欲望の町
休憩時間、オレはいつものように花とたわいのない話に花を咲かせていた。
お互いオタクなので話は合う。花はオタクらしく早口で語る。
「デスノートって悪魔くんを参考にしてると思うんだよね。なんでかっていうと古い漫画版の悪魔くんの最後は倉庫の上をほうきで飛んでる悪魔くんが警察に撃たれて落下して生死不明になるんだよ。
ライトくんの最後は倉庫で刑事に撃たれて死亡するじゃん?なんでニアとの最後の戦いがいきなり倉庫なのかわからなかったけど悪魔くんを参考にしてたんなら倉庫でもおかしくないし」
「こじつけだろ。デスノートをめぐる最終戦の舞台なんて冷静に考えれば倉庫ぐらいしか思い浮かばん」
「いやいや、ダークな世界観っていう共通点もあるし、悪魔くんは万人に幸福を与える理想国家、千年王国を建設するために立ち上がったんだよ?ライトくんは犯罪者のいない理想の世界、新世界を創生しようとする。思想が似てるじゃん?それに悪魔と死神って属性的には同じ闇の住人だよ?」
「まあ、そう思うのは花の自由だ」
「花はこの説推します」
討論していると刑務官が大きな袋を持ってきた。中を開けると手紙だ。
オレには時折、ファンレターが大量に届く。
半年ぶんまとめて刑務官が届けてくれる。そうして欲しいとお願いしてある。毎月、読むのは面倒だからだ。
ファンレターというより熱烈なラブレターだ。オレが刑務所にいることを知れば助けるために地下に穴を掘ってくるだろうな。借金を肩代わりしてくれるかも知れない。
花はしれっとファンレターを読んでいる。
「愛してます!結婚したい!だって。モテモテですな」
「こんなことなら顔出しするんじゃなかったな。オレは作品で勝負したいんだ」
オレは一度だけテレビに出たことがある。
早朝だしどうせ誰も見てないだろうと思ったのが失敗だった。
snsで拡散されて世間に顔バレしてしまった。
「春太くんかっこいいもんね♩高身長イケメンで絵が上手いからモテるはずだよ。桜春太って名前のわりにはクールでぜんぜん陽気じゃないけどさ。雪冬太だよ」
「オレは温度の低い人間なんだ。せめて名前ぐらいは明るくしようと思ってつけた。陽キャへの憧れだ」
「陽キャ好きだよね?春太くんの漫画に出てくる女の子みんな陽キャだし」
「人は自分にないものを求めるんだ。オレが陽キャに惹かれるのは自然の摂理といえる」
「花は?」
「どストラククだ」
しまった。言ってから気づく。花の誘導尋問に引っかかった。
「ありがとうさぎ」
花は顔を赤くして両手を頭に乗せて耳を作る。
その夜、花はオレの布団に裸で潜り込んできた。
「今夜は巡回こないよ。花が多額の賄賂渡したから」
「バカな真似はよせ。バレたらオレは死刑だ」
「同意があるからだいじょうぶい。真っ暗にできないのが恥ずかしいけどしょうがないよね」
花はダブルピースする。まんが刑務所では脱獄と自殺防止のために消灯してもオレンジ蛍光灯はついてる。布団も頭までかぶってはいけない決まりだ。
花が勇気を出してくれたからその期待には応えたい。
「オレは童貞だから上手くできんぞ」
「花もはじめてだよ。花がんばる♩」
花は両手の拳を胸の前で握り締める。花の魅力に負けてしまいオレは花と一線を超えてしまった。
翌朝、すぐに獄中結婚する。
証人はまんが刑務所の所長である白鳥さんと刑務官の田中くんにお願いした。
オレは過去に飲み屋の女にだまされて多額の借金を背負わされ心の底では女というものを信用していなかった。しかし、花がオレの凍った心を太陽のような明るさで溶かしてくれた。
花と結婚して創作意欲が湧いてきたので勢いで新作を描きあげる。
タイトルは『来世でがんばる!』だ。財閥の御曹司である女性軽視のエリートイケメンの優雅が天才画家美少女ひまわりに恋をして、自分の色に染めるつもりが逆に彼女に色に染められてしまう、というラブストーリーである。
優雅はひまわり結婚して自分も絵描きになり生涯、彼女の絵を描き続ける。また財閥の力でアーティストの活動支援を幅広く行うようになる。
