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第1章 パート7

 今日の授業の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。瞬間、あらゆるクラスから一日の重労働を終えた生徒たちが声を上げ、この後の予定について話していた。

 蒼麻もそのうちの一人であった。

 隣の席の恋雪が声をかけてきたが、今日は一緒に変えることは出来ない、と伝え学校を後にした。

 向かった先は帰り道にある近所のスーパー。同じ帰り道である恋雪と一緒に回ってもいいのだが、そうすると「遅い」などとグチグチグチグチ言われ、食材選びに集中できない。俺はゆっくり選びたいんだ!


「えっと……あとは野菜か」


 高校生男子がスーパーで真剣に買い物する姿はどこか浮いてしまい、周りからの視線が感じられるがこれも親が出張でいないため仕方ない。自炊などもするのだが、冷蔵庫にはほとんど残っていなかったため食材不足なのだ。親がよく出張するため、蒼麻は自然と家事スキルが上がっていき、料理も出来る。

 無事買い物を終えた蒼麻はスーパーを後にする。

 茜色に染められた景色、太陽は朝の突き刺さるような暑さと違って人を、街をやさしく包み込んでいた。

 と、その時、


「え?」


 蒼麻の前を通り過ぎる一人の女の子。右髪を耳にかけたショートカット、恋雪だった。一人で歩き、その横顔はどこか不機嫌そうだった。


「なんで今?」


 スーパーの場所は帰り道の途中。だから通ることは何らおかしくない。ただ、スーパーにいた時間はそれなりに長く、こうして出会う確率も高くはない。それなのに今こうして今こうして蒼麻は視界にとらえた。もしかして友達と話していたのか? と疑問に思いつつそのあとを追いかける。

 追いかけると同時にぽつ、ぽつとゆっくり雨が降り始め、やがてそれはかなり強い雨に変わっていった。しまった、折りたたみ傘を忘れた……。朝見たニュースでは降水確率は低かったから持ってこなかったのに……。

 雨はまるで蒼麻の視界を遮るかのように……。

 何人かが傘をさし、それは恋雪を追いかける障害物となる。

 恋雪はしばらくすると大通りの信号で立ち止まった。


「え?」


 ちらつく雨の中、蒼麻は傘もささずに立ち止まる。背中までは数一〇メートル。その距離、環境、そして現状、今視界に広がる世界に覚えがあった。少し違う部分はあるが夢と同じ状況。まさかと戦慄(せんりつ)を覚えてしまう。

 夢の内容ではこの後暴走した車が恋雪を襲う。

 あり得ない、こんな事件が前もって夢で分かるなんて。

 ただ――ゼロじゃない。

 蒼麻はいつもより重くのしかかった足を動かす。


「よし、動く」


 そんな当たり前の事すら大切に思えた。だって夢では動かなかったから……

 だが、夢と似ているからか、それとも緊張? 戦慄(せんりつ)からか、どこか足が重く感じた。

 重い足を動かす。まるで自分の足じゃないみたいだ。力を入れてなければ今にでもこけてしまいそうな、踏ん張っていなければ今にでも倒れてしまいそうな、そんな感じだった。

 どのくらいだろうか。信号が変わる時間、一分、二分、もしかしたら三〇秒? わずかな時間が一時間のように感じた。

 だがそれも終わり信号は青に変わる。


「こ、恋雪!」


 今出せる精一杯の声で叫んだ。

 周りを歩いていた人数人がその声に驚いたためか体を震わせ、しかし、雑音、雨による静かな音が声の力を弱まらせた。

 蒼麻は一度唇を噛みながらうつむく。

 そうじゃない、そうじゃないんだ。声を出すだけじゃ意味がない。ここにいることを知らせても意味がない。夢が現実で起こるとは思わない。ただゼロじゃない。正夢、あるんだ、そういった非科学的なものが現実のどこかで、誰か一人でも体験したことがあるのならば、その時点でゼロじゃない。だから俺が……俺があいつの横に、隣に並んで一緒に歩きたい、いなきゃ、いや、いたいんだ!

