琥珀の村の異変
異世界に降り立ってから、三日が過ぎた。
結城 終は、かつての現世では考えられなかったほどの健脚で、未舗装の街道を歩いていた。二十歳の肉体というのは、これほどまでに軽いものだったか。百二歳で人生を閉じた時の、鉛のように重かった四肢の記憶が、今では遠い夢のようだ。
「……おや」
終は足を止めた。
街道の先に、琥珀色の麦畑に囲まれた小さな村が見えてきた。のどかな風景だ。しかし、葬儀屋として一世紀を過ごした彼の直感――そして亜神として授かった霊的な視覚が、その村の一角に漂う「澱み」を捉えた。
村外れの一軒家。そこだけが、周囲の生命力から切り離されたように、どす黒い静寂に沈んでいる。
「死の匂い……。それも、ひどく未練の強い、湿った匂いですね」
終は銀の杖を軽く突き直し、迷うことなくその家へと歩を進めた。
家の前には、一人の男が立ち尽くしていた。
四十代半ばだろうか。日に焼けた肌、逞しい腕。農夫として実直に生きてきたことが窺える男だ。だが、その身体は背景が透けて見えるほどに希薄で、足元は地面から数センチ浮いている。
男は、家の窓から中を覗き込み、悲痛な顔で拳を振るっていた。
「違う、ミーナ! そんなことしなくていいんだ。頼む、誰か、あの子を……あの子を助けてくれ!」
男の叫びは、通り過ぎる風にさえ混ざることなく、虚空に消えていく。
終は男の数歩手前で足を止め、静かに帽子を取った。
「こんにちは。……いい天気ですね、お父さん」
男――ラウルは、弾かれたように振り返った。その瞳が驚愕に見開かれる。
「……え? お前、俺が見えるのか……?」
「ええ。はっきりと。そして、あなたの叫びも、しっかり届いておりますよ」
終は穏やかな笑みを浮かべた。その二十歳の若々しい顔立ちに、百二歳の老人が持つ深い慈愛が同居している。その奇妙なアンバランスさが、ラウルに得も言われぬ安心感を与えた。




