究極の缶詰
オレのペンネームは桜春太。21才漫画家である。
現在、絶賛カンヅメ中である。カンヅメとは出版社が文豪や漫画家の原稿が完成するまでホテルや旅館に拘束する行いだ。ふつうはホテルや旅館が一般的だが、オレがいるのは刑務所だ。
女にだまされて2億円の借金を背負ったオレはヤクザに海に沈められる寸前で白鳥出版編集長の白鳥さんに助けられた。白鳥さんは出版社で2億円を肩代わりしてくれた。
2億円の借金を返済するためにオレは漫画を描いている。その場所が白鳥出版の地下にある刑務所を模倣した牢獄である。借金に苦しんでいる見込みのある漫画家を閉じ込めてヒット作が出るまで出所させないルールだ。監禁罪にあたるむちゃくちゃな企画だが、白鳥さんは莫大な財力で実現させた。
オレのほかには3人いてボーダー柄の囚人服に身を包み息が詰まるような毎日を送っている。
与えられるのは机と座布団と原稿用紙とえんぴつとペンだ。消しゴムや羽ぼうきや定規とかもある。画材は足りなくなれば補充してくれる。パソコンやネットなどはなくデジタルではなくアナログで漫画制作を行わないといけない。外部との接触は完全に禁じられている。外部から依頼されたアシスタントの仕事やイラスト作成の仕事をこなせば小遣いは稼げる。そのお金で好きなものが買えた。
借金返済に充てるのもありだ。
参考資料などは図書室にあるものは自由に使っていいが、ないものは小遣いを稼いで買うしかない。
運動は階段で屋上まで登ると運動場が用意されていた。
8階建てなので登るだけでいい運動になる。
1日のスケジュールは下記の通りだ。
【まんが刑務所のスケジュール】
「月曜日~金曜日」
起床 6:30
開房点検 6:50
朝食 7:00
作業開始 7:30
休憩(15 分) 9:45
昼食・休憩 11:50~12:30
休憩(15 分) 14:00
作業終了 16:30
閉房点検 16:50
夕食 17:00
余暇 17:30
仮就寝 19:00
消灯・就寝 21:00
「免業日」(土日曜日・祝日)
起 床 7:00
開房点検 7:20
朝 食 7:30
免業日は作業なし
終日、余暇時間
昼 食 12:00
免業日は作業なし
終日、余暇時間
閉房点検 16:50
夕 食 17:00
余 暇 17:30
仮就寝 18:00
消灯・就寝 21:00
作業は漫画制作のことだ。原稿制作以外にも絵の練習や最新の漫画研究、アイデアを考える、外注されたアシスタント仕事やイラスト制作なども含む。
風呂は夏は週3回、冬は週2回で15分しか入れない。ブザーがなって入浴終了を知らせてくれる。カミソリでヒゲを剃ったりできる。髪を伸ばすことやヒゲを伸ばすことは禁じられている。
夜寝る時はオレンジの蛍光灯で寝ている。自殺防止のため布団を頭までかぶって眠るのは禁止だ。理髪は2ヶ月に一回だ。夜は20〜30分に1度は巡回がある。
俺は過去にラブコメ漫画でヒットを飛ばしたことがあるが、それ以降は鳴かず飛ばずの一発屋だ。16才で連載を持ち19まで連載していた。かなりの金額を稼いだがすべて遊興費に使い果たし残りは飲み屋の女にだまし取られた。まんが刑務所に入ってはや2年。完全にくすぶっている。
白鳥編集長は白鳥出版の御曹司でいずれは3代目社長になる男だ。敏腕編集長でオレの作品をヒットに導いてくれたのも彼だ。必ずや恩に報いたい。
完成した作品は白鳥さんが見てくれる。みんな提出しているが、いまだお眼鏡にかなう作品はない。
オレも最初はがんばっていたが、最近はまんがのアイデアすらも思い浮かばない。
ゴロンと畳に横になる。同房の囚人たちはカリカリとペンを走らせている。
みんなヒット作を出して出所するために必死だ。1人をのぞいて。
小太りの白髪の老人のペンネームは遠山幻冬斎
入所5年目となる御年70才のベテラン時代劇漫画の巨匠はヒット作を出すことを諦めてちまちま描いている。作風は劇画調で昭和の時代は作品がよく映画化やドラマ化されていた。時代の流れか今はさっぱり売れなくなったが、ファンがついているので単行本を出せばそこそこ売れる。博打でこさえた3000万円の借金を返すのは生きている間は無理だが、好きな漫画を描いて死ねるならそれで本望なんだろう。たまにイラスト仕事を受けて小遣いで酒やおつまみを買って飲んでいる。
悠々自適で楽しそうだ。
ほかにホラー漫画家の秋月幽暮とバトル漫画家の夏野海がいる。
秋月は大きな丸メガネに色白で細くてガイコツのような風貌をしている。
夏野はマッチョだ。色黒でよく筋トレをしている。
秋月は株でしくじった5000万円と夏野は不動産投資で失敗した8000万円の借金を抱えている。入所3年。2人とも一発屋で二発目を狙っていた。
夏野がヒョイっと秋野の原稿をのぞく。秋野は原稿を体で隠す。
「いまアイデアを書き留めてるんです。観ないでください」
「俺様がパクると思ってんのか?てめえのクソつまんねえアイデアなんかパクるわけねえだろ!」
「アイデアがひとつも思い浮かばない人に言われたくないですね。もう才能枯れてんじゃないすか?」
「あおびょうたんがよくもいいやがったな!」
2人はとっくみあいのケンカをはじめる。幻冬斎先生はまったく無関心で没にした原稿をくしゃくしゃにして放り投げる。部屋には没原稿が散らかっている。片付けるのはオレたち若手だ。
頑固一徹で家事を一切してこなかったであろう幻冬斎先生はそうじをしない。散らかしっぱなしだ。図書室から借りてきた本はその日のうちに返却しないといけないが、それもオレたちが返却している。しかし、はるかに年上でありレジェンドなのでオレたちはなにも言えない。
お礼に酒やつまみを少しくれるがそんなにうれしくはない。
みんなストレスを溜めこんで部屋の空気は殺伐としていた。
刑務官役の編集者が飛び込んできてケンカを止める。2人ともしょっ引かれて独房行きになった。3日ぐらいで帰ってくるだろう。この前、夏野の貧乏ゆすりに秋月がクレームをつけてケンカに発展した時も懲罰は3日だった。その間は部屋が広くていい。
3日後、2人は独房から戻ってきた。目も合わせない険悪な雰囲気だ。部屋の空気は最悪でみんなストレスを溜めこんで殺伐としていた。最初の頃は互いのヒット作を褒め合ったりしてわきあいあいとしていたが、最近は私語もなく希望もない。オレも最初はヒットなど簡単に飛ばせると思っていたが現実はうまくいかず、一生、この牢獄から出られないかもしれないという恐怖と絶望に心を支配されている。壁にもたれかかり体育座りしたオレは灰色の壁を眺めた。
参考文献 NPO法人マザーハウス 刑務所の暮らし




