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ライヴ

「毎年判らなくなるんだけど。クリスマスって何日だっけ。クリスマスイブが二十三日で、クリスマスが二十四日?」

「一日ずれてますよ」私は、そう指摘してやった。「先輩、クリスマスと縁がない人間でしょ」

 先輩は、恥ずかしそうに頭を掻いていた。「だって、俺の誕生日、八月だし」と意味の判らないことも言っていた。「しかし、今日か。今日がクリスマスだったのか」

「せっかくのクリスマスに、先輩と二人で、職場にいるなんて」嘆く他ない。「しかもゾンビに囲まれてるとか、意味判らないし」

 私達は、騒ぎが起こってからずっと、ラジオ局の放送室に立て籠もっている。防火用のシャッターで守られているが、破られるのは時間の問題だと思えた。

「俺なんて、一週間も家に帰ってないんだぜ。職場に泊まり込みだ。そりゃ、時間の感覚もなくなるわ」先輩も嘆く。「外は、クリスマスイルミネーションで、さぞかし綺麗だろうなぁ」

「今、クリスマスしてる人なんて誰もいねーですよ。そんな奴がいたら、見てみたいですわ」

「前から思ってたんだけど」と、先輩が、真っ正面にこちらの顔を覗き込んでくる。不覚にもドキっとしてしまう、端正な顔立ちだった。な、なんでしょう。私は、緊張を悟られないように、目を逸らす。

「イブってなんの為にあるんだ」

 大真面目な顔をして、そう聞いてきた。「っていうか、イブってなに」

「さぁ……?」私も、正確なことなど、知らない。

「俺達は、この謎を解き明かせないまま、死ぬのか」先輩は大袈裟に嘆いた。「畜生、なんだか、悔しくなってきた」

「ちょっと、死ぬとか言わないでくださいよ。私、あんまり考えないようにしてるんだから」

「むかつくから、放送してやる」

 そう言った後の先輩の動きは、素早かった。ラジオ局勤続七年の先輩は、殆ど一人で全ての機器を操作して、着々と放送の準備を進める。私も、どうせやることないし、と手伝った。「っつーか、一度でいいから、DJってやってみたかったんだよね」と先輩は歯を見せる。

「もう、がんがん曲流しちゃいましょう」私はヤケクソだった。「折角ですし、クリスマスソング特集ですね」

「わっちゅ・あ・へっど」突然先輩が呪文を唱えたのは、驚いた。

「なんですか、その、不穏な呪文だ」

「『頭はどこだ!』っていう曲なんだけど、知ってる?」

「知りません」

「ゾンビが出てくる映画で、主人公達が頭を次々に撃ち抜くシーンで流れてたんだけど。あれなんて、どうかな」

「いや、クリスマスソングにしましょうよ」

「俺、クリスマス嫌いなんだよー」

「っつーか、用意されてるテープも、クリスマスソングばっかりですし」

「クリスマスに、クリスマスソングを流すのは、安易だ。どうせ、どの無線でも、どのラジオ局でも、どのテレビ局でも、流すんだから。そういう時こそ、全然関係ないロックを流したら、視聴率がとれるんじゃないか、と俺は思うんだけど。どうかな」

「クリスマスはクリスマスソングで決まりです。当たり前じゃないですか」

「先人達は、当たり前を打ち壊して、偉業を成し遂げてきたというのに」

 私は、異論を認めるつもりはなかった。

「いいから、とにかく、ちゃっちゃとやっちゃいましょう。せっかくだし、私にも何か喋らせてくださいよ」

「順番にやっていくか」


 防火シャッターが、がっしゃんがっしゃんとやかましい。音声を拾わないように注意しながら、私達は生放送を続けた。どんどんテンションが上がってきて、二人でわーわーぎゃーぎゃー騒いでた。

