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美女(凶悪)


 「相変わらず冷めた女だな、ルーフェル」

 「貴方も変わらず、何も考えてなさそうですね、グド」

 

 二人がいつも通りの挨拶をして、こちらへと向き直る。

 どちらも女性としては美人の部類に入るのだろうが、欲情する男はそうそういないだろうとは思っている。

 正しくは、欲情するかもしれないが、即座に男性としての本能ではなく、ネズミとしての本能を刺激されて萎えて逃げ出すと言う方が正しいか。

 二人とも、絶世の美人であるというのには、認めざるをえない。男からすれば、確かにどちらも手を出したくなるほどの美女なのだ。

 だが、それもある程度の力量をもった者からすればの話になってしまう、というのもよく分かる。

 グドの方は、完全な戦闘狂(バトルジャンキー)だ。男のいた世界では、その昔武士という、島国でひたすら殺し合っていた者たちがいた。

 その中でも一部の武士といえば、頭がおかしいのではないかと思う程の武勇伝を持っていた。

 それらが実際に自分の目の前になど現れた事などは無いが、グドはまさそんなタイプではないのかと思えてしまう。

 

 グドは実際、相当苛烈な性格をしている。誇り高い一族の娘だという事もあるが、本人の気性が何よりも影響している。

 常識を守るところはあるが、戦となれば理性がぶっ飛ぶ所がある。

 戦場では心強いのと同時に、不安にもなってしまう部分だ。周りに配慮することなく、突っ込んでいく悪癖とも言える。

 最初は男も、自分の常識だけで考えてはいけないと思い、この世界の住民では当たり前のことなのもしれないと考えた。

 だが、それは、突き合わせた一回目の戦闘で、こちらの世界でもグドは戦闘狂(バトルジャンキー)なのだということが明らかになったから良い。


 ただある生命を喰らう怪物(モンスター)という存在が、この世界にはいる。機械のような、生命のようなどちらともとれるような見た目をしていた。

 怪物に関してだけは、ヒト族も魔族も共通の敵と見なしていて、現在でも、東方以外では共に排除しようと協力して行動する。

 そんな化物を相手に、グドは嬉々として一人で突っ込んでいったのだ。それも複数体相手に。

 服が着れて真っ裸になろうが、腕が千切れようが、気にすることなく、怪物を切り刻み、本性を現して喰い千切り、角で突き殺していった。

 それで顔を赤らめて、うっとりと自らの角を撫でまわしてハァハァ言っていたのだ。

 どうみてもアレは完全に興奮していたのだから、誰がどう言おうが完全に戦闘狂(バトルジャンキー)だろう。

 その姿を見て、最初はセクハラしようとしていた男共もドン引きしていた程だ。


 では逆にルーフェルはと言えば、男のいた世界では極めて陳腐な言葉であった褒め言葉ではあったが、美術品のような美しさというのがぴったりだろう。

 均整のとれた美しい肉体に、すらりと伸びた四肢。それでいて、怜悧な雰囲気を残した女性である。

 男の世界で言うなら、仕事の出来る完璧な女性秘書とでも言おうか。実際、自分が頼んだ仕事は完璧にこなしてきた。

 性格もどちらかといえば穏やかな方だろう。だが、どちらかといえば、世の男たちは、ルーフェルの方こそが苦手になるのではないか。

 ルーフェルの澄んだ目は、何もかもを見通されているかのような気分になるのだ。

 自分が何を考えているのか、どうしてそれをさせたのかまで、はっきりと見られているような気分にさせられる。

 下劣な下心を抱いているもの程、それは深く深く突き刺さるだろう。そして、その目の奥にある感情にはっきりと気づくはずだ。


――どす黒く濁った感情。

 

 それさえなければ、ルーフェルは完璧なリーダーと成りえたエルフの女性だろう。

 性格も本当に穏やかな性格で、それこそ上手くやっていれば、東方伯が来る前であれば、東方領の騎士団の団長にでもなっていたかもしれない。

 エルフが騎士団仕えになるというのはよくある話だ。

 東方領でも、東方伯が過剰な弾圧を加える前であれば、魔族側の傭兵が騎士団の一隊を率いていたという話もあったぐらいだ。

 

