監獄同棲
花は2人の原稿を読み終わる。
「夏野くんはスポーツが好きなんだね。前回のヒット作は野球漫画で今度はサッカー漫画かぁ。けっきょく、やってることが同じだよね。アウトドアスポーツがいいんじゃない?夏野海なんだからサーフィンとかさ。山でもいいし。川でもいい。命を失うかもしれないチャレンジが見たいかなぁ。自然との戦いを描いてみたら?」
「なるほどな。アイデアを考えてみるぜ」
「お酒飲んでアイデア考えたほうがいいよ?吉幾三さんがお酒に酔っ払った時に思いついて歌った曲をマネージャーさんに録音してもらって、それがヒットしてるんだよね。夏野くんはチャラそうに見えてお酒一滴も飲まないストイックで真面目な男だから崩れたほうがいいよ。狂気を見せて」
「なんで俺様が真面目だとわかった?」
「それぐらい漫画を読めばわかるよ。漫画家は真面目な人が多いし。花も子供の頃、自分みたいな真面目な人間が漫画家になれるのかなぁって本気で悩んだよ。でもこち亀の秋本治先生の仕事術を読んですごい真面目な人だってわかって安心して漫画家を目指したよ。漫画家は職人だから真面目な人が多いんだよ」
「それな。アドバイスサンキュー。愛してるぜベイビー。この恩は必ず返す」
「恩は石に刻め。恨みは水に流せが夏野家の家訓だもんね」
「いや、家訓なんてねーし。夏野はペンネームだし」
「ジョークだよ。がんば!」
「あいよ」
夏野は小遣いで刑務官に酒とつまみを注文する。数分後、牢獄に日本酒とコップが届けられた。
夏野はグビグビ飲み始める。赤ら顔で鼻歌まじりに原稿用紙にアイデアを書き殴っている。
花は幽暮にも助言する。
「このホラー漫画面白い。さすがホラー漫画の名手だね。でも、動きが弱いんだよね。宮崎駿監督が最近のアニメーターは子供の頃、原っぱを駆け回る経験がないからアクションシーンを上手く描けないんだって言ってたよ。幽暮くんは筋トレして運動場でジャンプしたり走ったりするといいよ。次回作は剣とか魔法とかのファンタジーがおすすめ。
いまファンタジー作品はアニメ化されやすいし幽暮くんの描く女の子は可愛いから女の子メインにしたほうがいいよ。迫力不足だからバイオレンス要素もちょっぴり入れたほうがいい」
「ファンタジー描いてみるよ。筋トレして運動もする」
「オモチャの剣と魔法の杖も買ったほうがいいよ。アニメーターさんは実際に武器を持ってアクションの動きをイメージするんだって」
「すぐに買うよ」
「届いたら戦いごっこしよー♩」
「いいよ。楽しそうだ。ぼくは子供の頃から漫画ばっかり描いていて運動してなかった。この機会にたっぷり体を動かそう」
幽暮は小遣いでおもちゃの剣と魔法の杖を刑務官に注文する。それから筋トレを開始した。翌日、剣と魔法の杖は届けられた。花と幽暮は牢獄内で剣を振るったり魔法の杖で呪文を唱えたりして遊んでいた。とても無邪気で楽しそうだ。作品に反映されるといいな。
2週間後、夏野と幽暮は完成原稿を花に手渡した。オレも許可を得て花と一緒に読ませてもらった。
夏野は冬山登山に挑む中学生たちの物語だ。タイトルは『魔の山』だ。花のいうとおりアウトドアスポーツを描いてきた。世界一、死者を出している山に中学生たちが挑む狂気の物語だ。過去に死亡者を出した入山禁止の冬山に山岳部の中学生たちが挑む。登場人物をサル、クマ、ウマ、カメ、ウサギに見立てている。主人公の女の子、あだ名はサルが入山禁止の冬山登山に失敗して死んだおじの敵討ちのために同じ山に仲間たちとともに挑む。おじとその仲間は当時、世間から叩かれまくって死者に鞭を打つような真似が行われた。サルはおじが好きだったから悔しくてたまらなかったのだ。
