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冒険姫リーベ ~英雄の娘、冒険に出る~  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘リーベ
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008 弟子たち

手紙が来てから8日が経ったけど未だにおじさんたちは来ず、わたしは今か今かとやきもきしながら過ごしていた。


 それはそうと、今日は定休日だが、お店の仕事はちゃんとある。言い換えれば、次の営業日を迎えるための準備だ。お父さんは上階の掃除を。お母さんは食材の状態確認や設備の点検など、厨房回りを担当している。そしてわたしはホールの掃除を任され、現在は窓を拭いていた。


「う~ん!」


 背伸びをするも、高い所に手が届かない。わたしも成長期だから、そろそろ届いてもいい筈なんだけど……無念。

 仕方ない。椅子を使おう。そう思って視線を下ろすと、窓ガラスに大きな顔が張り付いていた。


「きゃああああっ!」


 ビックリして尻餅をつくと、窓の向こうから重低音の笑い声が響いてくる。


「だはは! 驚いてやんの!」


 それを聞きつけてか、お父さんたちがホールにやって来る。

 わたしが立ち上がると同時にカウベルが鳴り、入り口に例の顔が現れる。


「よっこいしょっと」


 身を屈めながらに入ってきたのは220センチはあるという巨漢だ。

 ヒグマのように隆々とした体付きをしていて、それにライオンのように大きく彫りの深い頭が乗っている。(いか)めしい出で立ちであるがしかし、陽気な笑みを浮かべているから恐ろしいという印象は相変わらずなかった。


 おじさんは軽く手を上きながら分厚い唇を割り開く。


「うっす」

「ようヴァール。元気そうでなによりだ」

「ああ。師匠の方こそ」


 2人は拳を突き合わせる。おじさんの拳が大きすぎて、まるで大人と子供がやっているように見えるが、両者ともに大人だ。さらに言えば、お父さんだって長身の部類に入るのだが……錯覚とは恐ろしいものだ。


「シェーンもリーベも元気そうだな!」


 おじさんが順繰りにわたしを見る。その小さな目には小バカにする風があり、ムカっとした。


「もお~っ! おじさんったら、びっくりさせないでよ!」

「はは! あんな脅かし甲斐のある格好でいるお前が悪いんだよ!」


 悪怯(わるび)れる事なくそう言い切った。


 わたしは悔しくて仕方なかったが、おじさんの背後から響く涼やかな声に(なだ)められる。


「いけませんよヴァール。それでリーベさんがケガをしたらどう責任を取るつもりですか?」


 おじさんの陰から線の細い青年が現われる。

 月光を編んだような金髪は儚く、端整な造りの顔には湖面に浮かぶ月のような、澄んだ瞳が収まっている。体格はやや長身の部類であるがしかし、隣にあのおじさんが立っているという事もあり、小柄に見えてしまう。そのせいか、彼の女性的な美貌がいっそう際立って見えた。


「すみませんね。ヴァールは相変わらずで」

「いいえ。お久しぶりです。フェアさん」


 彼は穏やかに目を細める。


「ご無沙汰しております」

「2人ともご無事の用で安心しました」


 お母さんの言葉に夫が続く。


「本当にな。それで? 例の弟子は何処にいる?」


 その言葉に思い出したわたしは注目した。


 2人が両脇に退(しりぞ)くと、そこには小柄な――わたしと同じくらい小さな男の子がいた。

 真っ黒なさらさらの短髪に、丸い輪郭の顔。首には赤いスカーフを巻いていて、まるで黒猫のようだ。彼はくりくりと愛らしい瞳で順繰りに見回し、お母さんに目を留める。


「…………」


 その美貌に見蕩れてしまったのか、瞳が恍惚(こうこつ)と潤む。


「ふふ、初めまして」

「っ……!」


 微笑まれると照れくさくなったのか、前髪とスカーフを掴んで(うつむ)いた。


 そのあどけない振る舞いにわたしは思わずきゅんとしてしまった……

 一方、お父さんは呆れとも驚きともつかない、間の抜けた声を漏らした。


「…………弟子って、コイツがか?」

「ああ……フロイデっつうんだが、人見知りが激しいんだ。まったく、ガキっぽくて仕方ねえ」

「ガキじゃない……!」


 フロイデくんが控えめに反論する。師匠であるおじさんに対しても若干ぎこちないようだ。

 肝心の説得力はというと……うん。まあ……うん。


「……そうか。俺はエルガー。それに嫁のシェーンと、娘のリーベだ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」


 改めて挨拶をすると、フロイデさんは伏し目がちに「……よろしく」と返した。

 一段落ついたところでおじさんが切り出す。


「それよか、バートのヤツから聞いたんだが――」

「それはひとまず、お茶を飲みながらにしましょう」

 

