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第二七話【老盗】

異世界犯科帖の巻。

最近のわけえ奴らは全くなっちゃいねえ。

あいつらは急拵えの盗みばかりしやがる。

老盗のヘルムートはそれが気に入らない。


彼の世代までは狙った商家や貴族の屋敷の間取りを丹念に調べ、盗賊を引き入れる者は数年前から勤めて実直に働かせるのが常だった。


大邸宅ともなると、三年四年とかけて盗むのが当然であった。

盗まれても届けられないほどのものを盗むのがよいとされた。

盗まれたと公表しない方が有利に働く家が少なくないからだ。

誰も殺さないのが不文律だったし、誰も疑問に思わなかった。

お宝を盗んだ後も、引き入れ役はすぐには奉公先を辞めない。

それが当たり前だった。

中には商家で認められて暖簾分けされた者さえいる。


ヘルムートは旅の途中で風邪をこじらせ、そうした商人の店に厄介になっていた。

商家の離れで養生している姿は一見好好爺に見える。

彼は顔変えの業に長じていた。

主は商才のある中年男で、ここハミルの街でもしっかりと商売に身を入れている。

温泉村の品を扱う店で、働きぶりから信用出来た。

本人も盗人稼業よりこちらの方が性に合うという。

老盗にとっては息子のように世話をした男だった。


男の勤めていた商家は思ったよりも裕福でなかったために、盗賊たちからの狙いから外された。

それが男のためになったのは皮肉な結果だが、彼にとっては状況が好転することにつながった。

老盗は不思議なものだと今でも思う。

男は商人になる定めだったのかもしれない。

彼が元盗賊であることを知っているのは、ヘルムートと同じ世代の者たちくらいだ。

討伐騒ぎで世代交代した今では彼のことを生粋の商人と思う者はいても、まさか盗人と考える者などいよう筈もない。

あの討伐がなかったらどうなっていただろうか?

