その命は、神に帰るべきか
「その命、神に帰しなさい。」
シスターのフィオナが険しい顔で、ゾンビに槍を向けた。
ゾンビを見つけ、跳躍し間合いをつめ、フィオナは槍で吹き飛ばす。
うなり、うごめき、立ち上がる。
言葉もなし、その目に動きもなし。いつもの事。
しかし、今日は違う。それは夢だとしても、あまりに奇妙なことが起こった。
死人が話し始めたのだ。
「降参です!悪いことは一切しないので助けてください!」
ゾンビが命乞いを始めたのだ。
「え?あなたはゾンビなのに話ができるのですか?」
フィオナは驚きながら尋ねた。
「そうなんです。ゾンビになったんですが、意識が消えてないんです。そのおかげで、人間を襲ったことはありません。」
とゾンビは必死に説明した。
よく見ると他のゾンビよりも傷や欠損もなく、争った様子もなさそうな個体だった。
服も小綺麗なものを着ていて、文明的なものを感じた。
その目に曇りはなく、偽りもなさそうだ。
「信じがたいことですが、実際に会話している様子を見るに本当かもしれないですね…」
フィオナはすっかり殺意というものが抜けてしまった。彼女の青い瞳には憐れみと迷いの色が窺える。
「絶対にいつか恩返しすることを誓いますから、命だけはお助けください。」
迷った。
哀れだと思った。
神は魂ある者は等しく救済する。そう教会では教えている。
槍を構える手が止まる
この、ゾンビには善良な魂が宿っているように思えた。
命乞いを無視することは、聖職者として許されない。
「分かりました、見逃しましょう。あなたの行く先に神のご加護がありますように。」
(私は、ゾンビを祝福している?)
ゾンビは、喜びに満ちた顔で
「本当に感謝します。この恩は一生忘れません。」
と元気に礼を言い立ち去った。
空は明るく、空気は澄んでいる。
見えた町は、城壁がありいかにも栄えている。
神の名の下に――ゾンビは討伐する。
人々を守るためだ。
それがこの町の教会の仕事だった。
教会は人々に秩序と平和を与える事を掲げた組織だ。
その教会でフィオナは日々鍛錬した技でゾンビ討伐の成果をあげていた。
今日も無事に任務を終えるはずだった。
しかし、思わぬ出来事で予定はすっかり変わった。
「こんにちはシスターフィオナ。金色の髪が今日も綺麗ですね。」
町の子どもが笑顔で声をかける。
「こんにちは、あなたにも神のご加護を。」
笑顔で答えた。
フィオナはこの町が好きだった。
住民の役に立つ仕事を誇りに思っていた。
しかし最近、奇妙な噂を耳にした。
司祭が住民から不正にお金を集めているという。
しかし、かつて龍退治までしたとされる聖人である司祭がそんなことをするとは全く思いもしなかったので、誰しも悪い噂はあるものだなと気にしなかった。
教会に帰ると司祭が微笑みながら報告を聞きに来た。
「シスターフィオナ、ゾンビの討伐は上手くいきましたか?」
年齢は初老だが、シルバーの髪がより風格を出している。
身体も鍛えているのだろう、がっちりとした男だった。
「大丈夫でした。無事に迷える魂を神の元へ帰しました。」
(見逃してしまいました。などと、とても言えない)と内心気まずく思ったが、その場は誤魔化した。
それからミサの準備、掃除、事務仕事。
ひと通り終えた頃、つい居眠りしてしまった。
気付けばすっかり夜になっていた。
目が覚めたフィオナは後悔しながら帰ろうとしたが、教会の奥の部屋に灯りが付いている。
司祭様がまだいるなら声をかけてから帰ろうと思い部屋に近づいた。声がする。
「私は取り返しの付かないことをしました。どうしたら赦されるでしょうか?」
町の男性の声だ。
司祭は懺悔を聞いているようだ。
懺悔の盗み聞きは聖職者として許されない行為だ。そう思い、その場を離れようとした。しかしーー続いてとんでもない言葉が聞こえた。
「大丈夫です。この札を買えば全ての罪は赦されますよ。」
(え、札を買う?なんでそんな事を司祭様が?)
