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ラジカセ

 注)ゾンビが出ます。

 注)過度な描写は控えてあります。空はのっぺりと広がっています。

「この声は黒人だな」タカハシは、ラジオから流れるクリスマスソングを聞きながら、目を瞑っている。「少し太っていて、目が見えない。少年の頃から苦難にぶち当たってきて、それを全て乗り越えてきたものの声だよ」

「歌声だけで、よくそこまで判るな」俺は自慢気に話すタカハシに、若干辟易しながらも答えた。「お前は立派だよ」

「俺は目が見えないから、その分、耳がいいんだ。声を聞けば、大体判る」

「だからって、歌手の生い立ちまで勝手に決め付けるなよ。百歩譲って、この歌手が黒人で、太っている、という所まではヨシとして、なんで、目が見えないだとか、苦難だとか、判るんだよ。判る筈ねぇだろ」

「でも、俺には判るんだ」

「そんなタカハシ君に質問だ。俺はどうだ? 俺は、どんな奴だ? どんな半生を背負って、ここで生きている?」

「君は男で、きっと一人っ子だ。日本人として、平均的な苦難にぶちあたって、やはり日本人らしくそれを適当に乗り越えて、生きてきた。年齢は、二十歳には至っていない。で、そしてあるクリスマスイブ――」

「全然違うし」

「ゾンビの大群が突如大量発生した街を必死に走り回って、生存者が集う陸上自衛隊基地に逃げ込んだものの、空気に馴染まず、人々の制止を振りきって、また、ゾンビだらけの街中を走り回っている。大体、こんなものじゃないかな」

「後半は正解」信じがたいが、それが、先日から今日に至るまでの、俺の、そして、日本の経緯だ。もしかしたら、世界中の経緯かもしれない。

「だけど、『ゾンビ』とか言うな、俺はまだ、信じてねぇぞ」

「彼らが、ゾンビ以外の何者なのさ。あれは、ゾンビだよ。痛みを感じてなくて、集団で人を襲って、食べる。噛みつかれた人は、一日以内に、ゾンビになる。これが、ゾンビ以外の何者?」

「何回もゾンビゾンビ言ってると、ゾンビがなんなのか判らなくなるな」

「実は、俺はすでにそうなっている。ゾンビってなに?」

「俺は、シリーズ全部観たけど」

「一作だけ観たけど、映像が見えないから、面白みが伝わらなかった」

「全作、今の俺達みたいな目に会ってるだけだ」

「それはつまらない」

「いや、それが案外、面白い」

「でも、まさか、出演する羽目になるとは、思ってもみなかったでしょ」

「そうだな。しかも、ノーギャラかよ。おい、ロメロ、どうなってんだよ」

「ロメロさんに怒っても、しょうがない」

「この怒り、どこに向ければいいんだ。原因は、なんなんだよ」実際には、怒り、というよりも、呆れの感情値の方がずっと高かった。なんにせよ、「なんなんだよ」と叫ばずにはいられない。

「きっとあれだ。どこかで、悪いことを考えている奴がいるんだよ。ゾンビを世界中に撒き散らして、世界を征服しようと考えてる、悪い奴が」

「ゾンビだらけの世界を征服してどうするんだ」


 俺達は、ビルの屋上にいる。

 自衛隊基地から抜け出た俺達は、当然と言えば当然なのだが、直ぐにゾンビの大群に囲まれて、無我夢中に逃げている内に、この高層デパートに辿りついていた。

 デパートに入った所で、猛攻は終わらなかった。上へ上へと逃げている内に、気が付けば屋上にいた。不思議なことに、ゾンビの猛攻はそこで終わった。いや、中断した、と言うべきか、とにかく、小休止の時間が与えられた。

