母という大きな光
幼稚園の頃
「うぇ…う…げほっ」
母と父が買ってくれてたピンクのモコモコした素材のウェアーの上に
だらだらと私の嘔吐物が流れていく。
ダンダンダン。
大きく聞こえる足音段々近づいてくる。
恐怖で体が凍りついてくる
目の前で母の足が止まった。とてもじゃないけど、顔を見ることができない。
座ったまま吐いてしまって俯いている私の顔を上げて母はビンタする。
バチン。
右頬に母の手の痕が残る。
そして私の前を去った。お互い無言。
4歳の私。怖くて声が出ない。
キレイにしなきゃ。キレイにしなきゃ。
またお母さんが怒る。
いっぱいのティッシュを使いながら、必死で汚してしまったウェアーを拭く。
自分の嘔吐物の臭いで何度も吐き気に襲われて
叩かれた顔が痛くて、子供ながらに声をがまんして泣きながら。
「早くしな!もうバスが来るよ」
イライラしたような声をあげて母と2歳年下の妹が母に抱かれて玄関にいる。
早くしなきゃ。早くしなきゃ。
幼稚園のお迎えのバスが来る。
急いでお弁当が入った鞄を肩に掛けて、母と妹のところへ向かった。
急ぎすぎてパニックになっているせいか、靴がうまく履けない。
心臓がバクバク早くなっていく。
思った通り、頭に母の拳がとんできた。
ガツン。
その音が響いて、頭の中は真っ白になる。
「早くしなよ。ホントになんでももたもたして」
「…うん。」
真っ白の頭の中で、ようやく靴を履くことができた。
16階建ての14階に住む、4人家族。
エレベーターの中では雰囲気で伝わってくる。
恐ろしい程の母の怒り。
無言の圧力。
吐いてしまった。いけない事をしてしまった。
なんで飲み込めないんだろう。
靴も上手く履けない。
心臓が千切れそうな心の痛み。
母の顔なんてみれなくて俯いたまま。
チーン。
頭に響くような音で一階に着いた。
バスがもう来ている。
「ごめんなさい。少し遅れてしまって。ほらいきな」
小走りで幼稚園の先生に笑顔で話す母。
急いでバスに乗る。座ったとたん鼻水がだらだら。
私は体が弱く、よく風邪をひいていた。
オレンジ味、イチゴ味。
様々な味でごまかしている、小さな袋に入ったいっぱいのカラフルな粉の風邪薬。
とてもじゃないけど飲み込めない。
大人でも吐いてしまうような味の、一回では飲み込めないような粉の量。
飲むたびに喉に引っかかり、口いっぱいにむりやり粉の味が広がる。
私に一生無理だと覚えさせる感覚。
母は私が吐く度手をあげた。
「うあーん。痛いよー。げほっ。ぅおえっっ」
「うるさい!黙って薬飲み込みな!また吐いた」
バチン。
「あー…」
バチン。
涙で顔を真っ赤にしながら泣きながら吐く。
吐く度、叩かれる。
喉に幾度となくつっかかって飲み込めない。
飲めない私が悪い。
頭の中は自分を責めて責めて、良い子でない自分を嫌った。
何時の日か、母は無言で叩くようになり
私も声をあげることがなくなっていった。