幸運を呼ぶうさぎ
花はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「イラスト制作で稼いだお小遣いで買ったんだぁ。かわいいでしょ?」
「すごくかわいいよ。花ちゃんもね」
「幽暮くんは口が上手だね〜。ホストみたい」
「俺様にも褒めさせろい。うさぎと美少女の組み合わせは最強過ぎるぜ。きゅんです♡」
「夏野くんもありがとう♩」
「2000億円借金があるんだから無駄遣いせず少しでも返済に回したほうが良かったんじゃないか?」
「うさぎは無駄遣いじゃないよ!傷ついた心を癒してくれるし、幸運を運ぶラッキーアイテムなんだ」
「春太くんに女心はわからないよ。ラブコメ作家のくせに実は女の子と付き合ったこともないんだから」
「そうなの?よくヒットできたね?」
「担当の白鳥さんが少女漫画好きでアドバイスが的確だった」
「あのツラとガタイで少女漫画好きって、それが1番笑えるぜ」
「確かに」
オレたちは笑い合う。花が来てから、笑いが増えた。笑う門には福来る。これでヒット作のアイデアが降ってくればいいが、今のところはまったく気配がない。
はなしの輪に加わらず刑務官から渡された手紙を受け取った幻冬斎先生は乱暴に封筒を破いて読みはじめる。
幻冬斎先生の顔が真っ青になり大量の汗をかきはじめた。苦悶の表情で天を仰ぐ。手紙を机に置いた幻冬斎先生は花のもとにおもむいた。原稿用紙に落書きをして遊んでいた花に声をかける。
「花ちゃんや。わしにヒット作を生み出すコツを伝授してくれんか。礼はなんでもする」
幻冬斎先生は花に頭を下げる。オレたちはびっくりして注目する。
「おやおや、どういう風の吹き回しかな?」
「どうしてもここを出なければならんようになった。孫が病気で余命わずかなんじゃ。一刻も早く見舞いに行かなけれなならん」
「そりゃ大変だね。いま描いてる原稿を見せて」
「はい。ただいま」
幻冬斎先生は原稿を花に見せる。花は丁寧に読む。幻冬斎先生は微動だにせず感想を待っている。孫と同じくらいの子供に漫画のアドバイスを求めるのはどういう気持ちなんだろうか。いや、花は稀代の天才漫画家だから助言を求める価値は十分ある。年齢差があろうと敬意を持って接するのは当然か。
「ストーリーはよくある復讐劇だね。めちゃくちゃが絵はうまいけど、この路線で大ヒットさせて3000万円以上売り上げるのは正直、厳しいよ。絵柄を変えたほうがいいね。時代劇よりはファンタジーのほうが受け入れられる幅が広いからファンタジーを描こう」
「わしゃファンタジーなど人生で一度も描いたことがない。むちゃぶりじゃ」
「ムリゲーじゃないよ。花にまかせて」
花はどんと右拳を胸にあてる。
「いまから、ゴミは自分で捨てること。あと掃除も手伝うこと。いい?」
「わかり申した」
「硬くて鋭い線じゃなくて柔らかい温かみのある線を引く練習をはじめて。うさぎのぬいぐるみを貸してあげる。デッサンに使って。あと図書室で絵本をいっぱい模写して。それとお酒は禁止。1週間後に1番上手に描けたぬいぐるみの絵と絵本の模写を見せて」
「了解じゃ」
幻冬斎先生はうさぎのぬいぐるみを受け取ると自分に席に戻ってデッサンをはじめる。食い入るように見つめていろんな角度から描く。それが終わると図書室から大量の絵本を借りてきて鬼の形相で写す。どう見ても絵本を読む人間の顔じゃやない。生活態度も改まり、ゴミは投げない、そうじに積極的に参加する、借りた本は自分で図書室に返す、禁酒する。人が変わったように真面目な人間になった。
1週間が経過した。幻冬斎先生は課題を提出する。オレたちも見せてもらった。花はうなる。
「おー、すごい柔らかいタッチだね。ぬいぐるみの表情が温かくてほっこりするね。模写もコピーしたみたいに完璧だね」
確かに別人のような絵のタッチだ。劇画調からメルヘン調になっている。絵から温かみを感じる。
「お褒めいただきありがたき幸せじゃ」
「自分でおそうじすると細かい汚れに気づくようになるでしょ?絵のデッサンや模写する時も細かい点に気づくようになったんじゃない?」
「微妙なでこぼこ、陰影の濃淡に気づけるようになり申した」
「でしょ♩あとはアイデアを考えて漫画を描くだけだね。日常シーンはメルヘンなタッチで描いてアクションシーンや怖い表情のシーンは劇画調にするとギャップが生まれて読者に刺激を与えられるよ。人を感動させるっていうのは驚かせるってことだからね。読者は常に刺激を求めてるんだよ」
「ご助言を心に留めて構想を練りまする」
幻冬斎先生は自分の席に戻る。その手にはうさぎのぬいぐるみが抱かれている。ぬいぐるみを抱くとリラックス効果があるというが老人が抱いていると少し変だ。
壁には絵本を模写したポスターが貼られていた。おかしの家の周りを擬人化した動物たちが取り囲んでいる。
3日後、幻冬斎先生は完成原稿を花に渡した。オレたちもいっしょに読む。
