弟の誕生
家族の運命を変えた
「3人目なんか生みたくない!こんなに育てられないよ!旦那も帰ってこない状態なのに…」
いつだかの夜、泣きながらわーわー誰かに母は電話していた。
電話切った後も、しくしくとソファーに一人座って泣いていた。
「…どうしたの?」
すぐにかけよって顔色を伺いながら話した。
「いいから…」
弱弱しい声で母は言って、ずっと静かに泣いていた。
何か悪いことしただろうか?また何かやっただろうか?
私は自分のことばかり考えていた。
父が帰ってきても何も言わず、母は泣いて布団に入っても泣いていた。
父は何も話さず、眠ってしまった。
次の日の朝には何も変わらない母がいて、そして何も変わらない日々が過ぎていった。
が、母のお腹が日々大きくなっていった。
ある日の幼稚園から帰って家に入ったとき
「お母さん、今お腹の中に赤ちゃんがいるんだよ」
「赤ちゃん!?赤ちゃんがいるの!?」
突然の報告に驚くしかなった。
お腹を撫でてみる。不思議で不思議でたまらなかった。
この中に赤ちゃんがいるなんて…
「由利も里香(妹)もこうやって生まれてきたんだよ」
母のその顔は穏やかだった。相変わらず父は帰ってこないが…。
母のお腹が本当に本当に大きくなった頃、突然遠くに住むいとこの所に行くことになった。
いとことは私より二つ年下のたけと、私より二つ年上のなつがいる。そしておじいちゃん。おばさん。おじさん。
あまりも家が遠すぎるから、年に1度会えるか、会えないか。
たけとなつとは昔からとても中が良いから凄く嬉しかった。
車の中では妹とはしゃいでいた。
家族みんながいる。それだけで嬉しい。
しりとりやら、簡単なゲームを妹と母として賑やかだった。
父は何も言わず、運転をしている。
片道5時間。でもあっという間についた。
急いでいとことの家のチャイムを押すと、おばさんとなつがでてきた。私の後をちょこちょこ妹がついてくる。
「おー。よく来たねー。由利大きくなったねー。里香もー。」
といつでも変わらないおばさんと
「わー!由利ちゃん久しぶりー!里香ちゃんも大きくなったねー!」
おばさんと同じようなことを言うなつ
「なっちゃん!久しぶり!」
はしゃぐ私。
「なっちゃん!たけー!」
たけと妹は同い年だ。なんとなく気が合うのは、私となつ。たけと妹。そんなコンビ。
そしてゆっくりと父と母が来た。
もういとこの家に着いたのは夜で、おじさんが仕事から帰ってきた後パーティーをやってくれた。
色んなものをおばさんはテーブルに並べてくれた。
「わー!すごい!ご馳走だ!」
そう言って子供ら4人ではしゃいでいた。なぜかその時に撮ったであろうビデオに、4人でパーマンのポーズをして踊っていた映像が未だにある。母のお腹はすごく大きくなっている。
おじさんは
「おー、由利大きくなったなー。里香も大きくなって。どら。」
そう言って私と妹を抱っこしてくれた。
「おー!重くなったなー!赤ん坊だったのに成長は早いなー!」
すごく優しいおじさん。5年後には別人のようになるのだが。
「子供の成長は早いですねー。」
笑顔でそう言ってビールを一口父は飲んだ。
影からそっとおじいちゃんが来た。
「おじいちゃんもおいでよ!」
はしゃいでそう言ったが
「いやいいよ…」
冷蔵庫からビンの焼酎を持って自分の部屋に入っていってしまった。
あまり気にもとめず、相変わらずいとことはしゃいでいた。
どこかの他人の爺さんがいとこと一緒に住んでるんだ。いとこは大変だなぁ。
なんてそんなことを高一になるまで思っていた。
まさか母の父親だなんて。自分のおじいちゃんだなんて。私が孫だったなんて。
知る由もなく。
そしていとこの家に泊まって数日後ぐらいの夜に、母と父は突然姿を消した。
「うわーん!わー!お母さんがいなーい!!」
大泣きしている妹の声で起きた。確かにいない。
「大丈夫か!」
突然おじさんがドアを開けたのでびっくりした。
「お母さんがいないー!」
泣き止む様子がない妹。
「どら。大丈夫だ。おじさんとミカン食べてお母さんとお父さん待ってよう。由利もおいで。」
「わー!」
妹はわんわん泣きながらおじさんに抱っこされて居間へ行った。私もついていった。
「ほらミカンだぞ。お母さんは今、病院で赤ちゃんを産んでいるんだぞ。」
そう言って妹を抱っこしながらミカンをむいていた。妹はミカンを食べると泣き止んでいた。
食べ物があったら泣かないのか。
冷静にそう思ってしまった。
私は妹とは離れて一人で座っていた。
妹が泣き止んだらものすごく家が静かになった。
たった一人になったみたい。なぜかわからないが不安でしょうがない。
自分の周りが真っ暗になったように思える。
口を手で押さえて、声を殺してなぜか泣いた。おじさんにも妹にもばれないように。胸が痛い。
本当は誰かに支えられたかった。
暗闇に一人ぽつんといた。
数分して、妹がミカンを2個程食べ終えておじさんの腕の中で眠っていた。
深夜だったのもあっておじさんとたけとなつと一緒に寝ることになった。
「おはよー!」
なつの大きな声で起きた。もう朝がやってきた。たけはまだ寝ていたが。
「うわーん!お母さんがいないー!」
妹が起きてまた泣き出した。
「お母さんは病院なんだよ。」
「うわーん!わー!」
私の声は意味がなかった。なつはどうしようというような顔をしている。
「どら、どら、朝ごはんもミカンもあるから食べよう。おいで」
たけはこんな状況でもまだ眠っている。妹はおじさんに抱っこされてミカンを食べたらまた泣き止んだ。
妹はミカンが大好きなようだ。
3人でご飯を食べていると、ようやくたけが起きてきた。
「昼になったら病院へ行こう。赤ちゃんが生まれたんだ。」
「本当に!?生まれたの!?」
5歳の私には何起こっているのかわかっていた。妹はわかっていない様子だったが。
みんなでお昼ご飯を食べた後、病院へ行った。
おじさんの後をみんなでついていく。
そして一つのドアから看護士が赤ちゃんを抱っこして私達の前へやってきた。
「男の子ですよ」
「由利、お姉ちゃんなんだ。抱っこしなさい。」
おじさんに言われて、看護士に少し支えてもらいながら、赤ちゃんを抱いた。
重い。小さいけど、すごく重い。これが私の弟なんだ。
すぐに看護士が弟を抱っこして、ドアの向こうへと消えたがまだ私の腕の中には弟がいる重さが残っていた。
一瞬の出来事だったが、尊いものだと実感した。
数日後、母が退院して弟をいとこと妹と4人でぐるぐる手を回りながら抱っこした。
家族もいとこもみんな喜んでいた。
オムツを換える時も赤ちゃん用でお風呂に入れるときも、みんなで喜んでいた。
名前は「賢」賢く育つようにと由来のもと両親がつけた。
そして数日後、いとこと別れ5人の家族で元いた家へ戻った。