クライミングの天才であるサル、登山の天才児クマ、馬力のあるウマ、耳がよく足が速いウサギ、後方支援担当の頭脳派カメ、個性的なメンバーでおじたちが到達したであろう幻の頂を制覇する。
命を賭けた自然との戦いだ。なぜ中学生が主人公なのか?にも漫画内で説明がある。命を燃やしたいお年頃という脳筋な理由だ。無茶をしても法律で少年法で守られる年齢でもある。
花はニヤリと笑う。
「いいね♩熱血だしスポ根だし死の山に挑む狂気も感じる。子供だとハラハラして心配になるよね」
「あざーす!」
「みんなそれぞれ冬山で大切な人を亡くしているのがいいね。主人公たちに悲劇を背負わせるのはセオリーだもんね。喪失感を埋めるために旅に出てゴールでは心の穴を埋める多幸感に包まれる。お手本通りのストーリーラインだよ」
「花ちゃんが理論派だから俺様も脚本術読んでセオリー重視したぜ」
「合格だよ。ところで冬山登山したことあるの?」
「ねーよ。スキーは何回か滑ったな」
「したことあるのかと思った。すごいリアルだよ」
「出所できたら山の神にお礼するために登頂するぜ」
「花は寒いので苦手だから冬の山には近づきません。魔の山こわい」
「花ちゃんには温かいところが似合うな。んじゃ、これを白鳥さんに提出すっわ」
夏野は刑務官に原稿を手渡した。『魔の山』は出版許可が降りて大ヒットして舞台化、映画化もされた。1ヶ月後、夏野はさわやかに牢獄を去っていった。
夏野へのアドバイスを終えた花は幽暮の原稿を読みはじめる。オレもいっしょに読む。
タイトルは『黒猫と蝶』だ。黒猫を守護霊とする主人公の少女が蝶を守護霊とする陰キャ少女と犬を守護霊とするいじめられっ子の少年を仲間にして一族の復讐のために天界戦争を引き起こす物語だ。
守護霊の強い人間はエクソシストとして国営のギルドにスカウトされて悪魔や悪霊と戦っている現代が舞台で黒猫少女は国が目をつけていない蝶の幼虫を守護霊とする少女と犬の赤ちゃんを守護霊とする少年を仲間にする。守護霊は徳を積み重ね転生を繰り返すことで強くなっていく。または悪魔を退治することで強くなる。悪魔退治でレベルアップして黒猫は長靴を履いた剣士まで進化する。幼虫は蝶になり妖精まで進化する。犬の赤ちゃんは柴犬からコボルト兵まで進化する。
黒猫少女は巧みな立ち回りで仲間2人を今回の人生ではけして辿り着けないレベルまで引き上げたのだ。
黒猫少女は前世の記憶持ちで前世は天界に暮らす黒猫族の一員で、天照大御神への反乱を企てた罪で一族郎党粛清されていた。運良く前世の記憶を引き継いで人間に転生した彼女は守護霊のレベルを神のレベルまで高めて融合すれば天界に戻れることを知っていた。
守護霊との融合とは長靴を履いた猫と融合すれば猫耳の剣士になったり、妖精と融合すれば背中に蝶の羽が生えた剣士になり強くなる。コボルト兵と融合すると犬耳のコボルト侍だ。
主人公がラスボスなのは驚いた。復讐に反対する仲間と対立したのだ。黒猫少女は悪魔に対してかなり暴力的だ。悪魔祓い用の金属バットで頭を潰したり、爪で切り裂いたり、剣で心臓を串刺しにしたり、無双しているど迫力のシーンもある。
バイオレンス要素という花のアドバイスをしっかり取り入れている。ホラーの名手だけあって悪魔のデザインが上手い。
