厄介払いが出来たと単純に喜んでいるが、我が街が人材供給の場になっている事態に気付いていない。
いや、気付いていて敢えて放置しているのか?
父は金銭に執着する昼行灯として評判があまりよくないが、政策に矛盾点はなくてむしろ有能だ。
金にうるさいが、いざとなると惜しむ訳でもない。
以前の防衛戦でも素早く住民を避難させたし、先日の盗賊討伐の命令を下したのは父だ。
世間の評判と父の実情は乖離しているのではないか?
まさか、父とコルスの間に密約があるのではないだろうか?
いや……それは考えにくい。
連絡を取っているようにも見えない。
コルスはハミルの街に時々訪れるが、父に謁見することはない。
父も特に興味を覚えないらしい。
村が増えると収入が増えるので喜んでいるようではあるが。
しかも街からは人も資金も送らなくていいのだ。
優遇処置くらいしておこうという気分にもなる。
だが、なにか変だ。
おかしい。
なにかがおかしい。
「開拓村に行った者たちは、なにか技能を持っていたり特技があったりするのかな?」
「そのような力を持つ者たちでしたら、とっくにこの街でなんらかの仕事についていたものだと考えます。」
「そうだね、君の言う通りだ。」
この密偵は子爵が重用するだけあって、頭の回転が早く機転もきく。
そんな彼を使いこなせていない気がして、子爵は少し鬱屈した気持ちになる。
「これはあくまでも私の個人的な見解ではありますが、お話してもよろしいでしょうか?」
「藁にもすがる思いなんだ。なんでも言ってくれ。」
「貧民街の『頭領』はご存知でしょうか?」
「いや、初耳だ。なにをしている人なんだい?」
「貧民街をまとめている人物です。元武芸者のようで、体つきは締まっています。年の頃は四〇ばかりで、貧民たちからはたいそう慕われています。」
「面白そうな人だね。」
「よろしければ、場を設けます。」
「そうしてくれ。楽しみだね。」
子爵は振り向いた。
もう、その場に密偵はいない。
こざっぱりした男だった。
昔は騎士だったのではなかろうか?
貧民街から程近い『眠る妖精亭』に現れた『頭領』は、平凡な雰囲気の中年だった。
雑踏の中では最も見失いやすい人種だろう。
だが、それだからこそ、油断はならない。
夕暮れまで少し間のある時間。
「コルス殿の件ですかな、子爵様。」
ずばり、要点を突いてきた。
密偵が漏らした可能性はない。
かなり切れる男のようだ。
「ああ、近頃ハミルの街の人口の一部が減っているので、気になっているんだ。」
「はて? ハミルの街の人口自体は増えているようですが、なにか問題がございますか? 実際に減っているのは、娼婦や孤児に貧民。街にとって、減ってもかまわない者たちなのではないですか? 現に領主様はとても喜んでおられるようですが、子爵様は喜ばしくないのですか?」
「どんな地位にいようと、ハミルの街に住むならば、彼らを保護する責任がある。増えている者と減っている者の間に、人としての差はないと考える。」
「『貴種の責任』ですな。子爵様は古の王朝の貴族みたいな方ですね。」
「茶化さないでくれ。」
「失礼いたしました。」
「実際のところ、どうなんだい?」
「まったくもって問題ありませんね。」
「ところで、君たちは日々どう暮らしているんだい?」
「主に街の役人がたが及ばぬ公衆衛生を担当していますし、コルス殿と交易をしておりますから、意外と我らの懐は潤っているのです。」
「公衆衛生担当の役人に抜き打ち検査をしておくよ。」
「ははは、あまりいじめないであげてください。彼らが真剣に仕事をしていると、我らの儲けが少なくなりますから。」
「ところで、コルスとはなにを売買しているのかな?」
「微々たるものですよ。街周辺に生える薬草や草花、我らがひっそりと栽培している野菜や果実や街の人々が捨てる不用品などです。」
「不用品?」
「ええ、街を巡って薬草や鳥や兎などと生活不用品を交換しているのです。それをコルス殿が買い上げてくださり、我らは大変感謝しております。コルス殿はハミルの街から離れて村を設立するように言われるのですが、なかなかそこまで思いきれません。」
「あなた方がいるお陰で街は助かっているのだね。礼を言っておく。」
「ありがたきお言葉です。」
「なにか僕で出来ることがあったら、遠慮なく言って欲しい。」
「そうですか。それは非常に助かります。なにかありましたら、よろしくお願いいたします。」
そつのない男だ。
子爵はそう思う。
コルスはなにをするつもりなのだろう?
木枯らしにあおられながら、思索の海に耽る子爵だった。




