第6話:触れる夜、ふるえる火
その夜、風が強くなった。森の木々がざわめき、小屋の外壁をかすかに軋ませる。
ライアは義手を外し、火のそばに置いていた。肩の付け根がわずかに痛むが、カイルの煎れたハーブティーがそれを和らげてくれる。
「今日は静かですね」
そう言ったカイルは、火を見つめながら毛布を肩にかけていた。ライアも小さくうなずく。
「この森は、嵐の前ほど静かになる。だが、今夜はそうではない」
「じゃあ、安心して眠っていい夜、ってことですね」
ライアはそれに答えず、ただ炎を見つめた。しばらくの沈黙の後、彼女がぽつりと呟く。
「私は・・・ずっと、こうして誰かと火を囲むことを避けていた。傷を見られるのが嫌だったし、誰かと寄り添うことが、怖かった」
カイルは言葉を挟まず、ただ耳を傾けた。
「でも、今は少しだけ・・・温かいと思える」
その声に、カイルはそっと自分の膝の上に広げた毛布の端を、ライアの肩にかけた。
「触れても、いいですか?」
ライアは驚いたように彼を見たが、やがて、こくりと頷いた。カイルの指が、彼女の左手──義手ではない手に、ゆっくりと重なる。
その温もりは、恐ろしくなるほど優しかった。
「僕も怖いです。嫌われるのも、拒まれるのも。でも、嘘つかないって決めてるんです」
ライアは目を伏せる。かつて剣で触れた無数の命。だが、自分の心だけは、誰にも触れさせなかった。
「私は、不完全だ」
「じゃあ、僕が足りないところを埋めます。きっと、あなたの一皿のように」
火がぱちりと弾けた。ライアはふと微笑み、彼の指を強く握り返した。
この夜、初めて“心の体温”が、ふたりのあいだに確かに通った。