魔導兵(量産)1
明日は仕事により投稿できなさそうです。申し訳ありません。
今度の男からの仕事は、誘き出した捜索隊の排除だった。それも、ルーフェルがいるとはっきりと明らかにしてだ。
ルーフェルからすれば、なるほどととしか言えない。あの東方伯たる男の異常な名誉欲、支配欲を体験した身からすれば、あの男は躍起になるだろう。
英雄だの大儀などの、耳に心地のいい言葉を囁きながら、ただただ肉欲に任せていただけの、下劣な男。
その尖兵を叩き潰すだけでなく、好きなようにしていいとまでの言葉を貰ったのだ。心が躍らないわけがない。
全力で叩き潰して、二度と自分の誇り、妹の誇り、一族の誇りを穢させないようにする。そして、ナラク(地獄)でその罪を永遠と購わせる。
それが、自らに課せられた、刀鍛冶のエルフの一族としての役目だろう。
故に、一切ためらいなど持たない。全員を切り刻むまで、止まるつもりなどない。
身体は恐ろしい程に冷え切っていたが、心は憎悪ばかりには染まっていない。
今ならば、分かる。あの男が――彼が、自らに頭を冷やすようにとした理由も、元の世界へ来るか、と誘ってくれた理由も分かる。
彼は、馬鹿ではないが、愚かである。自分がこっちの世界に連れてこられて、人生を滅茶苦茶されたというのに、彼自身はルーフェルを元の世界へとつれていこうとしている。
救いの為であると考えているのは分かる。
ルーフェル自身も正直嬉しいことであったが、彼自身は、彼がひどく恨む神と似たような事をするハメになるのではないかと考えているのだ。
そんなことは無いのにである。
――異性として、初めて心許せる人ではあるかもしれません。
ルーフェルの顔が、少しばかり綻ぶ。
こんな英雄共に汚染された世界などとは思ってはいないが、この世界に対して何の未練もなくなっているのは事実だ。
実際復讐を終えた後には、自害しようとも思っていたぐらいだ。
それが、少しばかりは生きていてもいいかなと考えるあたり、自分の人生についても本のちょっとばかり、考えは変わったのだろう。
彼についていけば、何か考えが変わるかもしれないとは想像してしまうのだ。それに何よりも彼は――
――私と本当に似ている。
あの濁った眼が、本当によく似ている。
同じような絶望を味わったものにしか出せない目。
だからこそ、彼とは繋がりを抱いているのだと思えるのかもしれない。
いずれにせよ、この思いがあるからこそ、まだ自分はこの世にいるなども考えられる。
第一の目的は、復讐に変わりがないが、第二の目的を考えられる余裕は出来た。
ならばこそ、その目的は果たさねばならない。それが自分の役目だからだ。
「……来なさい、貴方達には、私たちの生きる為の糧となっていただきます」
「くそ、どういうことだおい!?」
「ええい、知るか! 我等が英雄たる東方伯様に、反逆し処刑された女が何故あそこにいる!?」
「落ち着け、前線を整えろ、崩すなよ!」
兵士が次々と切り飛ばされている中、指揮官として抜擢されたプレトンは、己の運命を呪っていた。
どうしてエルフの、それも騎士長クラス、いやそれ以上と見紛う程の者が敵対しているのか、理解できなかったのだ。
オーク系魔族の将級であるオークマストの件といい、不審な女による捜索隊の襲撃といい、キナ臭い件が長らく続いていた中での襲撃である。
正直にいえば、もう大分参ってしまう程には憂鬱な事態であった。狂信者による部隊の保護者役もそうだが、あのどうみても処刑されたはずの女性が生きているのだろうか。
もう部隊は、自分の言う事を聞きはしない。何よりプレトン自身も率いる気が無かった。
家督だけで、騎士団の一隊長になったようなものなのだ。自分の実力は自分が最もよくわかっていると言ってもいい。
それが、まさかの出来事である。こんな事態になっているなどと誰が考えただろうか。
「くそ、またやられた!」
「いいから、囲め、囲めば殺せるはずだ!」
無理だな、とプレトンは考える。あのエルフの女の腕前は尋常ではない。
騎士長や騎士団の中でも最高に息の合ったあの二人ぐらいを持ってこなければ到底止められない。
並大抵の雑魚が掛かった所で、雑魚はただの雑魚。蹴散らされるだけの餌にしか過ぎない。
もはや自分の意志などを無視して、勝手に指示を出して突撃する連中の面倒など見切れるはずがなかったのだ。
だから、彼らにはこうして貴い犠牲として、自分があのエルフの女を観察する為の餌になってもらっているわけである。
それがもっとも理想的な流れであるからだ。というよりか、自分ごときが手を出したところでどうにもならないし、彼らからは不要とすら言われているのだ。
「どうして英雄様は、ああも狂信者様たちを捨て駒にできるんかねぇ……まぁ、どうでもいいけどさ」
狂信者たちも、英雄を疑うなどということはしないのだろうか。
しないからこそ、ああも盲目的に、従う事が出来るのだろうかとも考えるが、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。
これではただの自殺を進めているようなものだ。
いやむしろ――
――わざと殺させてでもいるのか。
そんなはずはないだろうとは思いつつも、ちらりと嫌な予感がよぎる。
本当に殺させようとしていないのだろうか。英雄様は、この所、裏が多すぎるのだ。
刀鍛冶のエルフの里を襲撃した件についてもそうだし、魔族に対する異常な鎮圧な活動。
そして、今回のわざとではないかとも思えるほどの狂信者たちの自殺行為である。
捜索隊を出したのは理解している。何かしらの意図があってのことがあってだろうとは思っている。
だが、その意図が見えないのだ。
それが果てしなく不気味なのである。何か、英雄と盤面上で誰かが手を打ちあっているような、そんな感覚なのだ。
ようするにこの殺し合いすら、予定調和の一つなのではないのかという不安。
「これから、何が起こるんだか……」
魔族との争いは、一応は終結しているというのに、新たな火種が絶える事は無いのか。
自分たちのしてきたことは何だったのだろうかとすら思ってしまう。
「まぁでも、動くというのであれば、それはそれで面白いかもね」
もはや、自分にとってはどうでもいいことだ。英雄たちが牛耳ったこの世界においては特に考える事もない。
今はそれよりも、あのエルフの女がどこまでやるかを見ていたいのだ。
「さて……ここからはどうするのかね、あのエルフさんは」
いまだに雑兵を斬り伏せているエルフを見ながら、ぼそりと呟く。
今回は雑兵だけではない。特別な物も、連れてきているのだ。
――魔導兵相手に。