教会の法で、罪を金銭で贖う免罪符は禁じられている。
とりあえずここにいては懺悔している人に見つかってしまうので、教会のパイプオルガンの後ろに隠れることにした。
すっかり夜なので室内でも底冷えがする、司祭の部屋の灯りが揺らめいて廊下と本堂を照らしている。
やがて声は聞こえなくなり、しばらくすると懺悔していた人物は、がっかりした様子で教会を後にしたようだった。
不審に思ったフィオナは司祭の部屋に行き声をかけようとしたが、司祭が部屋から出て来たため出くわした。
「すっ、すみません!」
慌ててフィオナは謝った。
しかし、司祭は驚いて持っていた大きな袋を落とし、その中身を床にぶちまけてしまった。
大量の金貨の落ちる音がして床にお金が広がった。
それを見てフィオナの中の疑念がかなり濃いものになり質問した。
「個人的に金品を受け取ってはいけない決まりですが、先程は町の人から何を受け取っていたんですか?」
司祭はばつが悪い顔をして
「説明しよう、あの聖母像をよく見たまえ。」
といって大袈裟に聖母像の方を指差した。
あまりに自信ありな態度に気圧されて。
「はい?」
よく意味が分からず、司祭に背を向け聖母像を見た。
後頭部に鈍い衝撃を受け意識を失った。
フィオナは気がつくと墓場にいた。
墓地の空気は湿っていて、息がつまる。
(なぜ?気を失っていた?どうしてこんなところにいるの?)
疑問だらけのままフィオナは立ち上がった。辺りを見渡す。時は朝方だろうか?
寒い。薄暗く、霧もかかっている。遠くが見えない。
頭を殴られたはずだが痛みは全くない。ふと手を見る。なぜか不自然なほど白い。
その時、呻き声が聞こえた。何度も討伐で聞いたことのある、ゾンビの声だ。
身構えてまた辺りを見渡す。(まずい、武器になるものがない。)
そして、ゾンビが姿を現した。しかし、いつもの討伐の時と違い、こちらに興味を持つこともなく通り過ぎていった。
おかしい、ゾンビは生者を襲う本能があるはず。
拍子抜けしていると、もう一体のゾンビが近づいてきた。今度はこちらをしっかりと見ている。また身構える。
しかし、意外なことにゾンビは声をかけてきた、しかも、聞いたことがある声だ。
「おお、気が付きました?一時はどうなるかと思いましたが、無事で何よりです。いや無事というと語弊がありますがね。」
この前命乞いをされ、見逃したゾンビだった。嬉しそうに話しかけてくる。ゾンビの凶暴さを全く感じない。
「あなたはあの時のゾンビ?一体何があったんですか?なぜ私はここに?」
焦りと疑問に満ちた顔で質問した。
「ああ、やっぱり意識がちゃんとある。恩人に恩を返さずに終わらないで良かったですよ、このパウダーを使えば亡くなった方を私の様な、意識がある状態のゾンビにして蘇生できますから。」
ゾンビにして蘇生、聞いても理解が追いつかない。
「亡くなった?ゾンビはあなたでしょ?えっ。」
「おお、実感がまだ湧かないのは無理もありません、私も最初そうでしたから、ではこれをどうぞ。」
意識のあるゾンビは手鏡を差し出して来た。
鏡を覗く。そこには自分の顔が映っているが討伐で見慣れた肌の白さ、ゾンビ肌だった。自分の肌ではない奇妙な感覚だ。
聖職者の私がゾンビに?仕事は続けられるのか?町の人や家族は以前と変わらず私と話してくれるだろうか?
