遺された「絆」と、魂を導く「銀の杖」
その時、小屋の扉が勢いよく開いた。
「ミーナ! いるのかい!」
現れたのは、村の農夫たちや、近所のおばさんたちだった。彼らは終の姿に驚きながらも、ミーナを心配して駆け寄った。
「すまない、ミーナ。ラウルが……あんたの親父さんが、俺たちに言ってたんだ。『もし俺に何かあったら、ミーナを頼む』って。あいつ、数ヶ月前から自分の畑の権利を村に譲る代わりに、あんたの成人までの生活を保証してくれって、村長と契約してたんだよ」
農夫の一人が、涙を拭いながら続けた。
「あいつは、自分が死ぬことを分かってた。だから、必死に頭を下げて回ってたんだ。……俺たちも、あいつには恩がある。ミーナ、あんたを一人にはさせないよ」
それを聞いたラウルの霊が、呆然と呟いた。
「……そうか。俺は、もう……。あの子を信じて、任せていいのか」
終はラウルの隣に立ち、彼にだけ聞こえる声で告げた。
「あなたは、不器用ながらも最高の父親でした。……あなたが遺したのは、金銭ではなく、彼女を包む『縁』という名の財産です」
ラウルの顔から、すべての苦悩が消えた。
彼は、泣きながら村人たちに抱きしめられている娘を見つめ、満足げに深く、深く頷いた。
「さて。……お別れの準備はよろしいですか」
終は銀の杖を高く掲げた。
小屋の中に、数多の光の粒が舞い踊る。それは現世での葬儀で見られる、どの花吹雪よりも美しかった。
「結城 終、謹んで引導を渡します。……お父さん、あなたの旅路が光に満ちたものでありますように」
ラウルの身体が、まばゆい光に包まれていく。
「ありがとう、葬儀屋……。……ミーナ、元気でな。お前は、俺の自慢の娘だ」
最期の言葉は、風に乗ってミーナの耳に届いた。
「……お父さん! ありがとう! 私、頑張る、頑張るから! 」
光はゆっくりと天へ昇り、透き通った青空の中へと溶けていった。
聖域の光が消え、小屋の中には再び静かな時間が戻る。しかし、そこにはもう、死の澱みはなかった。
翌朝、村人たちが見守る中、丘の上に新しい墓が作られた。
ミーナは、終から贈られた「枯れない白い花」をその前に供えた。
「お兄さん、ありがとう。私、お父さんの分まで、しっかり生きるね」
「ええ。お父様は、あなたの笑顔が一番の供養になるとおっしゃっていましたよ」
終は、そう言い残して村を後にした。
村人たちが彼にお礼をしようと振り返った時には、黒いコートの背中はすでに街道の霧の中に消えかかっていた。
亜神としての最初の仕事。
報酬は、村でもらった一袋の干し肉と、父娘が交わした最期の笑顔。
「……葬儀屋というのは、やはり割に合わない、しかし最高に清々しい仕事ですね」
終は銀の杖を軽やかに回すと、また次の「未練」が待つ場所へと、迷いのない足取りで歩みを進めた。
二十歳の身体に、百二歳の心。
異世界の空に、新しい葬儀屋の歌が響き始めていた。




