第二三話【商人の嫁取り】
兄貴、結婚す。
温泉村にある、コルスの住む温泉旅館の客室。
泥酔したアヘヒロを見下ろし、コルスはとても七歳の子供が見せないであろう悪い笑みを浮かべていた。
なんとも素晴らしい人材が此処まで来たものだと思った。
アヘヒロはミトラス帝国から来たメッサー商会の番頭だ。
若くとても有能な幹部がよくここまで来てくれたものだ。
エルフのサーニャから酌をされて、普段以上の酒精を体内に納めた彼は意識が朦朧としている。
コルスは先程からなにやらぼそぼそアヘヒロの耳に吹き込んでいた。
何度も何度も同じ内容を繰り返しているようである。
こくりこくりと頷くはアヘヒロ。
それは明け方近くまで行われた。
アヘヒロはコルスの勧めに従い、温泉村に商店を構えることになった。
温泉村初の本格的商店である。
名前はアヘヒロ商会。
ハミルの街に設けた店はアヘヒロ商会ハミル支店とした。
メッサー商会本店から子飼いの手代を呼び寄せ、支店長にしている。
大抜擢された彼女なら、きちんとした結果を出せると信じてのこと。
コルスの持つ絨毯で飛べばハミルの街を日帰りで往還出来るので、これは大いなる利点だ。
アヘヒロは参謀として実に有能多才だ。
コルスの提案を実現可能な形にまとめる手腕と実行力は、少年が求めた能力を凌駕している。
二人はすぐに意気投合し、温泉村やその周辺地域の開発へと積極的に乗り出した。
すぐに結果が出る訳ではないのだが、手を打つことそのものはとても重要である。
港湾都市であるオーファーアイセルの街へ人材募集が出来るようになったのは、ひとえにアヘヒロのお陰だ。
エエネン村、セヤネン村、ナニスンネンの街でそれぞれ一泊すれば絨毯でも港町へ飛んでゆける。
野営でも問題はないかもしれないが、安全策は取った方がいい。二人は冒険者ではないのだから。
ハミルの街にあるアヘヒロ商会ハミル支店を拠点にして、二人はオーファーアイセルの街をしばしば訪れた。
今一つ頼りにならないメッサー商会の支店に発破をかけて、アヘヒロとコルスは募集に応じた人々を面接する。
修道院が経営する孤児院や貧民街や娼婦が立ち並ぶ色街にも向かい、老若男女合わせて約三〇〇名を確保した。
貴族の三男四男五男といった面々の中でも有望性の高そうな人々を集め、貴族の庶子や三女四女五女といった娘たちの中でも性質のよさそうな者たちに声をかけた。
尚、近々メッサー商会オーファーアイセル支店の支店長は交代予定である。
アヘヒロはコルスの交渉力に舌を巻く。
貧民だろうが娼婦だろうが平気で話しかける度胸や、相手の懐にすっと入り込む話術に感心した。
アヘヒロは交渉力が高いと自負していたのだが、少し違う感じの力量に見える。
これは、と思った人物に話しかけて仲よくなり、移住を勧めてその気にさせる。
それがどんなに困難なことか。
なのに、世間話のついでのように温泉村やその周辺の村々への移住を勧める。
しかも驚いたことに、コルスの話を断る者がいない。
街の市場で買い物をする無邪気そうな少年を見ながら、戦慄するアヘヒロであった。
最終的に四〇〇名近くにまで膨れ上がった移民隊がオーファーアイセルの街を出発したのは、息が白くなる肌寒い早朝のことだった。
馬車が北北西に向かって、歩みを進める。
夕方、ナニスンネンの街近くに到着した。
途中でなんだかぼんやりしたがずいぶん早く着いたな、と移民の面々は軽く考える。
彼らは少し驚いたが、騒ぎになる程ではなかった。
本来一週間はかかる道程の筈なのだが、あまり気にした素振りを見せないままに彼らは野営する。
翌日早朝に彼らは出発した。
そして夕方にはセヤネン村近くに到着し、野営する。
その翌日も朝早くから彼らは出発した。
夕方近く、エエネン村付近に到着して野営する。
三週間かかる筈の道が三日で済んだ。
更にその翌日はハミルの街近くで野営し、次の日には温泉村に到着した。
温泉村に住む者、タロン村に住む者、アラルコン村に住む者が振り分けられ、合同結婚式が開催された。
結婚式は三日三晩続き、笑顔溢れる人々が次の村へと旅立っていった。
ワイルド野郎巨根兄貴なアヘヒロは何故だか貴族の娘たちと婚姻することになった。
いつの間にか、そういう話になっていたのである。
コルスがトントン拍子に話を進めていた。
お見合いをさっさとまとめる、やり手のおっさんのような手際のよさだった。
初婚で五人と結婚するよう、求められる。
年齢は二五歳から一二歳。
さりげなく温泉村の村長の娘も一名加わっていた。
正室側室行き遅れ後家となんでもありだ。
三〇代になってどこかの支店を立ち上げるか任されるかしたら考えようと思っていただけに、その電撃的婚約に驚いた。
結婚式はオーファーアイセルの街で執り行われる予定だ。
取り急いで、ミトラス帝国にも報告しなくてはなるまい。
アヘヒロは準騎士とは言え、貴族の位を持たない。
平民の男と貴族の娘が結婚するのには弊害が多い。
仕方なく皇帝アテルイに手紙を送ったら、未婚の貴族の娘が五人とアヘヒロを騎士及び男爵に叙勲する書状が送られてきた。
正式な叙勲は本来帝都で行われるが、遠方なので略式に済ますこととされていた。
本来は、相当の武勲を立てねば得られぬ称号である。
自分には過ぎた沙汰だと思えた。
叙勲の理由として、未知の地への新規開拓とこれまでの功績を鑑みてとある。
そこまでのことをした覚えがない。
もしかすると、皇帝によるなにかしらの牽制の意味があるのかもしれないが。
ミトラス帝国の忠実な臣民であるアヘヒロとしては、ありがたく受け取る他ない。
叙勲されたとはいうものの、アヘヒロは当分帝国に戻るつもりがなかった。
二、三年は留まらないと地盤固めもままならないし、政策の結果を見ることも叶わない。
それを見越されたのだろうか?