――全てを台無しにされなければ。


 あの東方伯が来てから、ヒト族ではない種族が迫害されはじめた。

 エルフも例外ではなかった。技術も何もかも全て強制的に接収されていったのだ。

 完璧な守護者であった、あの人と女教師であれば止めていたはずの事を、東方伯は平然とやった。

 正義の名のもとに、魔族に対してさらに攻勢を強めるためにとは言っていたが、本音は己の肥大した名誉欲と権力欲を満たす為だろう。

 何より貴重なエルフの刀鍛冶などという集落があれば、どうするかは分かりきったことだった。


 「そろそろ、よろしいですか、グド。

  復讐を為し終えた後であれば、いくらでもあなたの相手はしますので」

 「煽っても、本当に面白みのない女だな、お前は」


 とりとめのない思考をしているうちに、グドとルーフェルのいつもの遣り取りが終わったらしく、グドが出ていく。


 「お疲れさん。急に依頼して悪かったな」

 「別に、何も問題はありません。同時に頭を軽く冷やしてこい、とのご配慮は良く分かりましたので」

 「……怒ってるか?」

 「いえ」  

 

 ルーフェルが、抑揚のない口調で答える。

 一時的にルーフェルには、ルーフェルが扱う二振りの刀の整備と、情報収集へと出向くように指示をしていた。

 表向きには、東方伯を討つための準備をさせる為と言っていたが、本当はルーフェルの頭を一度冷させる為だった。

 

 「私自身、英雄として語られるあの男の話を聞くだけで頭が割れそうなほどの怒りを感じていましたが、今は冷静でいられます」

 「本当に、か? ……妹がどうなったか、それとお前自身が何をされたかを思い出しても、だぞ?」

 「平気です。その為に、わざわざあの男が賛美されている東方伯領の首都に行かせたのでしょう?」


 男は、どこまでも自分の考えを見抜かれている事に溜息を吐く。

 所詮、英雄のような力をもってしても、自分自身はただの公職についていただけの男だと、思い知らされた。

 

 「なら、いい。……結局、考えを変えるつもりはないのか?」

 「ありません。あの男自身を、我が一族の名誉にかけても、討ちます」

 「逆賊と呼ばれるぞ、英雄殺しなんて、大罪人だ」

 「覚悟の上ですよ」


 これは駄目だと、男は悟った。

 完全にルーフェルは、決意を変えるつもりはない。

 ならばとことん付き合わせるしかなかった。ルーフェルも自分やグドと同じ仲間入りになる。

 大きく溜息を吐き、それから、カウヒをもう一度飲み干す。


 「復讐した先に、何か考えはあるのか?」

 「ありません。以前も言いましたが、自害するのは貴方の言うとおり止めますが……貴方はどうなされるのです」

 「元の世界に帰る」


 男の本当の願いはこれだった。元の世界に帰り、そこで暮らす。

 男自身、嘲笑したくなるほどの甘い考えだ。

 こんな化物に成り果てていながら、今更元の世界に戻った所でどうするというのか。

 自分をここまで優しく育ててくれ、いつか必ず親孝行をして、その死まで看取って見送りたかった両親。

 その両親に、こうも化物となった己の身体を見せて、生存報告でもすればよいのだろうか。

 

 「……そうだ、元の世界に、帰る。それが俺の願いだ。駄目だったら、また何か考えるさ。

  あの最高に屑で下種で肥溜めに突き落としてやりたい奴等を始末して、復讐し終えたら、やっと一歩進めるからな」

 「……そうですか、羨ましいですね。私には、もうこの武器と身体しかないので。

  故郷があるというのは、本当に羨ましい」


 ルーフェルが、微笑む。

 男も微笑んだ。それから、戯言だが、と前置きして答えた。


 「お前さえよければだが、元の世界に戻れることになったら、俺の世界にでも来るか?」

 「私のようなものが、ですか。興味はありますが……異端として、迫害されませんか?」 

 「そうはさせないさ。そのための力はあるからな」


 仮にそうなったとしたら、間違いなく男やルーフェルは、表の世界では生きていけなくなるだろう。

 もしそうなったら、男は裏の世界で生きていくことになる。そして、ルーフェルもだ。

 だが、それでもどうにかしやりたいと思うぐらいの情は男にはあった。 

 

 「まぁ、グドぐらい能天気に俺たちも生きていけるようにしようや」

 「貴方がそれを言っても、説得力がありませんよ」


 私と同じぐらい、いや、それ以上に濁った眼をしていらっしゃるのですからとルーフェルが言葉を吐く。

 思わず男は、口を噤んだ。

  

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