第1章 きっかけ
朝、ベッドのわきに置かれている時計がうるさく鳴り響き、夢現な状態のままセットを止める。朝起きる大変さは小中高生のみならず音何だって分かることだろう。そうは言ってもいつかは起きなければならない、だが後五分とわずかな時間を求めてしまう。
と、次はケータイのアラームがバイブ設定のまま地味に朝を告げる。開けたくない眼をわずかに開け、アラームを解除する。
そこでようやく身体を起こし、軽く伸びをして固まった筋肉をほぐしていく。
閉めていたカーテンを開けると澄み切った青空を背景に小鳥たちが軽快なリズムで音楽のような音を奏でる。
普通ならこの時点で良い朝を迎えたと思えるだろう。しかし、今の世界ではそう甘いことは言っていられない。
今日は十日に一度必ず早く起きなければならない重要な日であった。
二階にある自室を抜け、階段を下りてテレビを点ける。別にチャンネルはどこだっていい。やっていることは全て同じだから。
テレビが映るとそこには老若男女問わず十人の人物が顔写真と名前を挙げられ、リストに記されている。今回の裁き者はこの十人のようだ。もう何年も見てきた光景とはいえ、裁きにあげられる者をこの目で見るのは気持ちの良いものではない。自分の顔写真や名前がないことに安堵し、台所へと向かう。
彼の名前は如月蒼麻、近所の夢咲高校へと通う普通の高校一年生である。両親は現在共に海外へと仕事の関係上出ていて、兄弟などいない蒼麻は一人でこの家に住んでいる。
軽い朝食を済ます中、今日見た夢の内容が思い出せずにいた。 だが、思い出そうと考えるとわずかな頭痛が感じ、それを拒む。どうでもいいはずの夢なのになぜか無性に気になって仕方がない。
「っと」
だが忙しい朝、そう一つのことに時間はかけていられない。食器を洗い、学校へ行く準備を整える。如月家から学校まではおよそ十分でかなりの寝坊をしない限り遅刻は考えられない。
家を出てしばらく歩くと、高校が見えてくる。門をくぐり、靴を履きかえてから教室へと向かう。
蒼麻が教室へと入ると、そこではすでに何人もの生徒が授業までのひと時を過ごしていた。
と、蒼麻が教室に入ってきたことに気付いたのか、友達と話していた少女が一人蒼麻のもとへと駆け寄る。つややかなショートカットぎみの髪の持ち主で、右の一房を耳にかけている。
「蒼麻遅い! 遅刻かと思って心配したんだからね?」
「誰か心配してほしいと言いましたか?」
「……ばか、心配してあげてるんだから感謝しなさいよ」
「何で俺が?」
「良いから! 神様だってそう思ってるはずだもん」
「……」
「何でそこで黙るのよ」
少し吊り上がった大きな瞳を蒼麻に向ける。
「別に?」
蒼麻は含み笑いをしながら机へと向かった。
椎名恋雪。
蒼麻とはお隣さん同士で、親同士も仲が良いため小学生からの腐れ縁。性格はところどころ強気な部分があり、悪い表現をすれば扱いが難しい。
席に着いてホッとする間もなく担任教師、通称アゴ(アゴがしゃくれてるから)が教室に入ってきて今日の学校生活が始まった。
学生にとって授業とは苦痛なものだと思う。好きな教科、嫌いな教科、そういった好みは誰だってあり、蒼麻にいたっても同じことだった。午前中は長く疲れる授業内容を聞いて必死こいてノートをとったり……その後に訪れる昼食、お昼休みはすごく大きな存在となりうる。疲れた身体を休めたり、空腹で倒れそうになる状態からエネルギーを補給したり。
だが、問題はその後だ。
満腹になるとやってくる異常なまでの眠気。窓側の席だと日光の日差しが気持ちよく、それは身体を包み込む見えない膜となる。蒼麻の席は窓側の後ろから二列目、絶好のポジションともいえる場所でありながらその眠気とも戦わなければならない。
しかし、蒼麻は戦わない。眠たい時に寝るという自由気ままな性格であった。
だから、
「え~、じゃぁ今日の現代社会は中央時計について行くぞ」
担任で社会担当のアゴが午後の授業を始める中、《中央時計》? どうせ知ってることだからいいや、と心の中で呟きながら机に突っ伏した。