未婚の娘はどうやらサタケ辺境伯が手を回したらしい。
有望視される若手の新人貴族として宣伝したのだろう。
押しつけられそうになった娘をアヘヒロに回したとも言える。
それは兎も角、娘たちは希望に満ちた顔をしていた。
娘と言いがたい年齢の者もいるが、そこは言わぬが花である。
髪の色から肌の色に至るまで、実に多彩で国際的な新妻たち。
ほほほ、いい男ね、と彼女たちは思った。
いがみ合うより共同戦線を張るべきナリ。
初婚再婚混成小隊はコルスから超強力ワカモトノリオンを貰っていた。
超強力ワカモトノリオンはコルスがエールの酵母を抽出して亜鉛及び複数の薬草とごく微量の翼竜の血とナニを配合した、栄養剤兼強壮剤兼アッハンな薬である。
人体実験も薬草園周辺に屯所を置く斥候隊で既に済ませてあった。
夜な夜な激しいうめき声があったようであるが成果は充分出せた。
きっと新婚生活に貢献することだろう。
かなり高価な品なのが問題だが、なに需要はある。
心の中で算盤を弾くコルスだった。
アヘヒロは困惑していた。
彼とて嫁さんのことを考えていなかった訳でもない。
しかし、初婚でこれは驚き桃の木山椒の木であった。
幾らなんでも多すぎると思ったが、よい嫁ぎ先のない娘が余っている事態の方が問題らしい。
単純に婚姻させればいいという訳ではないし、没落確定な貴族家に娘を嫁がせるのは愚策だ。
彼は期待の新星なのだ。
だが。
一〇名もの嫁を持つことなど想像すらしていなかったアヘヒロにとって、青天の霹靂である。
こうした状況は厭だろうと娘たちに訊ねたが、良縁を得られて嬉しいとの返事ばかりだった。
一〇名の女性たちがコルスとなにやらひそひそ話をしていたが、あれがなにか関係しているのではないだろうか?
幸い、嫁になる婦人や少女たちは仲よくなったようだ。
仲が悪いと後々大変なことになるので、アヘヒロはほっとした。
あれよあれよという間に結婚式の日取りが決まり、豪快なオフレッサー卿がわざわざ彼の元までやって来てたいそう喜んでくれたのが印象的だった。
意外と気のいい人物らしい。
結婚式は春の予定である。
「結婚前に婚約者たちに手をつけないようにね。」
増築されたアヘヒロ商会の前でにやりと笑うコルス。
その笑いに、アヘヒロは何故か悪魔と契約を交わしたのではないかと一瞬錯覚した。
ミトラス帝国帝都メルキア某所にて。
「アヘヒロ殿は大変困っておられるでしょうね。」
「サタケ辺境伯よ。ぬしも悪だのう。」
「いえいえ、皇帝陛下にはかないませぬ。」
「「あはは。」」
「これはアヘヒロ殿から送られてきた作り方を基にして、配下の者に作らせた焼菓子で御座います。」
「予はこの狐色の焼菓子を楽しみにしておったのだ。これはフィナンシェとやらか。おお、これはまるで金の延べ棒のようではないか。うむ、アーモンドの隠し味がよく効いていてなかなか旨い。こちらはマドレーヌとやらか。貝殻を模した形に檸檬の隠し味か。こちらも旨いな。辺境伯よ、これらを早急にミトラス帝国全土に広めるのだ。旨いものは皆のものにすべきなのだ。」
「ははっ、仰せのままに。」
「ところで、そちはあれらを上手くかわしたのう。」
「はて、なんのことやらわかりませぬ。」
「すっとぼけおって。ぬしの嫁の件よ。」
「熱烈な方々がいらっしゃいましたな。」
「あの五名、気合いが入っていたのう。」
「左様で御座いますね。」
「まあ、よい。結果よければすべてよしだ。今後もアヘヒロの動向には気をつけよ。何人潜り込ませた?」
「直接的には三名、間接的には五名配置しました。」
「うむ、それでよかろう。」
「はい。彼も爵位を得て活動しやすくなったことでしょう。」
「温泉村に楔は打った。この棘はなかなか抜けぬぞ。アヘヒロも存外の働きをしたものよ。」
「メッサー商会のオーファーアイセル支店は面目丸潰れですね。」
「アヘヒロがそれだけ優秀だという証左だ。しかし、あやつが温泉村を離れぬつもりなのには驚いた。ハミルの街を拠点にするのはわかるが、本拠地を温泉村にするとはのう。」
「温泉村の温泉がよほど気に入ったのかもしれません。」
「まあ、よい。ミトラス帝国の楔としてアヘヒロには奮闘してもらわねばならぬ。ハインケル商会の動きはどうか?」
「ウーフーも付き合いのある行商人や隊商を使ってはいるようですが、地元の反発もあってそれほど食い込めてはいない模様です。」
「懐を開かない者が信用を得ることは難しいからの。」
「彼も大変ですね。」
「さぞやりがいがあるだろうて。」
「「くくく。」」
よく似た主従であった。
兄貴、ハレムに困惑す。