今となっては知るよしもない。


ヘルムートは商人の父の友人と商家の者たちに紹介され、彼らはヘルムートへ丁寧に接した。

それが、なかなかに心地よい。

生まれて初めての経験だった。

しかも、老人の話を楽しんでくれる。

ハミルの街の人間は、他所から訪れた者の話を聞くのが大好きなのだ。

それがヘルムートの気持ちにぴたりぴたりと合う。

もう、たまらぬのだ。

ここにずっといたいと思う程だった。

おそらく、この商家の者たちも快く受け入れてくれるだろう。


それは主の人徳である。

自分自身の徳ではない。

それはわきまえていた。

今はこの偶然がもたらした喜びを噛み締めよう。


長い歳月の過酷な盗賊生活は体の節々を衰えさせ、栄養の偏った食生活は若い頃随意に動いた体を蝕んでいた。

商家で療養しなければ、ヘルムートはぽっくりと死んでいたやもしれぬ。


二ヵ月療養生活を過ごした彼は小康を得てハミルの街を散歩し、たまたま妙な者に気づいた。

それは職業病に近い、勘の成せる業だったのかもしれない。

彼が世話になっている商家を狙っている奴がいる。

それに気づいた。

臨時働きの若者が怪しげな振る舞いをしていた。

図面らしきものを持ってどこかへ向かっている。

ちらりと図が見えた。

長い盗賊生活ゆえに見覚えがある。

鍛え上げた勘働きに間違いはない。

あったらとっくに死んでいたから。


気づかれぬようにその者をつけた。

すると、彼は街外れで野営するための天幕群に向かった。

街に泊まれるほど金のない者や諸事情から野営する者が天幕で過ごす風景は常のものだ。

斥候らしきその者はひとつの天幕に入る。

ヘルムートは気配を殺して耳を澄ませた。

案の定、急拵えの盗みをする計画だった。

それも明日未明に皆殺しする予定だった。


ヘルムートは命を捨てる覚悟をした。

最期は人のために死ぬのも悪かねえ。

子爵に訴えるということも考えたが、彼は生憎と騎士団の訓練で街を離れていた。

あの昼行灯領主では話をろくに聞くまい。

相手は気配だけだが一〇人前後と踏んだ。

加勢があるとしても一五人ほどであろう。

殺ってやる。

罠を仕掛けるため、彼は街の商店で買い物を始めた。





深更。

朝が来るにはまだ早い時間。

盗賊たちは狙った商家の裏口前に集合した。

中年の斥候は引き入れ役の若者がローブをまとった老人に変わったことを不審に思ったが、急に腹を下した故の代役であるとの説明を聞いて狡猾そうな顔から同類と判じた。

そうした認識自体は間違っていない。

するすると中に入ってゆく盗賊たち。

だがしかし、彼らは異変に気づく。

其処は何処にも行けない小さな庭。

室内へ向かう扉はがっちりと戸締まりされており、簡単に抉じ開けられるようなことにはなっていない。


まるで袋のネズミだ!

罠だ!

謀られた!


中年の斥候は腹に熱いものを感じた。

引き入れ役だった男に刺されている。

革鎧の隙間から短剣を刺されていた。

すうっと引き抜かれ、彼は絶命する。


乱戦が始まった。

ローブを脱ぎ鎖かたびらや鉢金などで完全武装して覚悟完了した老盗が、投げナイフや鎖分銅を使ってましらの如く飛び回る。

瞬く間に三人倒された。





八人を奇襲で倒したのが精一杯だった。

ヘルムートがあと二〇も若ければ、もしかしたら倍は倒せていたやもしれぬ。

だが、思ったよりも人数が多かった。

後から後から敵が来る。

既に体中に傷を受けていた。

彼は頭目らしき戦士崩れの猛攻を受け流すのに必死だった。

老いた肉体が悲鳴を上げる。

ニヤニヤと眺める盗賊たち。

かなりの手練れなのだろう。

安心しきった様子であった。

なぶり殺しにするつもりだ。

死も間近い。

だが、老盗は内心にやりとする。

夜明けまでもたせりゃ、こちらの勝ちだ。

夜が明けたら早朝警備の騎士が見回りをする。

そうでなくとも騒ぎは聞こえている筈だ。

誰か腕っぷしのすぐれた者が来るだろう。

自分は死ぬ身だ。

なにも惜しくない。

もう少し。

あと少し。

時間稼ぎをしなくては!

しかし。

得物を飛ばされた。


「爺い! あの世で暮らしな!」


吠える頭目。

ここまでか。

老盗ヘルムートは観念する。

と。

彼を襲った刀剣がぱきりと折れた。

おそろしいほどの業である。

老いた盗賊の前には、いつの間にか男の子が立っていた。

翼竜のマントを羽織った子供がミスリル製の十手を持って高らかに述べる。


「火付盗賊改方である! 神妙に致せい!」


少年の声が闇に響き渡る。

彼の率いる騎士隊が殺到して、盗賊どもに襲いかかった。





「危なかったな、爺さん。」


激しい捕り物のあった三日後。

ヘルムートは商家の離れで目覚めた。


「子爵の兄ちゃんも盗賊たちの動きに気づいてはいたんだ。温泉村の騎士隊と合同訓練をするという名目で街を離れて油断させ、一斉検挙する目論見だったんだ。」


その口ぶりは子供とも思えず、ヘルムートはその口調を咎める気にもならなかった。

不思議な雰囲気の少年だと考える。


コルスは説明を始めた。

他にも似たことを考えた盗賊たちがいたらしく、彼らは殆ど討ち取られたか捕縛された。

逃がした者たちは追撃部隊が捜索中だという。

ついでに不正をしていそうな者の邸宅へ強制的に入り、余罪を見つけて逮捕したりしていた。


「つまり、大掃除をしたってことさ。」


そうか。それはよかった。


「爺さん。あんた、死ぬ気だったんだろう。」


幼い子供に考えが見透かされていた。

ヘルムートは内心瞠目する。

コルスと名乗る少年は一体何者なのだ。


「温泉村に来ないか。ちと寒いが、いい温泉があるぞ。その体もずっとよくなる。」


老盗には、それが心からの言葉であることがわかった。

この商家に留まることも夢想したが、そこまで世話にはなれぬ。

老いた盗賊にも誇りがある。

それを棄てる気にはなれぬ。

ならば。


「儂のような老骨でよければ。」


そして、温泉村にまた一人住民が増えたのだった。





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