渡された鏡から目を背けた。映っているのが自分だと思いたくなかった。
「町に帰ります…」
フィオナは小さな声で話した。
自分の置かれた状況に、すっかり血の気が引いてしまった。
小さな声しか出ない。
「え!それは危険ですよ。あなたは処刑されたんですよ、戻ったらまた殺されます。」
ゾンビは心配そうに話している。
「私が処刑された?一体誰に。」
眉をひそめ聞いた。
「町外れの教会発行の張り紙に、『元シスター、フィオナが魔女である事が発覚したので処刑する』と書いてあったんで、こうして墓場まで来てあなたを助けたんですよ。」
見てしまった。
だから殺された。
衝撃に顔が曇った。
しかし、気持ちを切り替えて
「それでも町の皆さんを最後に一目見たいのです。それから町を去ろうと思います。」
ゾンビは少し考えてから
「まあフィオナさんは、見た目にはゾンビとわからないから、少し変装すれば大丈夫かもしれません。私が集めた服をあげるから修道服をそれに着替えて行ってはいかがですか?」
そして、フィオナは服を着替えて町に向かった。
修道院の辺りは避けながら、町の様子や住民を見て回る。
しかし、不穏な空気を感じる。一見いつもの町に見えるが以前より兵士の姿が多い。
教会の直属の兵士で、司祭の部下である紋章が武器や防具に見受けられる。
以前に比べて、人の往来も少なく感じる。
市場の客も少ない。
フィオナの実家の様子を見てから立ち去ろうとして、より大きな異変に気づいた。
家が無い。そこには燃えた木材や崩れた残骸しか残っていなかった。しばらくその場に呆然として立ち尽くしていると、町の男が話しかけて来た。
「お嬢さんこの家の人の知り合い?本当に可哀想にねえ、この家に住んでいた夫婦、娘がシスターやってたんだけどさそれが魔女だったってんで処刑されて。その親だからって夫婦も教会に捕まって処刑されたのがついこの間のことだよ。悪いこと言わないからここを離れた方が良いよ。教会に疑われたら、何されるか分からないよ。」
フィオナは顔面蒼白で礼を言い、その場を後にした。
息が詰まる、手が震える。
両親が殺されたのだ。
しかし、気になって仕方がない別の心の変化もあった。
人を見ると唾液が口の中で出る。はじめは町の食卓から漂う匂いのせいだと思った。
しかし、これではまるで…
街から出る途中フィオナは両親との思い出を思い出した。
実家で幼いフィオナと両親が話している。
幼いフィオナに父は微笑みながら
「フィオナ、信仰とは何かわかるか?」父が問いかける。
「神様を信じる事でしょう?」幼いフィオナは真剣に答えた。
「教会としてはそれでも良いが。私としては、たとえ叶わないとしても、信じた事を貫き通すそれが信仰というものだ。そうすれば人は強くなれる。覚えておきなさい。」
父は微笑みながら言っている。
「あなた、フィオナには、まだ難しい話しなんじゃない?」母は少し眉をひそめ、幼い娘を心配そうに見つめた。
現実に帰る。
今のフィオナは何を信じ、なにを貫き通せば良いだろう?
自分はもう何も信じられないのではないか?心細くなった。
町外れの廃墟で自分を助けてくれたゾンビと再会した。
「無事でよかったです。焦っているようですが、何かありましたか?」
ゾンビは落ちついた声で言った。フィオナは胸がつまりながらも、町で知った事や、奇妙な感覚を感じた事を話した。両親が殺された事に心底同情してくれ、奇妙な感覚の正体について教えてくれた。
ゾンビの話によるとゾンビパウダーで蘇っても問題は残るらしい。人を見ると食欲が湧く。最悪、意識すら失い、ただのゾンビになるらしい。それを克服するには強い意志が必要だという。
自分の手を見た、白い肌には汗ひとつかいていない。それが自分がもはや人ですらないという事に実感と、もしかしたら自分の意識が保てず人を傷つけるかもしれないという恐怖に現実味を帯びさせていた。
「フィオナさんは生前、日々の鍛錬を欠かさなかったでしょうし、強い意志を持っていらっしゃるから大丈夫だと思いますよ。」
とゾンビが不穏に顔が曇るフィオナに声をかけてくれた。
そして、ゾンビは少し恥ずかしそうに、
「もしよろしければ、自分には生前アルベルトという名前があったのでそう呼んで欲しいです。それと意識のある友人がいなかったので寂しくて、これからは友人として交流してくれませんか?」
フィオナは厳しい現実の中にも、友がいる事をありがたく思い。
「ありがとうございます。もちろんです!」
と笑顔で答えた。
「それとあなたに渡したいものがあります。」
そういうとアルベルトは、廃墟にある小屋にフィオナを連れて行き、立派な装飾のある、見慣れた槍を渡してくれた。
「これは私が生前使っていた槍!持っていてくれたんですか?」
フィオナは自分と一緒に戦っていた武器が帰って来たことが嬉しく思えた。アルベルトという友人ができた事と合わせて、現在のフィオナの数少ない救いといえる出来事に万感の思いだった。
「あなたを助けに行った時に見つけたんです。その立派な槍は、大事だろうと思って保管してました。私もそれにやられそうになったんで、良い武器ですよね。」
アルベルトも嬉しいようで冗談混じりに語った。
これからは人を害さないゾンビとして、世を忍んで生きていこうと心に誓った。
それから、しばらくアルベルトと廃墟で過ごすことにした。
ゾンビになっても食事は必要らしい。
アルベルトは、野草や野生動物を取って来て、料理をしてくれた。
ティータイムにはお茶を出してくれた。
町の様子を探ったり、ゾンビの衝動の抑え方や力の出し方などを学んだ。
人間を見ても、集中したり気合いを入れたりすれば食欲は抑えられると教わった。
何度も練習した為か旅人を見かけても、心が乱れることは減った。
フィオナはゾンビになっても、町の人の心配をしていた。
町の様子も見に行ったり、張り紙を見たりして情報を集めた。
司祭の動向も気になった。
ある夜、アルベルトに連れられて、フィオナはゾンビの集会に参加した。
広い草原で幻想的な月光に向かってゾンビ達が祈っている。
空気は澄んでいて、風は爽やかに流れている。
その様子は教会の礼拝のようにも見えた。
アルベルトも祈っている。
「何を祈っているんですか?」フィオナは聞いた。
アルベルトは
「人間らしく生きたい、ゾンビになってもそう祈ってるんです。」
澄んだ瞳で月を見つめながら話した。
他のゾンビ達には意識はないが彼らもまた同じ思いなのだろうか?
