第一一話【老騎士】
俺の名はトニー。
林檎が名産品の温泉村に住む村人で、三三歳の独身童貞である。
『温泉村未婚男会』会長でもあり、お手つきでない女がいない村で絶賛絶望中だ。
絶望したっ!
俺たちが独身童貞軍団でも普通に回っている村に絶望したっ!
いや!
まだだ!
童貞の全力を尽くすべきだ!
そうだ、コルスに頼もうぜ!
俺、この願いがかなったら、嫁さんとうっふうきゃきゃな生活をするんだ。
温泉村に住む独身連中がオレん家に来たのはその日の昼過ぎだった。
林檎の収穫や林檎酒の醸造も盛りは過ぎて、少しばかりの余裕がある時間帯。
一〇代半ばから三〇代前半まで見事に独身男が揃った。
その人数、三二人。
独身学級て感じだ。
まごうことなき、童貞軍団。
「なんだよ、雁首揃えて。」
祭の時期じゃないし、狩りの相談でもないようだ。
「コルス、アラルコン村の連中に嫁をあてがったと聞いたが本当か?」
「ああ、事実だ。」
途端。
男連中が全員オレに頭を下げる。
「コルス、俺達にも嫁さんをあてがってくれ!」
代表者のトニーが叫ぶ。
「子供に相談する内容じゃねえだろ、それは!」
まあ、言い分はわかる。
しかし、七歳の子供に男がすがるというのは……まっ、いっか。
「なんで他所の村の奴に色っぺえ姉ちゃんを紹介したんだよ? お前の用事であそこに行ったら、新婚ほやほやを見せつけられたんだ! この気持ちわかるか?」
「知らんよ。あそこの村は梃子入れ中だからな。」
「手こき?」
「それ以上言ったら、この話はなし。」
「ま、待ってくれよ、コルス。他所の連中に嫁をあてがえるんだったら、こっちにも同じようにしてくれるのが筋じゃねえのか?」
「なに言ってる。……そんなに嫁が欲しいか?」
「あったりめえだろ。なあ、みんな!」
おう、と唱和する男衆。仲がいいな。
「わかった。」
「わかってくれるか!」
「器量や性格を一切問わないなら、連れてくる。」
男衆が歓声を上げた。
やれやれ。
「コルス、どうするつもりですか?」
男衆の嘆願中に一言も喋らなかった闇エルフのリーネがオレに言った。
「そうさな、取り敢えず村長夫婦に話を付けてハミルの街で嫁さん探しだ。」
「三二人も?」
「三二人も。」
村長夫婦の反応は対照的だった。
村長はむうと唸って頭を抱えた。
夫人はけらけら笑って快諾した。
ハミルの街は一〇〇〇〇人前後の人口を誇る大都市で、近隣では最大規模だ。
リーネはフードを目深にかぶり、闇エルフだとわかりにくいようにしている。
騒動は起こしたくないからな。
なにかしらの術は使っているらしく、特に誰からも咎め立てはない。
子爵の兄ちゃんに挨拶した後、嫁探しに来たと言ったら「四人じゃ足りないのか?」と言われた。
兄ちゃん、酷い。
リーネは友人だし、先日入手した奴隷娘たちは旅館の従業員として修行中だ。
使用人たちの前で言っちゃったもんだから、オレはマセガキエロガキ絶倫の疑いを持たれてしまった。
そんな目付きだ。
兄ちゃんがすぐに謝罪してくれたから大事には至らなかったが、オレは皆からどう思われているのだろうか?
兎に角、村の独身連中の嫁さんを求めて奔走予定である。
……なんでオレ、こんなことしているんだろう?
