第3話:鍋と木刀
ライアは、居間の隅に置かれていた木刀を手に取った。それはもう使うことのない“記念品”だったはずだが、今日は意味が違った。
「どうせ動けないなら、体でも鍛えておくといい」
カイルは素直にうなずいたものの、まさか木刀を持たされるとは思わなかったらしく、苦笑した。
「えっと・・・護身術ってことですよね?」
「それ以外に何がある」
ライアは義手の右腕で木刀を振ってみせた。その軌道は静かで、だが鋭かった。カイルはそれを見て、思わず息を呑む。
彼女の動きは、今でも美しかった。一振りでも、達人であることがわかる。
「まず、構え。足を少し開け」
「こ、こう・・・ですか?」
ぎこちない動作に、ライアは背後からそっと彼の手首と腰に触れる。義手の指が冷たかったが、どこか包み込むような優しさがあった。
「違う。重心が浮いている。料理のときと同じだ。重みを下に、芯に置く」
「なるほど!」
数度の打ち込み稽古のあと、カイルは木刀を置き、額の汗をぬぐった。
「疲れたけど、ちょっと楽しいかも」
「甘く見すぎだ。戦うというのは、本来・・・」
言いかけたライアの言葉を、カイルが遮った。
「でも、ライアさんがそうやって戦ってきたから、今の僕がここにいる。そう思うと、少しでも近づきたいって思ったんです」
不意に、胸の奥に温かいものが灯った。
戦いに意味があるとしたら、それは今、その戦いに守られて、誰かが生きているということ。ライアはふっと息を吐いた。
「なら、代わりに・・・夕食は君が作れ」
「え、そこ!? いや、もちろん喜んで!」
その夜、鍋の中にはカイル特製の鶏団子スープが温かく煮えていた。