遺された銀の天秤
領主館での騒動が一段落し、結城 終が旅立ちの準備を整えていた時のことだ。長男ヴィンスが、かつての傲慢さを脱ぎ捨てた、どこか憑き物が落ちたような顔で終の前に現れた。その手に握られていたのは、使い込まれた黒い革張りの小箱だった。
「これは、母上が生前、肌身離さず持っていた天秤だ。……我が家に代々伝わる宝具らしいが、私にはこれを使いこなす度量も、持つ資格もない。旅の葬儀屋、あんたに預かってほしい。母上の最期を救ってくれたあんたなら、これを正しく導いてくれるはずだ」
終が箱を開くと、そこには月光を固めたような鈍い輝きを放つ、銀製の天秤が収められていた。左右の皿には何一つ載っておらず、奇妙なことに、終が指を触れた瞬間、天秤の支柱に刻まれた古い紋様が淡く発光した。
終が王都への街道を歩きながらその天秤を改めて観察すると、二十歳の若々しい指先を通じて、第一夫人の温かくも切ない魔力の残滓が流れ込んできた。
「……なるほど。これは物の重さを量る道具ではありませんね。魂の均衡、すなわち人生の『納得』を測るための天秤ですか。ヴィンス殿、とんだ業物を預けてくれましたね」
終の背後で、案内役の光の玉がひょっこりと現れ、激しく明滅した。
『それ、神代の遺物の一種だよ。亜神である君の力が通れば、死者の未練だけでなく、生きている者の「本音」を暴き出す強力な葬具になる。君がこれから出会う、複雑に絡み合った魂を整えるには、うってつけの道具さ』
「ふふ、私の仕事は暴き出すことではありませんよ。乱れた旋律を、最期の一音まで美しく整える。それが葬儀屋の矜持です」
終は天秤を鞄の奥深く、一〇二年の人生で守り抜いてきた数珠の隣に収めた。
王都へと続く街道は、豊かな農村地帯から次第に石造りの壮麗な建築が並ぶ都市圏へと姿を変えていく。だが、人の数が増えるほどに、終の鼻を突く「隠匿された悲鳴」の臭いは強まっていった。
特に、王都の最高学府である学院の方角から漂ってくるのは、若者特有の青臭い情熱ではなく、鋼鉄のように冷たく、重苦しい沈黙の魔力だった。
「……さて。王都の門が見えてきました。あちらには、お母様の期待という名の鎧を着込んだ、不器用な次男殿がいらっしゃるはずです」
終は銀の杖を軽やかに一突きし、巨大な城門を潜った。