後家や没落貴族令嬢や行き遅れを中心に探してみるか。
それから、村の防衛戦力として騎士も何人か欲しいな。
騎士は三男坊とか左遷されたのとか。
その辺りを兄ちゃんに聞いてみよう。
「なあ、兄ちゃん。」
「なんだい、コルス。」
「仕事にあぶれた騎士とか三男坊でくすぶっている騎士とか左遷された騎士とか閑職に追いやられた騎士とかいる? 但し、有能な騎士に限る。」
「コルスはずけずけ聞くなあ。」
「オレ、子供だもん。」
「嘘つけ、おっさんが呪いで子供になったんだろ?」
「なんでわかったの?」
「そりゃ、子爵だからな。」
「子爵ってそんななのか?」
「おうとも。」
「で、いる?」
「なんで僕に聞くんだい?」
「お知らせを兼ねてだよ。」
「ひでえ。」
「人材活用術をろくに持たない組織で腐らせるよりは、田舎でその力量を遺憾なく発揮してもらいたいのさ。」
「またそういう難しい言い方をする。リーネ、君は彼の言っていることがわかるかい?」
「半分ほどはわかります。」
「そりゃ、素晴らしいな。」
「そうだ、兄ちゃんの師匠ってまだ生きてる?」
「やなとこに気づいたな。」
「今、思いついた。」
「西区の屋敷で隠居生活中だ。」
「修行中の若者は三男坊かな?」
「的確に痛いところを突くな。」
「思ったことを言い過ぎたの?」
「わかった、わかった。師匠がいいと言ったら連れてってくれてかまわないよ。親爺や兄貴もほっとするだろうさ。僕は困るけどね。」
「困った時は助けに来るよ。精強の戦士隊を率いて。」
「冗談に聞こえないのがこわいな。」
「あと、兄ちゃん、独身で行き遅れた令嬢とか没落貴族の後家とか令嬢とか高級娼婦とかは何処にいるかな?」
「コルス、お前、なに考えている?」
「みんなで幸せになろうよ。」
くくく。
兄ちゃんから貰った紹介状はハミルの街で絶大な効力を発揮する。
ハミル遊園地のフリー・パスポートってとこかな。これで行けない場所は殆どなくなった。
紐付きでない高級娼婦を目的として、オレはハミルの街で三番目に有名な娼婦の館を一人で訪ねた。
一番目と二番目は紐付きだったから除外した。追手を差し向けられても困る。
フローラは元伯爵夫人で、夫が戦死して生活が困窮したところから娼婦になったらしい。
フローラが他の高級娼婦と異なるのは、積極的に貧窮する没落貴族夫人や令嬢に手を差し伸べていることだ。
「子爵様の紹介状がありましたのでお会いさせていただきましたが、わたくしのような娼婦になんの御用でしょうか?」
「子供相手でもきちんと相手をしてくれる大人は案外少ないもんだ。」
「あら。七歳の子供の台詞ではありませんね。」
「どうする? 茶を飲みながらゆっくり話でもしようか? オレとしては単刀直入が好みなんだが。」
「温泉村のコルスといえば、闇エルフをも従えて村を豊かにした異才の少年と聞き及んでおります。」
「買いかぶりだな。ところで闇エルフは嫌いかい?」
「会ったこともない相手を嫌うほど人間は出来ていませんわ。」
「温泉村は独身男性が多い。三二人だ。」
「一人ではとても相手が出来ませんね。」
「ああ、戦場でなくて幸いだと思うよ。」
「家庭や共同体はひとつの戦場ですわ。」
「戦場で戦ってくれる戦力か欲しいな。」
「わたくしたちはあくまでも娼婦です。」
「村の男衆はそんなこと気にしないさ。」
「貴方は本当に面白い方です、コルス。」
ぱちん。
ひらひらさせていた扇子を畳み、フローラは立ち上がった。
「貴方に賭けてみましょう、温泉村のコルス。わたくしを加えた一五名、貴方の村へ参ります。」
「えっ、フローラさんも来るの?」
「フローラでかまいませんわ。素敵な旦那様を頼みますわよ。」
また課題が増えた。
なにこのフラグ。
修道会が経営する孤児院へ赴き、村へ行きたい希望者を募る。
将来嫁になってもらうという方向で引き取ることが許された。
彼女たちの人数は三〇人。
一〇歳から一二歳と若めだがかまわないだろう。
よし、次は老騎士だ。
兄ちゃんの師匠である老騎士ユリウスの邸宅は簡素な作りで、所々壁の表面が剥がれていた。
面会を希望するとすぐに居間に通され、程なく主がやってきた。
「おう、コルス、元気か? その娘は闇エルフか? 別嬪さんだの。」
