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第二〇話【辺境伯】

サタケ辺境伯はミトラス帝国でも稀代の戦名人として知られ、傍目には威厳もなにもない四〇過ぎのおっちゃんである。

出自が不明で功績を挙げ続けたが故に辺境伯まで上り詰めたが、その戦績は負け知らずで匹敵する者すら思い浮かばないほどの戦巧者だ。

本人に会うとさほど有能には見えないが、指揮が的確で武功に逸らない。

不正規戦を特に得手とするところから蛮族討伐にしばしば駆り出されるが、淡々と敵を討ち果たす。

伏兵や別動隊や囮を縦横に使い、決戦兵力としての黒槍騎兵隊と近衛隊としての赤備えを有する帝国数百貴族随一の武将だ。


赤備えを率いるサナヤ一党は大胆不敵な兵の運用で知られ、黒槍騎兵隊の隊長であるケーニッヒは勇猛果敢な将校として名を馳せている。


帝国六家のひとつではあるが、本人には威厳がない。

辺境伯領最大都市のサカタにある居酒屋へふらりと立ち寄り、一人エールをあおったりするから訳がわからない。

『サタケ辺境伯はよくわからない』というのが一般評である。




その日、ハインケル商会の当主のウーフーは辺境伯の屋敷を訪れた。

執務室に通された彼は手土産を渡し、相手の様子を窺う。


辺境伯領は二〇年前まで小さな漁村や集落しかない場所だったが、目の前の男がいきなりこの屋敷を建ててから変化が起こったのだ。

いにしえの王朝の英雄に勝るとも劣らぬ活躍をした男は平民から辺境伯にまでなったが、偉ぶることもなくぼんやりしたままである。

数年前に貴族になったばかりの彼は、現在進行形で他の貴族たちから嫁候補を推薦されまくって辟易していた。

つい近頃まで散々方々で陰口を叩いていた癖に。

くだらない暗闘の所為で幾つもの血が流された。


嫌気のあまりのらりくらりとかわしてはいたが、そんなその場凌ぎの策がいつまで通用する訳でもない。

ただ、男の周囲を固める美しき戦闘妖精がやたらに多いので、強引にことを進めると問題が発生する危険性も考えられた。

やたら勧めてくる有象無象に、辺境伯は一見のほほんとした表情で言った。


「当家の女性陣と男性陣の舌を納得させた方を、嫁さんとして考えたいと思う次第であります。」


熾烈な料理対決が煉瓦作りの要塞めいた屋敷の食堂で何度も行われ、貴族たちはこぞって料理名人と言われる人物たちを招聘した。

居酒屋の娘や料理店の娘や菓子屋の娘たちが貴族の養女に迎え入れられ、ミトラス帝国の人々がそもそも食べ物にうるさいこともあって全土的に賑わっている。


食材は辺境伯側で用意するため、誤魔化しが効かない。

効かないが故に親は娘を督励し、娘は必死に修行する。

今のところ合格者は出ていない。

現在は小康状態というところか。


執務室には揃いの服を着た四姉妹と長い黒髪に眼鏡をかけた娘がいたが、男は娘たちを休憩に行かせた。

この屋敷に勤める妖精料理家たちはすこぶる腕がよく、その二名の料理名人はサタケ辺境伯領の料理事情にも影響を与え、結果、質を高め続けている。


四姉妹のおかっぱ頭の長女から淹れてもらった緑茶を堪能しながら、ウーフーは辺境伯を観察した。

屋敷の主は彼の手土産を眺めている。

陶器製の酒瓶二本と小瓶がひとつだ。


酒は苦労して入手したもので、一本は林檎酒の二〇年もの、もう一本は穀物酒で一二年ものだ。

北嶺の変貌に彼は戸惑っている。

一朝一夕に起こる変化ではないからだ。

だが、これは事実だ。

有能な技術者か賢者が助言したのだろうか?

或いは魔法使いが存在するとでもいうのか?


小瓶の入手はウーフーにとって非常に大変であった。

値段が高く、非常に稀少性の高いものだったからだ。

少量の翼竜の血の粉末が入った瓶は金貨五〇枚で求めたものだが、それを惜しげもなく贈り物とすることは商人の気前のよさを証明する行為であった。


二〇年前から変わらぬ美しさを保つ戦闘妖精たちに囲まれた男は、いずれこういうものが必要になるだろう。


実際、翼竜の血は市場になかなか現れない。

翼竜は相当の力量を持つ二級認定の冒険者たちが束になってかからないと倒せないし、倒せても必ず血を適切に保存出来る訳でもない。

入手した血は魔法使いによって素早く粉末化しなければならないが、魔法使いは滅多にいないし、竜と戦える力量を持った魔法使いなど現存するか疑わしい。

ウーフーの情報網にすら、そんな力量の魔法使いは引っ掛かっていない。

もしいたら、どの国家も血眼になって保護に走るだろう。

だから最初、彼は翼竜の血を疑った。

だが、おまけだと渡されたほんのごく僅かの量を口に含んだ彼は驚愕した。

明らかに体調がよくなったと感じられたからだ。

ウーフーは帝国屈指の商人として必死に翼竜の血を求めたが、三瓶しか入手出来なかった。





商人が去った後、男は酒瓶を眺める。

寒冷な温泉村で醸されたという林檎酒の瓶には布が貼られていた。

そこに記された、唐草模様の輪っかに穴あきの丸。


「唐草輪に真田六文銭か。」


懐かしそうに、男は呟いた。




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