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襲撃(忘れ物)

「くだらない任務だとは思わんか?」

 「言うな。俺だってそう思うがな」


 町から遠く離れた平原まで馬を走らせながら、捜索隊に選ばれてしまった友人の愚痴を聞くだけの作業にも飽きてきた。

 騎士として名誉ある任務かと思えば、ただの捜索である。それも、もはや死んだという事で見解が一致している七番目の英雄をだ。

 ケトルは、相変わらず愚痴を吐き続けるだけの友人のアルザスに対して、相槌を打ち続けた。

 アルザスの言う事もよく分かるだけに、否定できないのだ。

 

 くだらない任務と呼ばれているこの捜索は、実際、現状でやる必要がある任務とは到底考えられないのだ。

 それこそ、どぶ攫いと呼ばれるコソ泥兼情報屋共に探らせれば良い程度の緊急性だ。

 であるというのに、わざわざ騎士団の一部を派遣し、十名前後の実力ある騎士たちをわざわざ隊長として選抜し、複数隊で捜索へと当たらせているという始末である。

 自らの主に文句を言うつもりはないが、些か臆病に過ぎる。騎士としては、持つべきではない臆病さである。

 そんなものは捨ててしまえと言いたくもなるが、主は残念ながら騎士ではない。魔術師にして、偉大な六英雄の一人である。


 「六英雄様からの命令だからこそ、俺達も従ってはいるけどよ」

 「不服か?」

 「ああ、少しな。というより気味が悪い」


 気味が悪い、という言葉に対してはケトルも同感だった。

 確かに、六英雄たちのおかげで自分達はヒト族と敵対する魔族との戦いを有利にできた。

 今まで以上に死者も少なくなり、戦う前から降伏する魔族たちもいたぐらいだ。何の問題もなく、快勝していった。

 戦争と呼べるほどの争いも起きる事がなく、徐々にではあるが、ヒト族が盛り返していったのだ。

 そもそも、魔族とヒト族の争いも、国と国が相争う様なものだったのだ。そして、国と国が争っていても、民間での交流は行われる。妖精族とも、獣人族とも交流はあった。

 魔族側として戦うヒト族の傭兵もいれば、ヒト族の傭兵として戦う魔族側の傭兵もいた。

 騎士として言うべきではないかもしれないが、ある意味では国同士の付き合いとして上手く世界が回っていたのかもしれなかった。


――だが、英雄たちが召喚されてから、全て崩れた。


 魔族たちが迫害され始め、東方では交流が無くなった。完全に奴隷として扱われる程度になってしまった。

 獣人たちも、妖精たちもヒト族とは積極的に関わらなくなってきてしまった。少なくとも、この地ではそうだ。

 異世界からの英雄たちは、確かに救世主だったのかもしれないが、果たして他の民の事まで考えていたのだろうか。

 彼らはまるで、魔族はヒト族の天敵種であるかのように扱っていたが、そのようなことは無かった。

 何よりも手痛い事態だったのは、オークたちをまるで獣と同類のように扱い始めた事だ。ハッキリ言ってしまえば、そちらの方が理解できなかったのである。

 オークは、勇猛果敢な戦士である。ヒポックに近い顔をしているが、身体は鍛え上げられた鋼のようであり、無駄な肉など一切ない、戦うために生まれたような種族だ。

 彼らは確かに、高潔とは言いにくい性格をしているが、礼儀を知らないというわけでもない。なにより、戦士としての誇りと信義は持っていた。

 故に、傭兵としては大成しやすく、同時に戦力としても非常に助かる存在だった。


 その彼らすらも、ヒト族とは距離を取り始めてしまった。英雄とその部下たちによる言動が原因だとは聞いていた。

 オークという存在が、雌だと分かればすぐに暴行を加えるような下衆共だという噂が流れ始めてしまったのだ。

 噂という物は厄介なものだ。一度流れてしまえば、どこまで行くか予想はつかないうえ、英雄の部下達が言っていたという事もあり、下々の民は信じてしまった。

 共に戦う騎士たちや傭兵仲間、元々知っている妖精族や獣人たちならばともかく、酒場で飲み食いするオークたちすら知らない地方の村人たちなどからは、露骨に避けられるようにすらなったのだ。