彼らは、並の人間よりも信心深いのではないか?
フィオナには彼らの思いが報われるように祈ることにした。
月光が一部雲に遮られて、光のコントラストになって教会のステンドグラスより綺麗に思えた。
ある日、町の近くで子供の悲鳴が聞こえた。
声がする町外れの処刑場の方へ向かった。
この時、自分の足が生前より異常に早いことに気づいた。息切れも無いし痛みもない。
処刑場に父母とその息子と思われる3人が、5人の武装した兵士に捕まっていた。
兵士たちに問いただした。
「いったい、その人たちが何をしたというのか?答えなさい。」
1人の兵士が、答えた。
「司祭様の悪評を流す悪魔の一家をここへ連行し処刑するところだ。」口封じだ。
司祭はこの一家を殺そうとしている。
兵士たちはフィオナの話を聞く気はないだろう。
「やめなさい、あなた方は騙されています!」
フィオナは決死の覚悟で兵士につかみかかった。
ゾンビ討伐のために鍛えた武術の心得がある。
一家を逃す時間ぐらい稼げるはずだった。
しかしーーー力が出すぎた。
兵士を投げて、地面に叩きつけてしまった。地面に倒れている兵士から槍を奪い、槍の柄で残りの4人を薙ぎ倒した。兵士たちは1人を残して気絶して、残った1人は慌てて逃げていった。
「逃げてください!」
フィオナはそう言うと、兵士に捕まっていた家族は、驚きながらもお礼を言って逃げていった。
フィオナの中で司祭の残虐行為に対する怒り、町の人を守らなければならないという使命感が湧いて来た。
その時、その場には気絶した兵士しかいないのを確認したのか、アルベルトが物陰から現れ、
「大丈夫でしたか?元々鍛錬していたのに加えて、ゾンビの力を使いこなせているから、並の戦士ではフィオナさんの相手にはならないようですね。」
と感心した様子。
フィオナは強く宣言した
「司祭を倒さなければいけません。私は戦いに行きます。」
アルベルトは驚いて
「本気ですか?この町の司祭は龍退治の英雄ですよ?さすがにフィオナさんでも勝てるか分かりませんよ!」
司祭は特別な聖遺物を持っていて、驚異的な身体能力があり、強力魔法も使えると聞いている。その力で、ゾンビどころか龍を退治した程だと。
険しい顔で続ける。
「勝てる勝てないの問題でありません、私は愛するこの町の人を絶対守ります。」
アルベルトはフィオナの表情から信念の強さを感じた。
「そういうことなら、止めることはできないのでしょうね。」
それからフィオナはアルベルトに助けてもらった事にお礼を言い、帰って来れたら共に旅に出る事などを話した。
そして、フィオナはまた修道服を着て戦いに向かった。正面から神の御前で戦う覚悟だ。
満月の夜だった。
夜鳴く虫達の音が、心地よい音を奏でていた。
戦いが始まる。
果たして勝てるのか疑問だが、勝敗を決める戦いではない。
信念を貫く戦いだ。
人間らしく生きたい、たとえ身体がゾンビだとしても。
教会の警備は厳しくなっていた。先程、家族を助けたときに逃した兵士が司祭に報告したからと察した。
兵士が門前に2人、周囲を巡回しているのが10人ほどか。
正面から突撃して行った。
門前の兵士2人はフィオナの余りの早さに反応する暇もなく、倒された、巡回している兵士が集まって来たが、槍で全て薙ぎ払った。驚くべきことにすべて峰打ちで倒しており、命を奪うことはしてない。フィオナが討伐するのは司祭だけという覚悟で来ている。ゾンビの圧倒的な力と生前から鍛えた技巧が合わさり、凡人を寄せ付けない戦闘力を発揮していた。
門を蹴破り、教会に入る。中では司祭が祭壇で待っていた。
「おやおや、反乱分子の女というのは、フィオナか。まさか生きていたとは、ちゃんと処刑したはずなのに…。まあいい、さしずめ兵士が温情で逃したんだろ。私がまた始末してやる。」
白い祭服を着た司祭は、薄ら笑いを浮かべている。
フィオナは司祭を睨み、
「私は、私欲を肥やすために神の名を語り、町の人を騙し傷つけるあなたを許さない!」
言い終わった瞬間、槍を構え突撃した。一気に間合いを詰める。
距離を取るため走りながら、司祭が短い呪文を唱えると、火球がフィオナに向かって飛んでいった。