「これ、誰か聞いてるのかなー!」大声で笑いながら、先輩が叫んだ。「誰か聞けよなー!」

 ちょうど曲が終わって、私の出番になった。

「もしもーし! 聞けますかー! こちら、ナミバラジオでーす! クリスマス、凄いことになりましたねー!」そこで、先輩が、「あ」と言った。

「ごめん、音声切れてた。もっかい」

「え、ちょっと、メチャメチャクールダウンなんですけど」

「もっかい、もっかい」

「もしもーし!」と叫んだ。


 先輩が、どこからか、一枚のテープを持ち出してきた。「次はこれな、これ」と、嬉しそうだ。「この曲、いいよ」

「わっちゅ・あ・へっど。じゃないでしょうね」私は警戒する。「絶対、駄目ですからね」

「いや、残念ながら、わっちゅ・あ・へっどは用意出来なかった」残念そうに、肩を落としたが、直ぐにまた笑顔を向けてきた。「でも、これもいいよ」

「誰の曲ですか」

 私が、そう尋ねると、今度はバックを持ち出して、その中から一枚のCDを出して、見せびらかしてきた。

 ジャケットでは、サングラスを掛けた、やや肥満の男が、信じられないほどの鮮やかな笑顔を見せている。

「盲目のシンガー」先輩も、その肥満の黒人と似た笑顔を見せた。「様々な苦難を乗り越えた、俺の尊敬すべき大先輩だ」

「大先輩って、なんの先輩なんですか、なんの」

「人生、とは言わない。細かいことはいいじゃないか」


 曲が流れている間、今の今までワーワーと騒いでいた先輩は、静かだった。曲に聞き入っているようにも見えるし、これからの、自分達の運命を案じているかのように見える。

「俺は」おもむろに喋りはじめた。「音楽に、人を救う力があるだとか、そういう話は信じてないんだ」

 若干、意外だった。「そうなんですか」と尋ねる。

「音楽は、人に選択を強いるんだ」

 先輩は、そう言った。「『選べ、許すのか、許さないのか』少なくとも、この曲はそう言ってる」

「許すとか、許さないとか、なんの話ですか」

「『選べ、許すのか、許さないのか。その時初めて、君の罪は許される。復讐を求めた、君の罪は』。嫌味なことに、許すべきなのか、許さざるべきなのか、その事には触れてないんだよな」

 すぅ、と息を吸って、それから、いつものようにおどけた表情を見せた。「即興で訳したから、あってるかどうかは知らないけど」

 曲が終わった。その後で、先輩が、マイクに向かう。

「ゾンビも、人も、動物も、聞こえますか」

 と、この放送を聞いているかもしれない誰かに向かって、喋る。私は、「ゾンビとか言っちゃ駄目でしょー」と笑いながら、機材を弄る。いいじゃないか。と先輩がおどける。

「我々に残された時間は、余りに少ないです。選んでください」先輩は、それからもまだ続けた。「今、貴方の隣にいる人を、許すのか、許さないのか、選んでください。この声が聞こえるなら、どうか」

 なぜか、先輩は泣いていた。それから突然、苦調が荒くなる。

「どうせ、終わりなんだしよ。それでもまだ誰かを憎むなんて、止めてくれよ。今この瞬間、世界中の戦争って、終わってるんだろ。なぁ、そうだよな。敵も味方も、ねぇだろ。チャンスじゃねぇか。許せよ、許してやれよ」

 叫んだ。


「勇気を出して、許してやれって!」


「先輩……」なんと声を掛けたらいいのか、判らない。「すみません」

「いや、おれこそ、悪い。取り乱した」

「いや、っつーか、本当に、すみません。今の、途中から、音声切れちゃってました」

「え」

「止めようかと思ったんだけど、ちょっと先輩、熱くなってたものだから」

「嘘、メチャメチャクールダウンなんだけど」

「もっかい、いきますか?」

「テンション高くなきゃ、あんなこと言えないって」

 すっかり、元の先輩に戻っていた。それから、涙交じりに、噴き出す。「死ぬほど恥ずかしいんだけど」

「いや、でも、多分、聞こえましたよ」

「聞こえてないって。音声、切れてるじゃん」

「聞こえてましたって」

 私は言い張った。

 それから、今の声を聞いたかもしれない、誰かのことを思う。






 お付き合い頂き、ありがとうございました。

「・オブ・ザ・デッド  アイム・ライヴ」

 完結です。


 ゾンビやらなんやらと、奇妙な話にはなりましたが、書いていて面白かったです。

 評価、感想など、何かありましたら、どうぞよろしくお願いします。


 それでは、またなんぞ、縁があったら、です。


 注)黒人シンガーは、実在の人物ではありません。


 注)「わっちゅ・あ・へっど」もおそらく、実在していません。


 注)ピエロに模したファストフードのキャラクターは、まぁ、なんでしょう。あれって、ちょっと怖いですよね。


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