第1章 パート5
ガバッと跳ね起き、蒼麻は激しく息を荒げる。
叫んだ声が部屋の中を反響して、壁に跳ね返りながらわずかに響く。
いつの間にか閉じていた眼を開け、あたりを見渡す。そこは雄大な空などではなく、見慣れた自分の部屋、机や本棚などが眼に飛び込んできた。
「ゆ、夢か……」
まだ落ち着かない動悸を落ち着かせ、蒼麻は安堵の息をついた。
カチカチと部屋の中で存在感を示す時計を見るとまだ六時前。起きるには少し早かった。しかし、あんな夢を見てしまった後に寝る気にはなれず、眼も冴えてしまったため一階
にある台所へと向かう。コップに水を入れ、一気にのどに流し込み、身体中に水分がしみていくことを感じた。
「にしても、リアルな夢だったな…………」
未だしっかりと覚醒しない脳を働かせながら夢の内容を思い出す。
この日、蒼麻の一日は最悪な目覚めからのスタートとなった。
朝、蒼麻が学校へ行くといつものように恋雪が声をかけてきた。それはもう当たり前のことであり、それが一日の学校生活の歯車を動かすキーワードのように感じられる。
だが、ここ最近蒼麻の心の中はスッキリとしたものではなかった。あらゆる言葉が、考えが頭の中を渦巻くように支配し、わずかに嘔吐さえ感じた。
まず第一に思ったことは中央時計、授業をさぼっていたとはいえ、この世界に生まれた限り最低限のことは知識として親に教えられている。対象となり、リストにあげられた者は害ある部分を切り取り、記憶を失い、十日以内に消息不明となる。それはこの世界において絶対のルールであり、科学の結晶であるバリアがある限りこれから先のルールでもあり続けるだろう。疑うつもりはない。真実であるのだから。そしてその対象者に選ばれたかもしれないと言う不安感。
その次に今朝見た夢の内容。夢とは言え、当たり前の光景が壊れてしまうなど蒼麻には考えられなかった。たかが夢、そうわかっていてもあんなリアルなものは嫌でも思いだしてしまう。
「おっす、蒼麻」
と、自席に座っていた蒼麻はふいに声をかけられ、そちらに目をやった。が、今もっとも会いたくない奴であり、複雑な気持ちの種であった。
「……おう」
適当にそっけなく返事をし、考えをまとめようとすると、がっと左肩を掴まれ、肩を組む形となった。
「なんだ蒼麻、悪い夢でも見たか?」
「っ!?」
「お? まさか図星だったのか、悪い悪い」
そう言い、蒼麻の顔を覗き込んでから離れていった。
紅楓、この男が蒼麻の中で特に大きな存在として君臨していた。
男子でありながら女子のようにきれいな顔をしていて、クラスの女子からは人気がある。赤く、腰まである長い髪を後ろで一つ結い、性格も冗談が通じたり、趣味の幅が広いことから友達も多かったり、蒼麻とは違うが恋雪とは仲の良い友達である。
蒼麻は離れた後、紅楓から視線を外さず、まるで張り込み中の刑事のように鋭い眼差しを送っていた。その視線に気づいたのか否か、定かではないものの紅楓は振り返り、蒼麻に一瞥を投げてから恋雪の元へと行った。
心臓が跳ねるように脈打った。歯噛みをし、額には一筋の汗が浮かび上がる。
恋愛感情や尊敬と言った甘いものではない。
単純な――恐怖。
紅楓、彼は前々回の中央時計のリストに……あげられた、害ある部分の記憶を失う立場にあった。――大量殺人容疑。一度警察に捕まるも情報不十分、またそれは誤認だと改め正式に釈放された。しかし、そういう容疑をかけられた生徒の登校を学校は普通認めないだろう。それを認められたのは彼の成績と熱い人望からだった。全国模試で一位を取り、一年ながらも生徒会に入り陰ながらの努力。彼はこの学校の鑑となる、そう思い校長は認めた。結果、クラス、全学年は彼を温かく迎え、非難の声もなく学校生活を送っている。
それが蒼麻には引っかかっていた。誤認とはいえリストにあげられた。十日以内に消息不明となるのは普通。なのになぜ今こうしてここにいるのか? 後から訂正が入ったのだろうか? しかしそういったニュースは流れていない。クラスメイトだからこうしていることは良いことでもある。だが不思議でならない。恋雪やクラスメイトと共に笑い、ふざけあっている姿。ただそれだけなのにひどく嫌な感じがする。
と、ここでチャイムが鳴り響いた。
皆が席に着き、蒼麻も頭を振って一度考えを頭の隅に追いやった。
この後、自分が大きな問題と関わるなど知るよしもなく……
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