しかし、圧倒的な速度でかわし、魔法など当たらない。火球はフィオナの後方に着弾し、教会を燃やし始めた。
フィオナは追う、逃げる司祭。
フィオナはそのままの勢いで司祭の目の前に迫り槍を脳天に向かって叩きつけた。
司祭は剣で受け止めた、鍔迫り合いになる。
睨み合い、力比べが始まる。
司祭は魔法で身体を強化しているようだが、フィオナは力任せに司祭を剣ごと弾き、さらに槍で突きを繰り出す。しかし、司祭はしぶとくかわす。5回突きをかわしたところで、司祭は急に飛び退き、もう一度火球を放った。フィオナはそれを槍の一振りで逸らした、そのまま横に薙ぎ払う。直撃したが、意外にも吹き飛んだのはフィオナだった。壁を壊すほど叩きつけられた。司祭の身体から砕けた盾のような物が落ちた、恐らく攻撃を反射する聖遺物だったのだろう。
フィオナが叩きつけられた場所には壊れた壁材の土煙が舞っている。
司祭は勝負あったとばかりに下品な笑を浮かべた
。
しかし、すぐさまフィオナが土煙の中から出てくると、驚愕の表情を浮かべた。
フィオナが突進する、余りにも早い。
司祭は慌てて火球を複数放ったが、フィオナは槍の一振りで全て弾いた。そして、勢いを止める事なく槍を司祭の胴に叩きつけた。
司祭は吹き飛ばされ壁に叩きつけられて倒れた。
しかし、司祭は立ち上がる。身体が光り傷が治ってい行く。そのまま、司祭は何か呟き、光りの矢が司祭の前に複数現れ、フィオナに向けて放たれた。飛び退きいくつか避けたが、肩と太ももに当たった。修道服が裂けて血が流れる。ゾンビでなければ痛みで動けないほどの負傷だ。
フィオナは怯まない、臆せず前に出て、一気に間合いを詰め薙ぎ払う、足に当たった確かな手応え。司祭の脚が片方折れ、倒れ込んだ。
司祭は倒れたまま必死に命乞いを始めた。
「話し合おう、君には酷い事をしてしまった。なぜ私がこんな非道な行いをしなければならなかったか説明しよう…」
フィオナは困惑した、今更何を持ってこの司祭を許す事が出来るか、
「この手紙を読んでくれ…」
司祭はほぼ土下座する形で手紙らしき紙切れを差し出して来た。
警戒しながらも紙切れを拾い、広げた。
その瞬間紙から強烈な光が広がった。
かわすことも出来ず直撃した、衝撃で体が三メートルくらい吹き飛ばされた。
ゾンビ退散の魔法である。
「やはりな!お前はゾンビとして蘇ったというわけだな。どうやったのか知らんが、ゾンビごときが聖職者に敵うと思ったか?」
身体が動かない、強烈な痺れで神経が言うことを聞かない。
司祭は、今度こそ勝ちを確信してほくそ笑んでいる。
「最後になぜわしが金を集めているか聞かせてやろう。聞きたいか?」
フィオナは身体の痺れが無くなるのに数十秒かかると悟ったので、話を聞く事で時間を稼ごうと考えて。
「一体何が目的なんですか?…」
と息も絶え絶えで本来受けているダメージ以上の苦しみがあるかのような演技をしながら答えた。
すると司祭は怒りに満ちた顔で、威圧する様に怒鳴りながら語り始めた。
「わしは龍の討伐までした英雄だ。しかし、民衆はわしが功績を挙げてもいざお布施をする段階になると支払いを渋る。
あやつらは信仰心が足りんのだ!この教会の稼ぎだけでは足りん、権力を手にするには金がいる。龍を討伐したわしが金に困るなどあってはならん。
わしほどの男は!もっと大きな国の司祭として、その頂点に立つのだ!だから、多少踏みにじろうが構わん、それだけの価値がわしにはある。
英雄は正しく強いものだ、お前も町の愚民共も伝説の礎になるなら本望だろ!わしは間違ってはおらん…」
愚かな人間、こんなものの為に大事な人達が傷つけられたのか、怒りで震えながらフィオナは言った、
「そんな暴論を神が許すと思っているのですか!」
しかし、司祭は残酷な笑いを浮かべながら話し始めた。
司祭がさっき放った火球で教会の建物が燃えており火の手がフィオナに迫っている。
「お前が処刑された時、お前の両親が泣きながらわしに訴えてきてな。あんまりにもうるさいから娘の所に送るつもりで始末したんだがな。娘のお前がゾンビになったんではあの愚かな両親も浮かばれないな。」
フィオナは屈辱に唇を噛み締めた。
しかし、もう身体が動く!