タイトルは『白い悪魔』だ。擬人化したうさぎとオオカミが出てくる物語だが、メルヘンの世界ではなく人間の住む異世界を舞台にしている。突如発生したブラックホールに巻き込まれてメルヘン世界に暮らすうさぎ村の住民が人間の住む異世界に飛ばされる。飛ばされた先は虎の国だ。
虎の国は猪の国と馬の国と戦争していた。三つ巴の戦いだ。
主人公のうさぎの女の子ウサミは白い体と足の速さを買われて軍の狙撃兵にされてしまう。
全身真っ白だと雪に溶け込み天然の迷彩服だ。逃げ足もぴょんぴょん跳ねて早い。うさぎ村の住民を人質に取られたウサミは戦うしかない。
涙を流しながら敵兵を撃つ彼女は白い悪魔と呼ばれ恐れられる。ある日、野営地で寝ていると闇の中から暗殺者が現れる。暗殺者の正体は真っ黒なオオカミでウサミと同じくメルヘン世界の住民だ。
彼の名前はキバである。
オオカミ村の住民も人間の住む異世界に飛ばされて猪の国で暮らしていた。
キバもオオカミ村の住民を人質に取られ軍に暗殺者に仕立て上げられた犠牲者だった。
敵軍の司令官などの重要人物を消し去り黒き獣と呼ばれ恐れられている。
2人は同郷だと気づき共闘する。お互い敵国の大統領を暗殺したのだ。交換殺人である。
自分の手で雇い主の大統領を殺せば裏切りの代償として人質も殺されてしまうが、敵国の兵士に殺されたなら人質は殺されない。
大統領の居住地は互いに情報交換していた。
虎の国と猪の国の大統領は排除され馬の国が戦争の勝者となる。うさぎ村の住民とオオカミ村の住民は解放されてうさぎ族とオオカミ族は馬の国の保護を受けることになる。動物愛護にも熱心な国なので実験動物にもされずにすむ。ウサミとキバはパートナーとなり、悪人を排除するために雪と闇にまぎれて世界を転々とする旅に出る。フードをかぶっているが人に見られた時は着ぐるみだと言い張ってごまかす。独裁者やマフィアのボス、ヤクザの組長などをどんどん消し去り世界の平和に影ながら貢献している、という物語だ。日常シーンはメルヘンタッチでアクションシーンや凶悪な表情を浮かべるシーンは劇画調にしてギャップがすごい。全編カラーで相当な力作だ。
漫画のような絵本のような不思議な魅力がある。
「これが読みたかった!」
花は感激して頬を赤くしている。
「絵本は世界中でヒットしやすいからね。これなら3000万円に届くよ」
「かたじけない。この恩は必ずお返しいたす」
幻冬斎先生は疲労困憊だったのかその場で寝落ちする。花は刑務官を通じて白鳥編集長に幻冬斎先生の原稿を手渡した。結果は見事合格だ。『白い悪魔』は世界各国で出版されて瞬く間に大ヒットになった。キャラグッズも爆売れだ。
3000万円売り上げた幻冬斎先生は重病の孫娘に会うために出所する。
別れ際、号泣しながら花と何度も握手してお礼を述べていた。
幻冬斎先生の席は撤去されて部屋は少しだけ広くなった。
夏野は花の指導力に感心する。
「花ちゃんは漫画を見る目も確かなんだな」
「花は感覚派だと思われがちだけど理論派だからね。漫画賞の審査委員をレジェンド漫画家先生が務めた時の感想は切り抜いて保存して何度も読んで全部頭に入ってるよ。
だいたい漫画の感想なんて真剣に読めばだれが読んでも同じなんだからまず自分の漫画を客観的に読む力が大事なんだよ。自分が物足りないと思ってるところは読者も物足りないと思うし、面白いと思うところは面白いんだよ」
「読んだらすぐにどこが悪いのかわかるの?」
「☑︎項目がずら〜って頭に浮かぶの。そこにチェックが入っていく感じ」
「どんなチェック項目があるんだい?」
「☑︎三角関係はあるか☑︎裏切りはあるか☑︎高い壁はあるか☑︎主人公は一度、死んでいるか☑︎絶望はあるか☑︎読者の心を射止めるセリフはあるか☑︎1ページ目からおもしろいか☑︎かっとうはあるか☑︎感情の流れは自然か☑︎ご都合主義になってないか☑︎説明セリフが多すぎないか☑︎狂気はあるか☑︎対立軸はあるか☑︎表情の種類は多いか☑︎読者を行ったことのない場所に連れ出したり見慣れた風景を新鮮に見せているか☑︎テーマはあるか☑︎奇跡は1回だけか☑︎セリフは練り上げられてるか☑︎ピンチの連続か☑︎究極の選択はあるか☑︎主人公は周りの人間を変える力を備えているか☑︎主人公に欠点はあるか☑︎マニュアルにとらわれすぎていないか。とか、いっぱいだよ」
「さすがだね。やり手の編集者みたいだ」
「花ちゃん!俺様にもアドバイスしてくんねーか!」
夏野は花に手を合わせる。
「お礼はなんでもする!一生のお願いだ!」
「いいよ♩」
花の返事は軽かった。
「原稿見せてよ」
「はい!ただいま!」
夏野は自分の原稿をかき集める。
「花ちゃん、ぼくもいいかな?」
「もちろんだよ」
幽暮も続く。オレはどうすればいい?
乗り遅れたオレは2人が花に原稿を見せるのを見つめていた。




