プロローグ
ここは剣と魔法に支配される、よくある異世界。
当然のように、人々は魔王に苦しめられていた。
そんな世界に、一筋の光明がさす。
勇者の登場である。
北の王国からあらわれた勇者は、瞬く間に魔王を討伐、世界に平和をもたらした......
はずだった。
平和はいつまでも訪れなかった。
復興不可能なレベルの大地震、死火山と思われていた大陸最高峰の大噴火、商国の土地のおよそ3割を削り取る大津波。未曾有の天変地異が民衆を襲った。
多くの人々が仕事を失い、ひどく貧しい生活を送ることになった。貧しさは不信を生み、
庶民の多くは、隣人どころか家族でさえ信用しないようになってしまった。
そんな時、ある一人の学者が変わった説を唱えた。
「これまで我々の世界に、このような天災が訪れたことがあっただろうか。
これまでなかったことが、『ある時』を境に突如起こりはじめた。つまりその、『ある時』に、これまであった何かがこの世界から失われたということになる。
『ある時』とはいつか?
あの勇者が魔王を倒した時だ。そこから世界はおかしくなった。
したがって、失われた何かとは、魔王。ひいては魔族や魔人といった、高位の魔物と呼ばれる者たちだ。
我々を苦しめていた魔の者たちは、この世界の重要なパーツだった。彼らはこの世界を守っていたと言っても良い。
要するに、私が言いたいこと、それは、私たちの判断が間違っていたということである」
この学者はまったく無名であった。しかし、
この説を唱えたことで、一躍脚光を浴びた。
多くの著名な学者も彼の説に賛成した。彼らは討論会を開き、多くの意見を交わした。
そして、彼らは一つの結論に達した。
魔族の復活。
各地に残る魔族についての文献を収集し、過去に封印された魔族や魔人を復活させようとしたのである。
当然、各国の首脳は激怒した。最高の権力者である自分たちの判断を間違っていたと主張するだけでは飽き足らず、莫大な資金や、たくさんの犠牲の上に成し遂げた魔族の絶滅さえ覆そうというのである。
「頭のイカれた学者どもをひっ捕らえよ!」
北の王は直ちに軍を動かし、リーダーである、最初に説を唱えた学者を捕らえた。
しかし、これは失敗だった。残る学者たちは王の動きを利用して国民を扇動したのだ。
「聞け!我が同胞たちよ!王は我らの長を捕らえ、自らの判断を正しいものだとしている!我らを愚かだと思っているのだ!我らを騙せると思っているのだ!
我らの惨状を見ても奴らは何もしようとしない!奴らは自分の利益だけを考えているのだ!
聞け!我が仲間たちよ!私と共に来るのだ!
魔族を復活させるのだ!恐れることはない!
この世界を正しい形に戻すのだ!」
多くの民は、迷いながらも学者たちに加わった。貧しさから少しでも早く抜け出したかったのだ。
さすがの王も、自らの国民を敵に回せばただでは済まない。渋々ではあったが、捕らえた学者を解放し、学者たちの活動に干渉しないことを発表した。
だが、話はそれでは終わらない。新たな問題が起きた。
王への不信。
一度国民が王へと抱いた不信感はなかなか消えることがなかったのだ。
そこで王はある策を講じた。
まず、全国民にこんな放送をした。
「聞いてくれ、我が愛しき民たちよ。私は君たちを見捨てたわけではないのだ。実は、私は勇者に操られていたのだ。
魔王を倒したことでこんなことになったと知られたら、自らの立場が危うくなると感じた勇者は、私を脅し、心にもないことをさせたのだ。信じてくれ、我が民よ!」
勇者に罪をなすりつけたのだ。
苦しまぎれであったが、一定の効果はあったようだった。王に向いていたある程度の怒りは、貧しさを生み出した直接の原因である勇者に向かった。
そんなこと知らなかったでは済まされないような大惨事を引き起こしたとはいえ、勇者も悪気があって魔王を倒したわけではなかった。むしろ、皆の幸せを願ってやったことだった。
勇者はとても悲しんだが、弁解しようとはしなかった。
王や学者たちと衝突して、また新たな争いを起こすのは嫌だったのだろう。
勇者は、誰より平和を望んだ人であった。
彼は、静かに北の王国を去っていった。
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