 それから、東方伯の領地では、他の魔族の種族であっても迫害に近いことも行われるようになり、ヒト族の中にも溶け込めていた魔族たちの大部分を失う結果になったのだ。


 「オークたちに対して、どうしてああも出来るのかね。アイツらは、下手な騎士よりも騎士らしいやつとかも混じってたが」

 「暴行するオークもいただろう」

 「そりゃヒト族もだろうが。わざわざ一例を取り出してオークたちは全員そうだなんて馬鹿じゃ――」

 「――それ以上言うな。英雄様に憧れる奴等だって多いんだからな。俺達の配下は特に」


 ああ、そうだったなとアルザスが舌打ちをして黙る。

 ケトルが気味が悪いといったのは、仕えている東方伯のこのような部分だった。

 アルザスとケトルが、英雄たちに対してあまり敬意を抱いていないという噂が流れているのも知っている。

 だが、その噂を信じているのかまでは分からないが、あからさまな監視の目を付けるとは思わなかったのだ。

 おかげで、捜索隊などしたくもない仕事に関してまで、力を入れるハメになってしまっているのだ。

 本当に勘弁してほしいものだが、それすら文句を言えば、英雄の指示に従わない者として槍玉にあげられかねない。

 生きづらい世の中になってしまったとしか言いようがない。

 確かに魔族には勝利したと言ってもいいが、その勝利に何の意味があるというのだろうか。

 唯一良かった点と言えば、騎士の格好にこだわらずに良いと、英雄の一人であるスギサキのおかげで堅苦しさが少しは軽減された事だ。

 

 「……しかし、こんな仕事に何の意味が」

 「またか。もういい加減に――待て」


 アルザスも気配を察したのか即座に止まる。後方の部下達も続けて止まるが、怪訝な表情をしている。


 「隊長、何故止まったのですか。何もないのに」

 「待ってろ」

 「アルザス、お前も感じたか」


 アルザスが、槍を振り回しやすいように肩当を外した方の腕をぐるぐると回す。

 既に戦闘準備に入っている。ケトルも、素早く剣を抜いた。

 下級の魔術師が着るようなローブをさらにボロボロにしたようなものを纏い、顔を隠した男が一人、震えながら立っていた。

 さらにその後ろにいるのはオーク――ではない。


 「……オークの大将級であるオークマストが、何でこんなところにいる? それに貴殿は、こんなところで何をしている。ここには現在、大型の獣のような上位魔族が出たと、警告されていたはずだが」

 「隊長、そんなオークのような下等生物に質問の意味などありません」

 「そうですよ、それにそのローブを着ている男、あからさまに怪しいではありませんか」

 「黙れ、小僧と小娘が」

 

 アルザスが殺意に満ちた声を吐き出す。その声を、平然と部下である男騎士と女騎士は無視した。

 ケトルは、溜息を吐くふりをして、呼吸を整える。かなり、まずい事態になったかもしれない。

 ほんの微かな、殺気。それもこちらでも惨い戦場を何度か生き延びてきた者達――ケトルとアルザスにしか分からない程度の、静かな、それでいて鋭い殺気を飛ばしてくるオークマスト。

 間違いなく、手練れである。それも、相当な実力者だ。今ここにいる全員を生き延びさせるのは、相当に厳しい状況にまで、追い込まれた気分になる。

 オークマストの傍にいる男は、震えていた。

 ちらりと、アルザスの方を見る。アルザスが微かに首を振った。魔力も何も感じないということだ。

 あの男の様子から察するに、脅されてか、騙されてオークマストに連れてこられたという事だろう。 

 何のために自分達の前に立ち塞がってきたのかは分からないが、交戦する意思がありありと見て取れる。

 どうみても、向こうは捜索隊を待ち受けていたようにしか見えないのだ。

 極めつけはこの殺気である。息を飲み、どうすれば撤退し、他の仲間に敵対するオークマストがいると連絡が出来るか思考しようとするが一瞬痛みが走り、アルザスも頭を抱えて――


 「――ええい! 何をしているのですか、隊長らは!? 貴方達がやらないのなら我々がやります!」


 馬鹿共が、突撃を始める。10騎が走り、残る5騎が魔術の詠唱を始めようとする。

 アルザスが、阿呆がと悪態をついた後、躊躇(ちゅうちょ)なく突撃を始めた。ケトルも舌打ちをして、馬を駆り、同じように突っ込もうとする。

 不意に、ケトルは頭部に嫌な感覚を受けた。咄嗟に剣を握っている方ではない方の腕で、額の部分を庇った。

 次の瞬間には、鉄槌が思い切り叩きつけられたような痛みが腕を襲った。歯がみしりとするほどに、噛み締めて痛みを堪える。

 見れば、残って魔術の詠唱を始めようとしていた五騎が全員、馬から転げ落ち、倒れていた。一目見るだけで分かる。死んでいる。

 魔術の援護を前提としていたのか、全ての魔術を使える騎士が、一瞬で殺害された事を悟り、走りだしていた10騎に動揺が走るのが見て取れた。


 「馬鹿野郎! 意識を逸らす、んじゃぁああああああ!」


 動揺し、勢いが削がれた10騎を追い越したアルザスが大声で叫び、槍をオークマストに突き刺そうとするが、それよりも速く突然振られた大斧による一撃を、咄嗟に盾で抑える。

 そのまま、盾の影から素早く槍を突き出すが、柄でいなすようにしてオークマストが避ける。

 それだけではない、跳躍し、アルザスの盾ごと蹴り飛ばして、アルザスの体勢を崩そうとする。

 ケトルは瞬時に、仕込んでいた投げナイフを、オークマストに投擲する。

 狙いは、眉間。

 ミスリルで作り上げた特注品のナイフである。

 いくらオークマストが固いといっても、その頭蓋骨を抉れる程度の威力はある。

 だが、オークマストは見えているかのように、首を微かに横に振り、致命の一撃を回避する。アルザスはそのあいだに、距離を取った。

 他の騎士の馬鹿共は、ようやく突撃してくるところだった。無意味すぎる。


 「そのまま左右に分かれるようにした後、反転しろ!