『来世でがんばる!』というタイトルはひまわりが優雅にちゃらんぽらんな生活態度を注意されたり、マナーの悪さを指摘されたり、他人にだまされるから金銭の計算スキルを覚えろと言われるたびに口にするセリフだ。便利な言葉なのでタイトルに採用した。
すぐ花に読んでもらった。
「女の子のひまわりって名前はゴッホのひまわりから?それとも花がモデルだから?」
「両方だ」
「うれしいなぁ。藤子不二雄F先生ものび太は自分が主人公だって公言してて、しずかちゃんっていう美少女と結婚させてるんだよね。他の短編集でも自分がモデルの漫画家を美少女と結婚させてるし、F先生はすごく欲望に素直なんだよね。漫画は読者に共感してもらうことだから、自分を主人公にして美少女と結婚させるのは正解だと思う。男の子はみんな美少女と結婚したいんだからさ」
「たしかにな」
「ひねくれてる男が天真爛漫な美少女に惚れてやさしさを学ぶ。ベタだけど需要はあるよね。合格だよ」
「きみのおかげだ。ありがとう。この恩は必ず返す」
「どういたしまして♩」
オレは花に礼を言う。白鳥さんは少女漫画好きだからすぐに出版の許可を出してくれた。
『来世でがんばる!』はヒットして映画化された。漫画と映画で出てくるヒロインの制作する絵画はすべてオレが描いた。美大出身なので油絵も水彩もいける。その絵は高く評価されてオークションで高値で売れた。オレは借金を返済してまんが刑務所を出所した。
居座りたかったがダメだった。オレは毎日、手紙を書いて花に送った。
牢獄に1人になった花は『神コール』というポーカーをテーマにした漫画を描いた。ベガスでギャンブルに明け暮れていたから思いついたのだろう。
鼻のいい猫っぽい美少女と目が良い鷹のような美少女と耳のいいうさぎに似た美少女が賞金10億円のポーカー大会で争う内容だ。3人ともイカサマをしているのでイカサマ合戦だ。
女の子たちが可愛いのでヒットした。
アニメ化もされてグッズにもなった。けれど、2000億円を返済するには及ばないはずだ。あと何本かヒット作を出さなければいけない。オレもヒット作で稼いだお金と絵画を売ったお金で花の借金を返済している。夫婦だから当然だ。花を牢獄から解放するためにオレもまだまだヒット作を連発せねばならない。節約のために借りたボロアパートの一室でアイデアを練っているとコンコンとドアをノックする音がした。なんだ?家賃の集金か?オレはドアを開ける。
「やほやほ〜♩花ちゃん参上っ♩」
制服姿の花が立っていた。ダブルピースをしている。オレは頭が追いつかない。
「花っ!なぜここに?幻覚か?」
「本物だよ」
花は抱きついてくる。感覚はある。実体だ。
「くわしいことは中で説明するから入れて。寒いっす」
花は真冬なのにコートもマフラーも手袋もしていない。ガチガチ震えている。
「わかった」
急いで花を部屋に招き入れる。コタツしかない四畳一間のアパートだ。花はコタツに飛び込む。
コタツの上の原稿をどけて部屋の隅に置きオレはペットボトルのお茶を出した。
非常食のひと口チョコも出す。
「コタツ好きぃ。ぬくぬくだね」
「どういうことなんだ?なぜ出所している?」
「2000億円返したからね。返済完了なのだ。ビシッ!」
花は敬礼してみせる。
「きみはヒット作を出し、オレも返済を手伝ったが、まだまだ足りないはずだ。計算が合わない」
「実は白鳥さんと入所前に取引してたんだぁ。囚人たちにヒット作を描かせたらみんなの印税の1%を花にちょうだいって。白鳥さんはOKしてくれてグッズ印税も1%くれたよ」
「なぬー!?」
驚きすぎて目が飛び出そうになる。
初耳だった。しかし、白鳥さんのことだからオレたちに無断でやってそうだ。
「だから2000億円返せちゃった。みんな恩は必ず返すって言ってたからいいよね?」
「ああ、オレはぜんぜんかまわん。ほかのみんなもまあかまわんっていうだろうな」
花がいなければ死ぬまで刑務所で暮らしていたのだから印税の1%ぐらいで四の五の言えないはずだ。オレは花の頭をポンとなでる。
「ほんとに良かった。出所祝いをしたいが、あいにくいま貧乏なんだ」
「花も貧乏。これから2人でがんばろう」