 眼下では、ゾンビだらけの街が見えるが、通りを歩くゾンビ達は、殆ど点にしか映らず、生きた人間と変わらないようにも見えた。

「なんと、望遠鏡があるんだよね」

 屋上について、一息を吐いた所で、タカハシが、自慢気にそう言った。

「なんでそんなもん持ってるんだよ」見えない癖に、と言う言葉は、寸前で飲み込んだ。

「さぁ? 自分でも判らないんだけど、さっき、アイツらに追われてる時、余りに必死だったからさ、とにかく、手探りで武器を探してたんだけど」

「それが望遠鏡か」

「それが望遠鏡だよ。まぁ、オモチャみたいなものだけど、見えるには見えるんじゃないかな」

 望遠鏡を受け取り、眼下の世界を見渡す。ちょうど、通りに、生存者が走っていた。「あ」と俺は声を上げる。「誰かいる」

「ゾンビが沢山いるに決まってる」

「そうじゃなくて、生存者。――ああ、駄目だ、そっちは、駄目だったら」

 見知らぬ生存者は、後ろのゾンビに気を取られる余り、行き止まりに向かって走っていることに、まるで気付いていない。教えてあげたい所だが、ここから大声を出した所で、気がつくとは思えない。

「助けに行く?」

「無理だ」

「言ってみただけ」

 そこから先の場面は、余り見たくなかった。望遠鏡を置いて、それから、煙草を吸おうと胸ポケットに手を突っ込んだが、そこでライターが無いことに気付いた。舌うちをしてから、座り込む。

「これからどうするの?」タカハシが尋ねてくる。楽しんでいる口調だった。「どうするのさ」

「休憩したら、俺はまた出かける」

「そんな、買い物に出かけるみたいな口調で」からからと笑う声が聞こえる。「ゾンビだらけの街を?」

「やらなきゃならないことがあるんだ」そこまで言ってから、質問されてばかりなのも癪に障ったので、逆に質問をしてやった。「お前はどうするんだ」

「俺は、まぁ、迷惑じゃなければ、ついて行く腹積もりだけど」

「余り言いたくはないんだが、正直に言うと、迷惑なんだ。目が見えない奴の手を引いてちゃ、戦い辛いんだよ」

「まぁ、なんにせよ、着いて行くけど。見捨てるなら、それで構わないし」

「その、見捨てるって言い方がだな」そんな言い方をされて、見捨てることが出来るほど、酷薄な人間ではないつもりだった。

「基地にいた方がよかったんじゃない?」

 タカハシは、尚もそう言った。俺は、「無理だ」と答える。

「どうして?」

「どうしても何も、アイツら、何を待ってるんだよ。救助とか言ってたけど、来る訳ねぇだろ。ゾンビの大群が、どっと押し寄せて終わりだ」

 基地では、老若男女の生存者達が、ざっと三十人前後集まり、急造のバリケードを拵え、「ここにいる全員が力を合わせれば、きっと助かる」などと、熱弁を奮っていたが、どうしても、そうだとは思えなかった。平素ですら、力を合わせることの苦手な人間が、この極限状態で、力を合わせることなど、不可能だ、と感じた。

「先に、内部崩壊の可能性もあるし。食糧もねぇ癖に、どうするつもりなんだ、アイツら」

「人類に退路なし、というやつだね。君はそれに気付いた訳だ」

「それに、俺みたいに、輪を乱すような奴、いねぇ方がいいだろ」それも本心だった。「俺、ガキの頃から、集団とか、クラスとか、苦手でさ。合唱なんかだと、『お前も歌えよ』なんて、みんなから指を指されてたっけな。俺なしでやってくれないかって気分だった」

「ああー、クラスに一人はいるね、そういう奴ね。合唱で歌わないし、積極的に意見も言わないし、体育祭なんて、来ないし、本当、迷惑だよね」

「うるせぇよ。歌が嫌いだったんだよ。歌も、歌うのも、嫌いすぎ」

 言ってから、俺は、ラジカセを指差した。

「でも、これはいいな」ラジカセから聞こえてくる、タカハシの言う、黒人ボーカルの歌声に、うっとりする。英語歌詞なので、なんと歌っているのか、正確には判らないのだが、ときおり、『クリスマス』と言っている辺り、クリスマスソングなのだろう。