 そう心の中で叫び再び面を上げた。

 その時、


「あっ!?」


 かなり遠くの正面、対向車線からやってくる車が蒼麻の視線の端に入った。かなりのスピードを出し、ほかの車にぶつかりながらもやってくる。少しずつ、少しずつ。でも確実に大きくなるエンジン音が蒼麻の心臓をより締め付けた。

 夢と同じ内容が今、こうして目の前に起こったいた。

 ドクンと大きな音が身体の中で鳴り響いた。

 足が震えていた、正夢にしたくないから? 手が痺れていた。現実と受け止めたくないから? 違う、怖いからだ、怖いからこうして(すく)んで震えて痺れてるんだ。

 蒼麻は痺れる手を握り締める。

 自分との葛藤(かっとう)をしている間にも車は確実に近づいている。

 その場にいたい、動きたくない。そうすれば危険も何もなく安全にいられる。ただ、恋雪は……夢ではそこで目覚めた。先にどんなことが起こったのか、そんなのはもう絶対に見れないだろう。


「恋雪……」


 でも、もしこのままぶつかったのならば、動けずにいたら、それはどれだけあとから後悔するだろう? 後悔しきれないものだったらより悔しい。自分に腹が立つ。

 だから、それは答えが出ていた。恋雪を失うなんて嫌なんだ!


「恋雪いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――っっっっ!」


 スーパーの袋をその場に投げ捨て、一心不乱に恋雪へと走った。周りの人の様子なんて関係ない。今視界にとらえてるのは恋雪とその命を奪うかもしれない暴走車のみ、他のものなんて入れる余裕もメリットも何もない。

 今出せる全速力で恋雪へと駆け寄る。すると暴走車は予想以上に近くにいて今にも恋雪の白く細い、触ったら折れてしまうのではと思う身体をはねてしまいそうだった。


「恋雪ぃぃぃぃぃっ!」

「――……え? 蒼麻?」


 蒼麻の大きく叫んだ声はようやく恋雪の耳に伝わった。

 蒼麻が今、なぜこんなにも真剣になって自分の方へ走ってくるのか、恋雪には分からなかった。

だが、分かるときはすぐに訪れた。


「恋雪、前、前!」


 蒼麻が指を前方にさしながら必死に何かを伝えようとしている。その姿を見て恋雪は再び振り返り前を見つめた。


「えっ!?」


 と、思ったのは一瞬だった。目の前にはものすごいスピードを出した暴走車がすぐそばまで来いて逃げ場がない。今頃になって周りの人が叫び、傘を投げ捨てる姿が目に飛び込んだ。

 恋雪はとっさに眼を(つむ)った。それは人間がとっさに行ってしまう行動。痛みが変わるわけじゃない、意味のない行動だとは分かっていても避けられない。

 一度、恋雪が振り向いた。蒼麻を見るために。その表情がどんなだったのか、泣いていたのか、驚いていたのか、はたまた呆然と、放心状態だったのか、恋雪は知らない。それは蒼麻も知らないことだった。

 振り向いた瞬間、蒼麻は水たまりを踏んで、そのまま中を舞う。勢いをそのままに流れてくる蒼麻の両手は優しさなんてない強い衝撃を恋雪に与えて暴走車の範囲から押し出した。


「い、痛っ……」


 恋雪は擦りむいた肘を見つめて言った。

 しかし、それは一瞬、すぐに痛みは忘れてしまった。


「そ、蒼麻……?」


 恋雪はあたりを見渡し、自分を助けてくれた蒼麻の姿を探す。

 必死に、砂埃がわずかにたち、衝撃で(くら)む視界を振り切って、探す。

 そして見つけた、その姿を。


「そ、そう――」


 良かった、と声を漏らした瞬間、言葉が喉で引っかかった。――否、引っかかされてしまった。


「ちょ、そ、蒼麻、蒼麻っ!?」


 自分のすぐ隣で横になった蒼麻を抱きかかえた。声をかけても動かない姿を見て嫌な汗が流れる。ぺちぺちと、優しく、そして強く頬を叩いた。普段ならば「痛ぇだろ」などと言ってくれるその顔。でも今は何もない。反応してくれない。


「蒼麻、蒼麻……」


 肩を揺らしながらかけるその声は次第に弱くなっていき、やがて涙の籠ったかすれた声になった。

 小さなころは泣いていた恋雪の目元を(ぬぐ)ってやった蒼麻。

 でも今は、(ぬぐ)うことも、声を出すことも無いまま、頭から流れてくる血と共に意識は飛んでいった……。


☆    ☆     ☆


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