「きみとならどんな困難も超えていけるよ」
「花も同じきもち」
「制服なのはなぜだ?」
「春太くんアイドル好きだから出所の時に用意してもらったの」
「すごく似合ってるよ。人気アイドルグループのセンターかと思った」
「あは。うれしい」
花は二ヒヒと笑う。
「それにしてもベガスで学んだことが役に立ってホント良かった♩」
「ほうどんなことを学んだんだ?」
「いかさま、ドラッグ、バイオレンス、セックスだね」
「犯罪大国のアメリカらしい危険なワードだな」
「じつは幻冬斎おじいちゃんへのお手紙は花が書いた嘘なんだよね。お孫ちゃんは元気でピンピンしてるよ」
「なんだって?」
そんなことをしていたのか。かわいい顔してなかなかやるもんだな。
「そもそも外部との手紙のやりとりは禁止されてたじゃん。花たちは夫婦だし中のことを絶対口外しない約束で認められてただけで普通は絶対ムリ。ファンレターの返事もダメだったでしょ?」
「幻冬斎先生をだましてやる気にさせたのか。いかさま師だな」
「いかさまはベガスで学んだんだよ。ギャンブルは綺麗事だけじゃなかったもん。あと夏野くんには脳を活性化させるためにドラッグの代わりにアルコールを使ったよ。ベガスの地下にはモグラ人間がいて薬物中毒のラリってるホームレスもたくさん見かけたからね。一度興味本位で入ったことがあるんだ。怖かったなぁ。カジノで負けて全財産失ってホームレスになる人も多いから地下まで落ちるんだよ。それと迫力が欠けていた幽暮くんの漫画にバイオレンス要素を足すようにアドバイスができたのは実際に暴力沙汰を目撃したからなんだよね。ベガスの夜は窃盗や強盗、暴力沙汰が多くて、何度も目撃してすごい迫力で興奮したなぁ。あと娼婦が街角にいっぱい立ってた。花も間違えられて声かけられちゃって飛んで逃げたよ。はじめては好きな人に捧げたいもん。娯楽と欲望の渦巻く町で学んだことは大きいね」
幻冬斎先生をいかさまでだまし、夏野にはハイテンションになるアルコールを与え、幽暮には迫力を増すためにバイオレンス要素を足すように助言し、オレとはセックスを楽しんだ。
花は邪道と呼べる方法でオレたちの潜在能力を引き出した。すべてベガスで体験した出来事が起点になっている。
花の最新作の舞台もベガスだ。
2000億円失った旅も無駄じゃなかったようだ。
「もうベガスには興味ないのか?」
「こりごりだよ。花にとっては暗黒の地だね。もう一生近づかない。これからは神社仏閣めぐりを趣味にするんだ」
「おともするよ」
オレたちは微笑みあいくちづけをかわした。その後、花と共作で漫画を描いたり、お互いにイラスト制作の仕事や絵画の依頼を受けてすぐにお金には困らなくなった。
いまは高級マンションのソファーでのんびりしている。
白鳥さんはあいかわらずまんが刑務所に才能ある漫画家を押し込めているらしい。
究極の缶詰状態で描かれた漫画を読んでみたい気持ちはわかるが、必ずしも奇跡の作品が生まれるわけじゃない。
今度会ったらまんが刑務所の閉鎖をお願いしよう。まんが寮を作り背広を着させて毎朝電車通勤して会社に出社させてデスクで漫画を描かせるのがいいんじゃないだろうか。
藤子不二雄F先生も毎朝電車通勤で自分の会社に通い漫画を描いていた。
アイデアを考える時間や人間観察に使っていたのだ。
刑務所よりヒット作が出やすいし健康的である。
ニュースで同じ釜の飯を食った仲間の近況を知ったが、幻冬斎先生は絵本作家になっていた。
孫娘のために絵本を描く日々を送っている。
夏野は浜辺で美女をはべらせていた。
サーフィンをテーマにした漫画を連載しているので取材の一貫だろう。
夏野が出所後に冬山登山をして山の神に感謝を伝えてる映像もついでに流れてきた。
幽暮は人気アイドルと結婚して幸せに暮らしている。
彼女が幽暮の漫画のファンで舞台化された漫画の主演に選ばれて幽暮と仲を深めたようだ。
「春太ぁいっしょにアニメみよ〜」
花がとなりに座ってくる。オレたちは刑務所にいた頃と同じように肩を寄せ合って大好きなアニメを心ゆくまで楽しんだ。




