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村長の正体

しかし、大方の予想に反して、このひどく適当な証拠は、思いがけない効果を発揮した。


(まさか、これは...)

村長を"勘違い"させたのだ。


もちろんコッペル村長はバカではない。

ここまで嘘くさい"証拠"とやらで、アンドレアスを本当の勇者だと思いこむほど純粋な人間ではない。

では、一体村長は何を勘違いしたのか。


村長はもう一度文書を隅々まで読み込み、隠されたメッセージがないように確認した後、こう言った。

「...分かった。少し、皆と相談させてもらってもらおうか」


(口調が変わった?なんか敬意がなくなったような...)

アンドレアスは、自分が勇者だと分かった途端に態度が悪くなった村長に、若干の不信感を覚えつつ、承諾した。


「あ、あぁ、分かった。そうだよな。そりゃあ、勝手に住民を増やすなんて無理だよな。じゃあ、俺はここで待ってるよ」


「では、ここに娘を置いていく。言っておくが、私の娘は格闘術の心得がある。くれぐれも、おかしな行動を起こさぬように」


「あ、当たり前だろ?一応、俺勇者だぞ?」

アンドレアスは落胆した。

(嘘だろ!信じてもらえないならともかく、扱い悪くなってるぞ!何書いたんだよ、ベスの奴!)

アンドレアスは、もし、その文書を書いた人間ーーラベスーラ王女にもう一度会えたら、絶対に文句を言ってやると心に決めたのだった。




村長の反応を理解するためには、少し、この世界『ゾッグ』のことを理解する必要がある。


ゾッグには大きく分けて二つの種族がいる。人間種と魔族種。

この世界が生まれた時からこの二種は存在し、どちらからという訳でもなく、争い続けている。


そして過去、人間によって一度、魔族によって三度、合わせて四回、ゾッグは"滅ぼされかけた"。

これらの世界危機は、"悲劇(トラゼディア)"と呼ばれている。

詳しくは後に語るとして、その内の一度は、魔族である、"偽る者"シフターの手によって引き起こされたのである。


シフターとは、その名の通り、変身能力を持つ魔族である。しかし、その能力を除けば、決して恐ろしい魔族では無かった。魔族の中では戦闘力は低く、人間の戦士であっても、1対1なら倒せる程度でしかない。

下級魔族の一つであり、ほかの魔族から使役される程度の存在でしかなかった。


そもそも、魔族は非常に強い力を持つ代わりに、個体数は人間より少なく、知能が低い者が多い。そのため、力が全てであり、いかに特殊な能力を持っていても、力なき者への扱いは悪い。シフターたちも、自分たちの地位に疑いを持つことは無かったのだ。


しかし、その高度な変身能力に目をつけた者がいる。魔王である。魔王とは、その時代、魔族の中で最も強い者を指す。

時の魔王ウアタイルによって、シフターの能力はこれまでになく活用された。その結果、北大陸ゾールケと、南大陸ゾースは滅亡寸前まで追い詰められたのだった。


王侯貴族を騙し、圧政を行わせる。

民衆には不満が生まれる。

友好国の名を騙り、国内で反乱を起こす。

友好国同士には疑念が生まれる。

同盟国の軍だと偽り、戦争を引き起こす。

世界中で憎悪が生まれる。


各地の賢者や、平和論者の抵抗虚しく、大陸全土を巻き込んだ大戦争の勃発は、避けられないかに見えた。


この、二度目のトラゼディアの特徴は三つある。


まず、この惨事がわずか一種の下級魔族によって、引き起こされたことであること。これは過去に類を見ない、信じられない事態である。


次に、それまで決して脅威ではなかった種も、指導者の影響により、恐ろしい効果を生むと分かったこと。これまでの歴史上、こういった事例が無かった訳ではないが、世界を巻き込むほどに影響が肥大化したのは初めてのことでであった。



最後に、シフターたちが裏切ったこと。これは最も衝撃的なことであった。自分たちを取り巻く環境の突然の変化は、シフターたちの増長を招いたであった。

人間たちを追い詰めていくことで、次第に彼らは、我らこそが魔族の長であると考えるようになった。密かに、魔族たちをも分断しようとしたのだ。


だが、彼らの計画はすぐに看破された。当たり前である。もともと魔王の立てた策であり、であり、見破るのは容易かった。強大な支配者や、聡明な知能もない彼らの作戦は、ひどく幼稚で、至らないものであった。


同盟国の軍だと偽り、戦争を引き起こす。

全く相手にならない。そもそも魔族に同盟という概念は存在しない。

友好国の名を騙り、国内で反乱を起こす。

すぐに鎮圧される。そもそも魔族に友好国という概念は存在しない。

王侯貴族を騙し、圧政を行わせる。

騙せない。


魔王ウアタイルの逆鱗に触れたシフターたちは、あっという間に種ごと滅ぼされた。その間に、勇者や賢者たちの尽力によって、人間側の大戦争は未然に防がれた。"真実の鏡"、"解明の杖"、"目覚めの宝珠"といったマジックアイテムを使い、強制的に考えを変えさせたのだ。


意外にも、あっけなく二度目のトラゼディアは終わった。だが、シフターは滅んだとはいえ、互いの信頼というものへの大きな課題は残った。


話を戻そう。そういった事情があり、王家、王族、そういった最高位を表す紋章。それを偽造することは、誰であっても、どの国であっても、極刑に処される。人間種が、シフターへの反省から制定した法の一つである。



つまるところ、このままコッペル村長が国に通報すれば、勇者アンドレアスは北の王家の印を偽装した罪に問われることになる。北の王国に入れないどころか、世界中から追われる身になってしまう。勇者なのに。


ただ、村長が今すぐ国に通報することは無い。


なぜなら、コッペル村長はシフターなのだから。

読んでいただき、ありがとうございます。

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