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第1章 パート8

 何があったのか分からなかった。

 蒼麻は持っていた鞄をその場に置き、いや、手の力が抜け落としてしまったの方が正しいかもしれない。その場で呆然と立ち尽くした。いつもならば目の前は大きな街、ビルがあって、デパートがあって、そんな当たり前の街の風景があったはずなのだ。

 しかし、


「な、なんだよ……」


 目の前にはもう、何もなかった。ビル、デパート、家はおろか草木、動物、そして人……。この世のすべてがはぎ取られてしまったかのようなそんな考えたくない光景が広がっていた。ただ茶色い荒野のような一面、それがどこまでも、地平線の彼方にまで続いているかのように……。

 無、まるで音のない世界にテレポートしてきたかのような世界。音が何もない。風も、声も、鳴き声も、騒音も、全て、全て。あるのは自分の歩く足音と呼吸、そして声。自分だけがこの世の音となっていた。

 しかし、その刹那突如雷鳴が(とどろ)いた。

 蒼麻は驚き空を見上げた。

 と、同時に闇が世界を覆う。目の前は何もなかった世界から闇によって何も映さない世界となった。


「ちょ……あ、あり、ありえねーだろ……」


 今まで何が起こっていたのかが分からなかったせいで恐怖はそれほど感じなかった。しかし今、この雷鳴が、暗闇が初めて蒼麻の心を恐怖させた。

手に続いて足の力が抜ける。腰も何か大きなハンマーで殴られたかのように砕け、情けなくその場で崩れた。

 辺りを見渡す。

 しかし、闇によって支配された世界は数メートル先の光景を見ることすら困難だった。

 蒼麻は情けなくも這いずるように来た道を戻る。今、この瞬間ここに居たのだから来た道などないのだが、自分の後ろが来た道だと、そう信じたいと思った。と言うよりも思わざるを負えない。

 息を荒げ、呼吸をすることすら忘れてしまいそうな現状。肌にピリピリと針を刺されるかのような感触。

 今の状況はとにかく最悪だった。脳の思考が追い付かず、今すべき行動が何なのかもわからない。理解が、整理がつかない。ただ一つ言えることはここにいては危ないということ。それは誰が見ても納得の出来る状況だった。この場に俺以外の誰かがいたとして、そいつが正しい行動をとるのならば見せてほしい、そう思いながら()いずる。

 何が起こっているのかは分からない。夢? もちろんそうであってほしい。もしかしたら昨日の夢の続きか? あらゆる言葉が蒼麻の頭の中で渦を巻くように集まった。その中にはあの《中央時計》もあった。しかし、それは違うだろうとなぜかはっきりと確信が持てた。昨日と同じものならばこれは違う。しかし違うのならば、ここまでは今の蒼麻に求めることは困難だった。

 その時、カチャと音が鳴った。


「っ!?」


 ビクッと蒼麻の身体が反応し、音の方を見る。

 そこにあったのはポケットから零れ落ちた携帯電話。


「そうだ」


 わらにもすがる思いでケータイを掴む。時計は一二時五分をさしている。次に焦る指で何とかボタンを押し、恋雪に電話する。

今ここにいないってことはどこかにいる可能性があるから。しかし、突如いなくなった人や動物の中にいたという可能性が頭をよぎる。ぶるっと悪寒を感じたが迷わず電話した。


「出ろよ、早く出ろよ」


 ケータイを握り締め、声が聞こえるのを待つ。

 その時、プツッと音がして、


「おかけになった電話番号は現在……」


 蒼麻のわずかな期待を踏みにじるように独特のメッセージがケータイから流れた。

当然だ、蒼麻のいる辺り一面は何もない。電柱はなくなり、電磁波は狂い、この異常現象。繋がる環境にない。これでは警察にかけても同じだろう。


「ちっ」


 蒼麻は軽く舌打ちをした。ただの舌打ちなのにそれは広く響いた気がした。

 腰が抜け立てない状況。情けなくもまたをはいずるように戻る。――否、なんとなく、ただなんとなくでしかなかった。暗闇の世界、本当に先はほとんど見えない。ケータイの明かりも役に立たない。今自分がどこにいるのか、真っ直ぐ戻ることが出来ているのか、それとも同じ場所を弧を描くように回っているのか、それさえも分からない。(とどろ)く雷鳴だけが蒼麻の道を照らした。

だが、突如そんな雷鳴も蒼麻の行く先を切り裂くように止まった。


「……、――ッ」


 同時に汗がまるで噴水のように蒼麻の身体から噴き出る。全身の毛穴が一気に広がった。

 光がないことがこんなに怖いこととは思わなかった。夜電気を消して眠ることとはわけが違う。比べる相手とは重さが違う。天秤(てんびん)にかける対象にすらならない。辺り一面が闇に包まれ明かりがない。経験したことのない環境に頭が、身体がついていかない。

 ふーっ、ふーっ、と大きく息をして、心を落ち着かせるためにその場に座り込んだ。胸に手を当て、心臓の鼓動を感じながら眼を閉じる。

 と、刹那、閉じていても分かるくらいに(まばゆ)い光が蒼麻の眼を襲った。


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