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第1章 パート4

 ふと、蒼麻が眼を開けるとそこに飛び込んできたのは雄大な空だった。雲一つない空が視界いっぱいに広がっている。


 縦、横二〇メートルくらいの大きな地面。ところどころ荒れつつある地面は下を見て歩かなければつまずいてしまいそうである。各端には高さ三メートルくらいのフェンスが設備されている。だが、設備と入れる設備はほかになく、ベンチやちょっとした花壇など、そういった類のものは何もなく、真ん中あたりにドアが一つ置かれているという殺風景なものだった。


 真ん中のドアの前で倒れる形で眼を開けた蒼麻は辺りを見渡し、現在の状況を理解しようとする。


 空を吹き抜ける風は冬の風のように冷たく、体の芯まで子凍えるようだった。


「どこだよここ……」


 再び辺りを見渡す。しかし、見える限りでは本当に何もない。


 地面を見ながらこけないように歩き、地面の端にあるフェンス越しに外の世界を覗いた。


「ここってビルの屋上?」


 下には小さな車が走っていて、それよりも小さな米粒のように映る人の姿もあった。

そこから見える景色に見覚えがあった。


 少し遠くに見える夢咲学園、子供のころ遊んでいた近所の公園、自分の家、そしてわずかに見える


《中央時計》の城門。同じ高さから何も見えないことからここは町で一番高いビルと想像できた。


 だが、それが分かったところで解決は何もしない。


 なぜ、蒼麻はここにいるのか? ここにいる理由が何も分からないでいた。学校が終わって、恋雪と久しぶりに下校して、その後は家に帰って寝た。寝たはずなのだ。


 そんな当たり前の生活をして、なのに今ビルの屋上にいることが真実。


「……」


 小さな脳をフル回転させて、わずかな記憶を漁っていく。


 でも……無いんだ。寝てから今、ここに自分がいる過程がスッパリ欠けている。


 その瞬間、蒼麻はとある可能性にたどり着いた。


 《中央時計》の対象者。


 過去の対象者のことはテレビで放送されていたため分かっていた。――生気を失い消息不明。ハサミで害を切り取り、ノリで前後を合わせる。つまり、害ある部分の記憶は削除される。


 そう、今の蒼麻はそれに近い状態だった。分からないまま、過程が抜けたままこのビルの屋上にいる。それはつまり《中央時計》の対象者に選ばれたのでは無いか? と。


 害ある行動をしていないとは言えない。意識してしないようにしていたが、誰か心を傷つけたのかもしれない。しかし、自分ではしているつもりはない。


「あ……あぁぁあぁぁぁ、ああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあっっっ」


 頭を抱え込み、その場でうずくまってしまう。


 そんなふと考えてしまったことが頭の中から離れなくなってしまった。小さな頭の中を回って、廻って、マワッテ、廻り続ける。


 消える、自分が消える。


 終わる、世界が終わる。


 一度考えてしまった最悪のイメージ、簡単に拭えることなくただひたすら叫んだ。まだ終わりたくない、いなくなりたくない、と。


 《中央時計》に選ばれたらどうなるのか、それはきっと今の状況なんだ。いつの間にか分からない場所にいて、そのまま生気を失い、やがてどこかに消えてしまう。天国? 地獄? はたまた輪廻転生?


 そんなことも分からない世界に送られてしまう。


「あ」


 そこで改めて気が付いた。それは誰の目に留まることなく、留められることなくいなくなってしまうんだ。絶望的な最後の存在感。害ある者には最期すら幸せを与えられないんだ。害ある行動で他人の幸せを奪ってしまったのだから当然の報いと言うことなのだ。


 どれくらい叫び続けただろうか。やがて喉が()れ、かすれた声しか出ないようになり喉も痛くなる。


「……」


 叫んだことによる頭にたまった熱気が吹き飛ぶ。そこでようやく冷静さを取り戻し、再び立ち上がった。


「時間……あれ? ケータイが……腕時計も……か」


 なぜか制服に身を包んでいることに今気づいた。いつもケータイを入れているポケット、


 しかしそこにケータイはない。いつもしているはずの腕時計も……。


「太陽が南西……午後か」


 頭の中で冷静に状況を理解して、理科で習った天文の内容を思い出し、ある程度での時間を把握する。


 時間は午後、制服、学校帰りだったのだろうか……?


 記憶がない、その恐怖に改めて悪寒を感じた。


 ここにいても仕方ない、そう思い真ん中のドアを抜ける。


 中には社員と思しき人が蒼麻に視線を送るが、今の蒼麻にとってその視線は痛くもかゆくもなかった。ただこの現実が分かるなら、その一心だった。


 ビルの外に出ると、再び蒼麻の眼を太陽の輝きが襲う。


 刹那、夢咲高校のチャイムが鳴り響き、辺り一面を包み込んだ。


 そしてその数分後、同じ制服を着る生徒が何人も前を通り過ぎるようになった。


「あっ」


 そして見つけた。向こうからこちらに歩いてくる恋雪の姿を。


 だが、


「えっ!?」


 蒼麻の目の前を通ったにも関わらず、恋雪はそこに何もないかのように目の前を通りすぎ、大通りの信号で立ち止まった。


「ちょ……」


 気づかなかったのならばまだいい。目の前を通って気づかないのもおかしいが、まだそれならばいい。しかし、自分の横を通り過ぎ声もかけてくれない。


 絶望を感じた。もう自分はこの世界にいないのか。いてはいけない存在なのか。だからもう姿すらも……。


 自然と涙があふれてきた。自分の身体を見る。この姿は誰にも映らない。悲しかった。辛かった。そして悔しくもあった。


 いつもならあの横に蒼麻はいる。だが今はいない。


 そんないつもと違う環境にもかかわらず、青に変わるのを待っていた。


 近くに感じられた背中が遠く感じた。


 話しかけるか否か、そんな簡単なことにすら逡巡してしまう。姿は見えていないかもしれない。ならば声も届かないかもしれない。そんな新しい事実を見つけて受け止めたくなかったから。


 それでも蒼麻は一歩、また一歩と恋雪の背中を追いかけた。


「あっ」


 それでも、残り一〇メートルほどにまで近づいたところで信号は青に変わってしまい、近づいていた背中は遠くに行ってしまう。


 その時、


「ちょっ……嘘だろ…………?」


 対向車線から猛スピードで一台の車がやって来る。しかもその車は恋雪に向かって一直線に向かっていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、動けよ、俺の足、頼む、頼むから動いてくれ」


 そんな自分との葛藤の間にも車は恋雪へと迫っていた。その様子に他の者は気づく様子もない。


 そして車は恋雪に……。


「こゆきぃぃぃぃぃ―――――っ!?」


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