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かんええ

作者: TAKESHI
掲載日:2026/10/18

京都文化博物館で

開催されている

「寛永 〜太平がはぐくむ美〜」

に行ってきました。


二条城は

京都における

徳川政権の権威の象徴

でした。


寛永元年(1624)、

二代将軍徳川秀忠が

二条城の拡張に着手。


三代将軍徳川家光の時代に、

大規模な改修・行幸の準備

が進められ、


寛永3年(1626)、

本丸、二の丸、天守閣が完成。


完成するまで2年、

・・・はやっ!


同年9月6日から10日まで、

徳川将軍家が

二条城に

後水尾天皇を迎えた。


これが、

・・・寛永行幸!


盛大なもてなし!


朝幕融和を目指した

歴史的一大イベント!


しかし、

その直後から

朝廷と幕府の対立は

さらに顕著になった。


なかでも、

後水尾天皇が

僧侶に与えた紫衣の勅許を

幕府が無効とした

紫衣事件と直後の譲位で


亀裂は決定的になった。


寛永行幸、

・・・かんええやのに、


・・・勘わるっ!


ちなみに・・・


行幸に

付き添い奉仕する

地下官人の装束として

支給された米は、


・・・1,620石!


米一石は150キロ相当のため、

・・・243,000キロ


5キロの米袋

・・・48,600個!


・・・装束料だけで!


いや、

自分の財布なら、

・・・脅威の無駄遣い!


朝幕融和は実現せず、


朝廷は、

政治権力の表舞台から後退。


・・・一方、

天皇自らが

文化の担い手となり、

文化活動が顕著となった。


いや、

・・・そっちに行ったんや!


多様な分野で

文芸活動が活発化し

多くの文化人が登場した。


・・・すばらしい!


文化は、

・・・勘ええ!


・・・寛永文化!


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