「話しすぎたな、どうだこの話、冥土の土産にはなったかな?」
司祭は呪文を唱え始めた、火球が司祭の前に現れて大きくなっていく。確実にとどめを刺すつもりのようだ。
そのときフィオナは凄まじい勢い突進し、司祭を突き飛ばした。
司祭は床を転がった。
フィオナは槍を向ける。
「命だけは、助けてくれ!」
司祭は必死に懇願する。
しかし、フィオナは答えない。
意識が薄れる。
呼吸が荒くなる。
槍を持つ手が震える。いや、抑えようとしているのに、勝手に動こうとしている。
意識が強烈な怒りに支配される。
喉が焼けるように渇く。
覚えがあった。
どす黒い血が体を駆け巡る感覚。
抵抗しても抗えない衝動が沸き起こる。
そして、フィオナは恐ろしい言葉を口走った。
「安心しなさい!そう簡単に殺しはしないですから!」
フィオナは蔑んだ表情で司祭の手足を槍で突き始めた。
司祭は回復魔法を使うが、回復した部位をフィオナは直ぐに潰していく。
「やめてくれ…ころして…」
月光に照らされたフィオナの顔はいつしか笑っていた。
もはやゾンビでも人間でもない。悪魔の顔だった。
とまらない。
そこに、1人飛び込んで来た者がいた。
アルベルトである。
フィオナにしがみつき止めようとした。
「やめてください!それは人間がして良いことではありません!ゾンビの力に負けないで!」
フィオナはアルベルトを突き飛ばした。アルベルトは床に転がった。
「アルベルト!私は!私は…」
フィオナの表情が、人間のものに戻った。
「良かった。元のフィオナさんに…」
アルベルトは安堵の表情をしてフィオナに近づいた。
「私は何ということを…。」
フィオナは泣き崩れた。
「大丈夫ですよ…」
アルベルトは微笑んでフィオナを励ました。
しかし、無慈悲にも火球が飛んで来た。
フィオナは動けない。
アルベルトは火球からフィオナを庇うようにして、背中に火球を受けた。
アルベルトが倒れる。
フィオナは立ち上がり、司祭に突進し、迷わず槍を振り下ろした。司祭は動かなくなった。
フィオナはアルベルトに駆け寄り修道服で覆い火を消した。
まだ息がある。
「フィオナさん、無事でよかった。私はもうダメです。しかし最期に人間らしい事が、尊敬する人を助ける事ができてよかったです。」
「アルベルト、死なないで。あなたがいなかったら私は本当に1人になってしまう…」
震え、泣きながらアルベルトを抱き寄せたが、アルベルトは、もう何も答えなかった。
夜が明けフィオナは町外れの廃墟で墓を作り、しばらく祈っていた。
墓標には、「神に祝福されしものアルベルト」と書いてある。
(本当に1人になってしまった。)目には涙が溢れていた。
アルベルトもずっと孤独だったのだろう、次は自分の番だと思った。
月が見えている。
月明かりの中で祈るゾンビ達が思い出される。
ゾンビだとしても誰よりも人間らしく祈っていた。
月明かりの中で、フィオナの白い肌だけが静かに美しく浮かび上がっていた。
フィオナはゾンビだ。もう町に戻る事はできない。
しかし、アルベルトのように人間らしく生きたいと思った。
涙が枯れた頃。ひとりで旅に出ることにした。
いつまで人間でいられるかも分からないまま――