  逃げて緊急事態だと、伝えろ」

 「仲間を殺されて、さらに逃げろと!?

  そんなのものは騎士としての誇りが許しません」

 「命令だ! 

  コイツに全滅させられた方が、後の被害が広がると考えないのか!?」

 「我々が討てばよいではないか!? 臆したか、臆病者共め!」


 馬鹿者共が、とケトルは大声を出しそうになったがすでに無駄だと諦めた。

 この馬鹿者たちには死んでもらう。そして、アルザスと自分のどちらかが生き延びて、連絡する。それでいい。

 アルザスと、眼だけで意志を伝えあい、即座に後ろへと馬を走らせる。そして、馬に乗せていた、小盾を剣を構えていた方の腕で構えつつ、オークマストの方を見る。

 あのオークマストの動きは、異常だった。10騎に囲まれているのに、平然とした様子で、全ての攻撃を斧一本で捌ききっている。

 一人、馬ごと真っ二つに叩き斬られた。続けて柄の方で思い切り殴られて、一人が地面へと倒れ伏す。頭部が凹んだのが見えた。おそらく即死だろう。

 怯えて、距離を取ろうとした騎士2人組が、視えない何かによって馬上から転げ落ち――ようやくケトルは、突如受けた攻撃の正体を掴んだ。


――飛礫か!

 

 一瞬だが、懐から取り出した小石を打ち飛ばしているのが、目に見えた。

 ただの石を飛ばすだけの攻撃が、オークマストの手にかかった瞬間、高威力の魔術のようなものになるのかと、驚愕する。

 到底、奴等の勝てる相手ではない。自分達の勝てる相手でもない。 

 今度は三人纏めて、大斧で叩き斬られ、上半身と下半身が分かれた死体が、空を舞う。腕力も桁外れている。

 残っているのは既に、2人。ケトルは、もう助けられないと判断した。

 それに、失っても別に大した問題ではない。

 

――ならば。


 残った女騎士と、もう一人の男騎士が、叫びながら突撃していく。

 ケトルは、目を見開き、オークマストの頭部にのみ意識を集中させる。

 男が瞬時に切り捨てられ、女騎士へと、刃を向ける。

 ここしかなかった。

 もうオークマストからは、視えていないだろう。

 ケトルは遥か遠くにいる。だが、ケトルにはまだ攻撃手段があった。


 ≪追尾せよ≫


 自分の魔力全てを流し込んだ、ミスリルのナイフ三本を勢いよく空に投擲すれば、すべてのナイフが意志を持ったかのように、オークマストの方へと飛んでいく。

 ケトルの切り札である、付加呪文(エンチャント)である。

 威力の強化と追尾性を付属した、シンプルながらも強力な魔術である。

 これで仕留められるか、傷を負わすことぐらいは出来るはずだ。

 予想外の所からの不意打ちなのだ。


 「何をする。私を犯すつもりか!? このケダモノ、外道、ばぁ」


 だが、それすらもオークマストは、避けきった。頭を捕まれ、盾代わりにされた馬鹿な女騎士の脳天に、綺麗に三本のミスリルのナイフが刺さっている。

 

 「最後まで、役に立たない奴だったな」

 「……で、どうするんだよ、ケトル」

 「決まっている。連絡するしかないだろう」


 幸いにして、ケトルとアルザスの二人を追撃してくるつもりはないらしい。

 というよりも、どういうわけかは知らないが、見逃されたと考えた方が良いだろう。

 あれ程の実力があるのであれば、自分達二人も、殺すのは容易かったはずだ。


 「オークマストが出現した事と……」

 「ああ、それと……」


 一瞬頭に痛みが走り、何か思い出そうとしたことがぼやける。アルザスの方を見れば、アルザスもケトルの方を見ていた。二人で顔を見合わせる。


 「……それだけだろう」 

 「そうだな。さっさと伝えなきゃいけねぇ」


 頭の痛みを感じつつも、大将級のオークマストが単騎で出現していたという話を急いで、仲間や騎士長に伝えねばならない。

 こんな頭の痛みなど、オークマストの件に比べれば、重要でもなんでもないものだ。

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