「『君の罪は許される』」タカハシが言った。

「え?」内心、ドキっとした。罪を暴きたてられたような、驚きだ。

「そう歌ってるんだ」

「ああ、歌か」

「これ、誰が放送してるんだろう」

 そう言われるまで、その考えには至らなかった。そうか、ラジオから音楽が流れているということは、どこかのスタジオで、曲を延々と流しながら、耐え忍んでいる誰かがいるという事なのか。

 その誰かは、どんな思いで、この放送を続けているのだろう、と少しだけ気になりもした。そこで、黒人ボーカルの歌は終わった。少しだけ電波が乱れ、その後で、人の声。

『……ンビも、人も、動物も。聞こえますか』

「ゾンビとか言っちゃってるよ、この人」笑うべきなのか判らなかったが、俺は笑った。

 少しの間を置いて、それから、次の曲が始まる。今度は、俺も知っている曲だった。日本で、不動の人気を得た六人組みのグループの、新曲だった。クリスマスにちなんだ曲らしいが、旨いのか下手なのか判らない。これも、英語歌詞だ。

 タカハシはこの曲を知らないらしく、眉を潜めていた。俺は試しに、尋ねてみる。

「おい、これは、どんな奴が歌ってる」

「これも、黒人だね」

「そうか」


 肩口の傷が痛んだ。デパート内でてんやわんやと、千切っては投げ千切っては投げと、ハチャメチャに戦っていた時に、付けられた傷だ。いや、傷などと生易しいものではなく、まず間違いなく、この傷には、人を生ける死者へと変える雑菌が含まれていて、そのことを考えると、憂鬱になる。

 個体差はあれど、ゾンビに傷を付けられた者は、それから一日も待たずに、ゾンビとなった。傷を付けられたのが、一時間程度前だから、まだ時間的余裕はある。いや、ないのか。残り、最長で二十三時間程度。長いようで、短いようで、最終的には判らない。

 屋上についた当初は、『ゾンビになる前にここから飛び降りてやろうか』とも、一瞬だけ頭を過ぎったが、すぐに、そんな気は失せた。

「俺は今日中に、ゾンビになる」タカハシにそう告白したが、「ふぅん」という素気ない答えが返ってきただけだった。

「ふぅん、って、俺の、一代告白を」

「今この状況で、ゾンビにならない人の方がずっと少数派なんだから、自慢することじゃないよ。『あ、君もそうなんだ』程度の感覚だね。日本人が、日本という国内で、『私は日本人です』って言ってるのと、大差ないよ」

「別に自慢はしてねぇよ。だからまぁ、せいぜい、気をつけろよ。って話だ」

「ゾンビになる前に死ぬ気はない訳だ。気をつけろって言うくらいなら、俺に被害が及ぶ前に、自分でなんとかしてくれればいいのに。俺なんて目が見えないんだからさ、君に襲われたら、一瞬でアウトだよ」

「お前には悪いけどよ、死ぬ気はねぇんだよ。ゾンビになっても、生き続けてやる」

「なんという図太さ」

「人類が発展したのは、叡智のお陰でも、向上心のお陰でも、ねぇ。ただ、図太かっただけだ。俺は図太く、生きれる所まで、生きていこうと思う」

 ゾンビが、生きている、と言えるのかどうか、甚だ疑問ではあったが、そう言いきった。

 世界はゾンビだらけで、ゾンビになっていない多くの人はすでに死んでいるか、これからゾンビになるか、そのどちらかだと言うのに、不思議なことに、俺は落ち着いていた。多分、空が青いからだ。地上が地獄と化しても、空の青さは変わらない。それを、頼もしくも思えるし、無慈悲だなと笑い飛ばすことも出来る。

 空はのっぺりと広がっていた。






 他に連載も書いているのですが、ちょっとだけここで寄り道をさせてください。

 全、四〜五話程度の中編の予定です。

 実は完結済みなので、推敲が完了次第、次々投下していきます。

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