「爺ちゃん、単刀直入に言う。温泉村の防衛隊の隊長をして欲しい。」
「心得た。」
「えっ!? いいの? オレから誘っておいて言うのはなんだけど。」
「お前、アラルコン村で戦士隊を作っただろう。」
「爺ちゃん、耳はえー!」
「見くびるなよ。なんで儂を誘わなんだ?」
「爺ちゃん偉い人だろ? 勧誘すると問題になるかと思ってね。」
「昔はそれなりに偉かったがな。今は隠居爺いだ。」
「何人連れていける?」
「弟子三人は問題ない。後は話次第だ。」
「その辺は爺ちゃんに任せるよ。」
「いつ行く?」
「馬車の手配があるからなあ。」
「そんなことか。儂がやっておく。」
「村へお嫁さん候補を連れてゆくから。彼女たちだけで四五人いる。」
「馬車を四台、三日後の出発でどうだ。早すぎると用意も挨拶も出来んし、遅すぎると今度は邪魔が入りやすい。」
「それでいこう。」
村へ帰ろう。
爺ちゃんを含め、騎士は二五名集まった。
見習いから練達まで、その技量はピンきりだ。ちなみに皆独身。
こんなに集まるとは思わなかったから、正直嬉しい。
頭のいい連中は洗脳出来ないからな。
人材確保は常に心がけよう。
見送りに子爵の兄ちゃんが来て、爺ちゃんと話をしている。
「さみしくなりますよ、師匠。」
「人生最後の最後で一花咲かせられるんだ。戦士冥利に尽きる。」
「生き生きとしていますね。」
「お前も振り向かないで生きろ。」
「はい、師匠。父はなんと申していましたか?」
「伯爵様は嬉しそうだったよ。演技が足らん。」
「申し訳ありません。」
「かまわんさ。お前はあの親爺や兄とは違う。お前は間違っていない。だから、もっと力を付けろ。力がなくては、人は付いてこない。」
「はい、師匠。」
「また会おう。」
オレたちは温泉村へ向かっている。
馬車は堅実に故郷へと走っていた。
誰と誰の組み合わせがいいだろう?
その辺りは村長に丸投げしようか。
うん、それがいい。
そうしよう。
貴族は貴族へ。
庶民は庶民へ。
価値観が異なり過ぎると大変だしな。
爺ちゃんとフローラが話をしている。
なんか意気投合したっぽい。
そういや爺ちゃん、今は独身だよな。
後で画策しとこう。
くくく。
継承戦争で名を馳せた老騎士ユリウスが温泉村でヘルマイネ騎士隊を結成したという話は、瞬く間に諸方へ知られる結果となった。
彼を慕って彼の騎士隊へ入隊する自由騎士や戦士がちらほら現れる。
老騎士は元伯爵夫人と再婚し、その関係も良好だ。
現役復帰した老騎士との手合わせを求める騎士や戦士が、頻繁に温泉村を訪れるようになった。
そのまま騎士隊に入隊する者もいる。
騎士は基本的に単独で動く職業ではない。従者が付くのは当然だし、準騎士や騎士見習いが付く場合もある。
複数の人間が動けば費用がかかる。
温泉村に滞在すれば、それだけ村に金が落ちる。
訪れる者が増えれば、商いをする者も増える。
村の独身男性群も妻を得て張り切っているようだ。
一部例外はあるようだが、致し方ない。
世の中、そういうものだ。
「なあ、コルス。確かに俺は嫁さんが欲しいって言ったよ。皆に嫁さんを連れてきてくれたことは深く感謝するし、俺に嫁さんをくれたことも大変感謝している。だけどな、一〇歳の子をどうせえ言うんだ。あれじゃ娘だよ。まあ、ハンナは可愛いよ。旦那様、旦那様って言ってくれるし健気だし。のろけ? ちゃうわ!」
あたしの名はハンナ。
トニーさんのおよめさんだ。
だんなさまのトニーさんはちょっとこわいかおをしているけど、とてもやさしい。
おんせん村はハミルのまちよりさむいけど、トニーさんがあたたかいからだいじょうぶだ。おふろもいっしょだし、ねるのもいっしょ。
おんせん村ではじめておふろにはいってびっくりしたけど、トニーさんがからだをやさしくあらってくれたのでよかった。
このあいだ、フローラさんが先生になって、せいきょういくをしてくれた。
トニーさんをきょうざいにして、あたしたちは男の人をべんきょうした。
トニーさんがあとでないていたので、よしよししてあげた。
トニーさん、かわいい。
トニーさんといっしょだとぽかぽかする。
トニーさんのおよめさんになれて、ほんとうによかった。




