歪な名門
結城 終が辿り着いたのは、運河が血管のように街を巡り、陽光に石畳が輝く瀟洒な領都だった。行き交う人々は皆、質の良い服を纏い、領主の善政を称える声が至る所で聞こえてくる。だが、その繁栄の象徴であるはずの領主館――ローゼンベルク邸の門を潜った瞬間、終の肌にまとわりついたのは、鼻を突くような「精神の腐敗」の臭いだった。
「……表層をどれほど着飾ろうとも、死の影は隠せませんね」
終が館の庭園を進むと、静寂を切り裂くような罵声が響き渡った。
「この無能が! 私の靴に泥をかけたな! 平民の分際で我が身に触れるとは万死に値する!」
声の主は、この家の長男ヴィンスだった。彼は、怯えて平伏する庭師の頭を、容赦なく鞭の柄で小突いている。その瞳に宿っているのは、高貴な者の誇りではなく、自分より弱い存在を貶めることでしか保てない、歪んだ選民思想だった。
一方で、領主である父は、亡き第一夫人が愛したこの街を「完璧」にすることだけに没頭し、執務室に籠もりきりだった。彼は街を救う救世主として民に慕われていたが、その実、死んだ妻の面影が色濃く残る家庭からは、無意識に、そして徹底的に逃げ続けていた。
優秀な次男は王都の学院で「家名の誉れ」を一身に背負い、家には不在。残されたのは、選民思想に狂う長男と、それを止める術を持たず、ただ怯えるだけの後妻である第二夫人。
この館は、生きて動く人間が居ながら、その中身は五年前から時が止まったままの、巨大な棺そのものだった。