 お母さんが言うと、おじさんは「うっす」と目礼する。


 今日が営業日だったら話し合うどころか、挨拶すらままならなかっただろう。

 ラッキーと思いつつ、わたしはお母さんの手伝いに向かった。




 2つ連なった丸テーブルには茶と菓子、果物が並んだ。

 それを取り囲む面々は凹凸が激しく、風貌も一様でない。お茶会と呼ぶには奇怪もいいところだが、それでもお茶会だ。


「ふう……良い香りですね」

 フェアさんは陶然(とうぜん)と目を瞑り、カップから広がる香気を(たの)しんでいる様子。お母さんも同様で、なんかそれっぽいことを口にする。


「いただき物の茶葉なんですが、とても香りが良い品種だそうで」

「なるほど……繊細な香りがするわけで――」

「ずずずーっ!」

「もっもっもっ……!」


 おじさんはお茶をすすり上げ、フロイデくんは一心不乱にスコーンを頬張っている。楽しみ方はそれぞれだが、品の欠片も無かった。


「……申し訳ありません」

「いえいえ」


 お母さんがクスリと笑うと、カップを乾かしたおじさんが口を開く。


「そんで、剣を捨てたってのは本当なんか?」


 師に向ける瞳には深い理解と、敬愛ゆえの引き留めたい気持ちが見て取れた。それは同門であるフェアさんも同様だった。


「…………」


 弟子の眼差しを受け、お父さんは瞑目した。感情を抑えるかのように一服すると、時間を掛けて息を吐き出す。


「……そうだ」


 曲解の余地のない答えに弟子2人は溜め息をついた。


「そうかい。ま、師匠も若くねえんだし、けじめは付けるべきだよな」

「……悪いな」

「アンタの命に関わんだから、無理は良くねえよ」

「ヴァールの言うとおり、魔物は私たちに任せて御自愛ください」

「そう言ってもらえるとありがたい」

「これからは食堂だけに絞るんか?」

「そのつもりだ」


その言葉にわたしは深く安堵した。

 帰って来ないんじゃ……と不安になる夜も無くなるし、なによりずっと一緒にいられるのが嬉しかった。言葉には出さないけど、お母さんはわたし以上に大きな感動を抱いているに違いない。


「ところで、お前はどうして冒険者になった?」


 フロイデくんへ向け、お父さんが問い掛ける。すると彼は食べカス塗れのままきょとんとし、伏し目がちに答える。


「……えと、倒したい魔物がいるから」

「そうか……」


 その言葉を受け、お父さんは追求しようとはしなかった。むしろ、同情めいた目をして、少年を見ている。


 場は何となく気まずい空気が流れる。わたしは一服して誤魔化すけれど、茶は冷めていた。


「と、ところで、フロイデくんは何歳なの?」


 猫舌なのか、冷めているであろうお茶をふーふーしていた彼はビクリと肩を跳ね上げ、縮こまって答える。


「……じゅうろく」

「へー、16歳か……て、ええ⁉ わたしより年上⁉」


 彼が不服そうに茶を(すす)る傍ら、おじさんが大口を開けて笑った。


「だはは! やっぱりその反応か!」

「だ、だって――」


わたしと同じ背丈である事。彼が男性である事を鑑みれば、わたしよりも年下だろう。そう考えていたのだが、どうやら違ったらしい。

 どう取り繕ったものか、持て余しているとフェアさんが言う。


「ふふ、誰しもヴァールのようにわかりやすくはないと言うことです」

「そうだ――って、どういう意味だ!」

「そのまんまです」


 6人には広すぎる家に思われたホールには笑いに満ちる。わたしは口下を覆いつつも、ちらりとフロイデくん……さんを盗み見る。むっつりと口を閉ざしたまま茶を啜る姿は人見知りする幼子のそれだった。




 お茶が終わるなり、おじさんは言う。


「んじゃ、いつものアレ、やるか」


 意気揚々とドアへ向けて歩き出すが、お父さんが待ったを掛ける。


「悪いが、俺はもう引退したんだ。鍛練ならお前らだけで――」

「別に冒険に出るわけではありませんし、そのくらい、良いではありませんか?」


 お母さんが言うと、お父さんは頬を緩めた。


「そうだな……いや! いかん!」


 首を振って必死に堪えるのがかわいそうで、わたしは口を挟んだ。


「お母さんの言うとおりだよ! それに、『助言くらいはしてやる』って、自分で言ったじゃない?」

「うぬぬ……そうだな」


 お父さんが折れると、おじさんは「そうこなくちゃ!」と指を鳴らした。


「ご迷惑をおかけします」


 フェアさんが丁重に言う傍ら、おじさんがフロイデさんに言う。


「そういう事だから、フロイデ、師匠に情けねえとこ見せんじゃねえぞ?」

「うん……!」


 彼は「ふんすっ!」と意気込みを露わにする。


 男性陣が出て行くと、わたしたちは茶器の片付けに取り掛かる。

 しかしわたしは、みんなについていきたいという思いでいっぱいで、注意散漫になっていた。


「あ」


 カップがコテッと倒れて、テーブルに転がる。危うく落ちそうになるが、持ち手のお陰で事なきを得た。


「ふう……セーフ」


 安堵の溜め息をつくと、お母さんが言う。


「リーベもお父さんと一緒に行ったら?」

「……でも」


「片付けぐらいわたし1人で十分よ。いつもお手伝い頑張ってくれてるんだから、休みの今日くらい、羽を伸ばしてきたら?」


 優しい言葉にわたしは胸が疼くのを覚えた。


 お母さん1人に仕事を押しつけるのもアレだが、おじさんたちがいる期間は限られているのだ。

……逡巡(しゅんじゅん)の末、あちらを優先することにした。


「ありがとう、行ってきます!」



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