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理想の部屋

花はえんぴつを唇と鼻の間に挟んで腕組みをしていた。

「悩みごとかい?」

幽暮が声をかける。

「アイデアが思い浮かばないんだよねぇ。とりま漫画の勘を取り戻すために毎日、絵の練習をするよ」

オレも絵の練習は欠かさず行っている。デッサンやクロッキー、背景、小物、カメラワーク、コマ割り、脚本術など漫画に必要な勉強は欠かしていない。いつかアイデアを閃いた時に腕が鈍っていたら大変だからだ。

たまに外部からアシスタントの仕事やイラスト制作の依頼を受けて得た小遣いで最新の美術関連の本を買い漁っている。もちろん図書室には置いてない本だ。部屋には置けないので図書室に置かせてもらってる。

花は子供のように楽しそうに絵を描いているので見ているこっちまで楽しくなる。花とはお風呂以外はいっしょにみんなで過ごした。

「じゃ〜ん、理想のお部屋を描いたよ」

花は完成したお手製のポスターを披露する。美少女フィギュアが棚を埋め尽くし、うさぎとネコのぬいぐるみで床が埋まっている。あとは好きな漫画やラノベの置かれた本棚が描かれている。

花も飾られていた。

「オタク趣味全開の部屋だな」

「オタクだもん」

「花とピンクのカーテンや絨毯が女の子の部屋って感じもするね」

「女の子だもん」

花はポスターを机の前の壁に貼る。自分の理想の部屋にいる感じで仕事するわけだ。

「アトリエって大事だよ。好きなものに囲まれてると気分が良くなるしアイデアが浮かびやすいんだよね。ワンピースの尾田先生も好きなものに囲まれてるし。スクラップブッキングなんだよ」

「スクラップブッキングって?」

「子供の頃、箱に好きなものを詰め込んでたでしょ?その箱を眺めてると物語のアイデアや独創的な世界観が思い浮かぶの。自分の好きなもの同士がくっついて新たな世界観が創られて物語が生まれるんだよ」

「へ〜、なるほどね」

「好きな雑誌の気に入ったページを切り抜いてノートに貼ったりするのもスクラップブッキングだし写真やチケット、手紙などの思い出の品を、美しく装飾しながらアルバムにまとめていく創作活動もスクラップブッキングだよ。漫画制作の資料にもなるから超便利♩まんが道でも才野茂くんが西部劇の資料を貼り合わせたノートを持ってたよ。満賀道雄 《まがみちお》くんに貸してあげるんだよ。それにしても才野茂ってすごい名前だよね。才能が茂るだよ?藤子不二雄A先生から見たF先生は天才だったんだよ。A先生も天才だけどね」

花はまんが道について熱く語る。漫画家のバイブルまんが道の主人公満賀道雄のモデルは作者の藤子不二雄A先生で才野茂は藤子不二雄F先生だ。オレもかなり読み込んだので知っている。

夏野はあごに手をそえる。

「理想の部屋を描いてポスター貼るの俺様もやってみようかな」

「絶対やったほうがいいよ。天井が高いといいアイディアが浮かぶっていうから空の絵も描いたんだ。天井に貼るの手伝ってくれる?」

「おやすい御用だぜ」

「ありがとうなぎ♩」

花は夏野に肩車してもらい空のポスターを天井に貼っている。

「尾田先生の家が天井高いんだよ。テレビでやってた。天才の真似をどんどんしていくべきなのさ。花は冨樫先生の本棚にあったのと同じ本もそろえたよ。エアギアとドラゴンボールとかの漫画もね。ジャンプ流で画面に本棚映ったんだよね〜」

「天才と同じ部屋にしたら天才になれる説?」

「まったく同じにする必要はないけど、いいところは真似して自分の趣味で固めていくといい結果が得られるかもね」

成功者と同じような部屋で過ごせば成功者になれる?そんなに簡単にいくだろうか。しかし、いまはワラにもすがりたい。オレは自分の趣味全開の理想の部屋のポスターを制作した。

絵画が好きなので名画で埋め尽くされた部屋だ。彫刻などもある。

「いいじゃん。美術館みたいな部屋だね」

「正解だ。美術館に住みたいと思ってた」

「ぼくはお化け屋敷に住みたいと思ってたからそのイメージだよ」

妖怪フィギュアが並んでいる。妖怪のぬいぐるみもある。ひとつ目小僧、カッパ、ぬりかべ、からかさお化け。

ガイコツの標本もあった。照明も暗い。

「俺様はトレーニングルームに住みたいぜ」

夏野は筋トレマシンや鉄アレイの転がった男臭い部屋を描いた。壁にはマッチョ男のポスターが貼ってある。

「なんかちょっと気分が良くなったな」

「でしょ?好きなものに囲まれるって心にいい影響あるんだよ」

「さすが天才美少女漫画家だぜ。サンキューベイビー」

「どういたしまして♩」

なごやかに会話していると幻冬斎先生がくしゃくしゃにした原稿用紙を投げ捨てる。鼻を噛んだティッシュも丸めて捨てる。消しゴムの消しカスも机の下にこぼす。あいかわらず生活態度悪い。オレと幽暮で拾ってゴミ箱に捨てる。夏野は小さいホウキで消しゴムのカスをちりとりにはいて集めて捨てる。花は腰に手をあてる。

「幻冬斎おじいちゃん、お片付けは自分でしないとダメだよ」

「わしゃそうじはできん。お礼につまみやビールをやっとる。まんじゅうもな」

「自分で体動かすと運動になるし、今までやらないことをやることで脳に刺激が与えられて新しいアイデアが浮かんだりするよ?細かいゴミや埃に気づけるようになると漫画を描いてても細かいミスに気づけるようになるし。自分でやれば浮いたそうじ代を別のことに使えるし。他人のゴミを片付けさせられてみんな嫌な思いしてるのは確かだよ。おじいちゃんの鼻噛んだティッシュなんて誰も触りたくないし」

みんなで怒れる花をなだめる。

「花ちゃん、いいんだよ。幻冬斎先生は昭和の男なのさ」

「年寄りは頑固だからね。言っても聞かないさ」

「頭が硬いから新しいことをはじめられない。今まで通りの習慣を変えるのはストレスなんだ」

「一つだけ言えるのは、幻冬斎おじいちゃんはいまのままじゃ絶対ヒット作はだせないね」

「わしゃ、このままでええ。ここが落ち着くし好きじゃ」

幻冬斎先生は花の鋭い指摘もどこ吹く風だ。やはりここを終の住処にするつもりだ。白鳥出版にしてもそこそこ稼ぐ幻冬先生を抱えていても損はない計算だろう。

花はあきらめたのか黙って席に戻って絵を描き始める。今日はコピックペンを使って花束を抱えた少女のイラストを制作している。外注の仕事だろう。とても楽しそうだ。

オレは彼女の横顔に見惚れてしまう。目があったので慌てて目をそらしデッサンの練習をはじめた。モデルは花だ。小学生の頃、隣の席に好きな女の子の横顔を描いていた記憶が蘇る。

あの絵を渡したら彼女はどんな顔をしただろうか。淡い初恋の思い出に浸りながら絵を描き続けた。


参考文献 「スクラップブッキングとは?ブームの理由や歴史、魅力を解説」ネット記事

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