黒猫族は天照に代わって天界を治めて黒猫族をトップとする階級社会を作ろうとしていたので滅ぼされて当然だったというのが悲劇の真相だ。黒猫の少女も差別主義者で博愛主義の蝶の少女と対立するのは約束された未来だった。犬の少年は黒猫少女が好きで最後は戦えなかった。
愛する者を傷つけられなかったのだ。ラスボス戦は蝶の少女が勝利して黒猫の魂を消滅させないために自分の魂に融合させる。猫耳美少女が蝶の羽ち黒猫のしっぽを生やして青と黄色でデザインされた剣を持つ姿が最終形態だ。犬の少年とくっつく。
「スピリチュアル色を強めたね。悪魔、神、守護霊、転生、前世っていうワードにフェチズムを感じるよ。意外性と裏切りもある。合格♩」
「ありがとう。お化けや悪霊はもともと好きだったからね。守護霊と悪魔に置き換えてみたよ」
「動物や虫の描きかたに愛情を感じるなぁ」
「動物図鑑と昆虫図鑑は子供の頃から模写してる。人間より好きなぐらいさ。ぼくは陰キャの日陰ものだから迫害を受けてきたし」
「弱い人の気持ちに寄り添えるからいいんじゃないかな?復讐の炎を燃やす人の気持ちもわかるし」
「そうだね。前向きに考えるよ」
幽暮は笑みをこぼす。幽暮は刑務官に完成原稿を手渡す。白鳥さんから出版の許可が降りてすぐに印刷されて本屋に並ぶ。『黒猫と蝶』はヒットしてキャラグッズも好評でゲームとアニメ化もされた。
2か月後、幽暮は出所した。幻冬斎先生や夏野と同じように花と両手で握手して何度もお礼を言っていた。恩は必ず返すとも繰り返していた。律儀な男だ。花のアドバイスによって3か月も経たないうちに3人の売れない漫画家が巣立って行った。
花は描き手としてだけじゃなくプロデューサーとしても優秀だった。
「2人きりになっちゃったね。友だちがいなくなってさびしい?」
「友だちじゃない。同志だ。部屋が広く使えて快適だよ。オレは孤独耐性が強いからさびしくなんかない」
「花も1人好きだよ。海外旅行も一人旅だったし。同じだね」
「そうだな」
オレは同意する。それから花と2人きりに生活がはじまった。肩を並べて絵を描き、いっしょにご飯を食べて部屋のそうじをする。幽暮が剣と杖を残して行ってくれたので運動場で戦いごっこしたり、夏野が残していったグローブとボールでキャッチボールしたり、夜はいっしょにアニメを観たりした。アニメと映画だけは観ることが許されているのだ。
まるで夫婦のような生活を送った。花は美少女なのでどうしても異性として意識してしまう。変なことをすれば死刑台に連行されるので必死に理性で本能を抑え込んでいる。死刑台など存在しないだろうが白鳥さんなら作っているかもしれん。ある日、花にスケッチブックを見られてしまった。
「めっちゃ花のこと描いてる!花のこと好きなんだ!」
「美少女を描く参考にしてるだけだ。べつに好きじゃない」
「好きっていいなよ。ねえ、これもらっていい?」
「いや、あげるならもっと上手く描く。そこに座ってくれ」
「はーい」
オレは花をモデルにデッサンをはじめた。その絵の出来映えに花はとても満足していた。毎日、ひたすら絵を描き続けているのでいやおうなしに画力はあがる。自分でもキレイに可愛く描けたと思う。会心の出来だった。
「また描きたいときは言ってね。花はどんなポーズも可能だよ」
花は左足を高く掲げて左手で持ち片足立ちする。柔軟性がある。花はヨガを日課にしていた。
花と暮らす日々は幸せだった。このまま永遠に過ごしたいとさえ思った。だから花にアドバイスを求めなかった。作品がヒットしてしまえば今の生活が失われてしまう。
地獄が天国になってしまったのでオレの脱出意欲は完全に消え去っていた。




