境界の対話
次に目を開けたとき、終は驚きよりも先に、妙な納得感を覚えていた。
そこは、病室の天井でもなければ、冷たい棺の中でもない。
どこまでも続く黄金色の霞が漂う、温かく柔らかな光の空間だった。
身体は羽のように軽く、一〇二年生きた重みも、老いによる痛みも、すべて霧散している。
「……おや、ここは『あちら側』の待合室でしょうか」
終は独り言を呟いた。
葬儀屋として、死後の世界については宗教ごとに様々な説を学んできた。だが、これほどまでに安らぎに満ちた場所は、どの経典にも記されていなかった。
すると、目の前の空間が波立ち、ソフトボール大の光の玉がふわりと現れた。
光の玉は、生き物のように規則正しく明滅しながら、終の周りをいたずらっぽく一周する。
『やあ。目覚めたかな、結城 終』
声は頭の中に直接響いてきた。若者のようでもあり、老人のようでもある。
「はい。おかげさまで、非常に心地よい目覚めです」
終は、相手が姿を持たぬ存在であっても、丁寧な一礼を忘れない。
『君の人生の善性は、実に心地よい響きを奏でているね。……例の氏神から、君にはくれぐれも失礼のないようにと念を押されているんだ。君には、その資格がある』
「資格、ですか?」
『そう。このまま成仏して、穏やかな輪廻の輪に戻ることもできる。だが、一つ提案があるんだ。君、もう一段上の位階を目指してみないかい?』
光の玉が、終の目の前でぴたりと止まった。
『別の世界。そこでは、魂が正しい場所へ還れず、悲しみのうちに彷徨っている。君のように、死と生を等しく慈しみ、終わりを尊ぶ心を持つ者にしかできない仕事があるんだ。……迷える魂を導く、あちらの世界での「おくりびと」になってはくれないか?』
終は、しばし沈黙した。
一〇二年。十分すぎるほど働いた。十分すぎるほど愛された。
だが、神が言う「迷える魂」という言葉が、葬儀屋としての彼の魂を、微かに震わせた。
「……私に、まだ誰かの人生の締めくくりを手伝うことができるというのであれば」
終は微笑んだ。その微笑みは、一〇二年の慈愛に満ちていた。
「謹んで、お引き受けいたしましょう」
『決まりだ! その言葉を待っていたよ』
光の玉が激しく明滅し、空間全体の黄金色が強まった。
終の身体を、凄まじいエネルギーが奔流となって駆け巡る。
『種族は「亜神」。身体は、君が最も生命力に溢れていた二十歳の頃のものに再構成する。……もちろん、君が培ってきた葬儀屋としての「誇り」と「記憶」は、そのまま君の力となるだろう。……さあ、新しい人生の始まりだ、おくりびと!』
眩い光がすべてを飲み込み、終の意識は再び深淵へと沈んでいった。




