007 弟子からの手紙
ドンドン!
「んん……」
ドンドンドンドン!
「う~さい……」
「リーベ! とっとと起きねえと朝飯抜きになるぞ!」
「ごはん!」
こうして目覚めたわたしは慌ただしく身支度を調え、1階へ向かった。
朝食は弱ってきた野菜を片っ端から入れたラタトゥイユだ。
我が家では頻繁に出てくるメニューのひとつだが、毎度具材が変化しているため、飽きることはなかった。むしろ『今日はなんの野菜が入ってるのかな』と、楽しみでさえある。
ちなみに今日は、ナスやズッキーニといったオーソドックスなものに加え、セロリとカボチャが入っていた。
セロリは正直ちょっと苦手だけど、そこはさすがお母さん。上手いことあのイヤな風味を消していた。お陰で素直に料理を楽しめる。
「ふふ、おいし♪」
ふと、お父さんの食べっぷりに目がいく。
「はぐ……うぐっ…………!」
その勢いたるや、三日三晩なにも食べてこなかったかのようだ。
「……お父さん、ちゃんと噛んでる?」
「ごくり……ああ。栄養を無駄にはできねえからな」
「とてもそうには見えないけど……」
「お父さんは噛むのが早いのよ」
お母さんは困り顔で言った。視線を戻すと、お父さんは「見てろ」とラタトゥイユを頬張る。
目をこらして見ると、顎が素速く上下していた。
今まで気にしてこなかったけどのが不思議なくらい。
「ごくり……どうだ、凄いだろ!」
「う、うん……リスみたい…………」
驚愕していると、コンコンとノッカーが鳴った。お母さんが腰を浮かせるが、「俺が行く」とお父さんが出て行った。
大きな背中の陰には郵便屋の制服が見える。
「エルガーさんにお手紙です」
「おう、ご苦労さん」
サインをして郵便屋を見送ると手紙を確かめながら戻って来る。
「誰から?」
「んー……おっ、ヴァールからだ!」
お父さんは無邪気な笑みを浮かべた。
ヴァールおじさんはお父さんの一番弟子で、わたしは小さい頃からよく遊んで貰っていた。
「おじさん? ってことはこっちに来るの!」
わたしは嬉しくなってつい立ち上がった。
「さあな。開けてみないことにはわかんねえよ」
そう言いつつも、お父さんは手紙を開封することなくカウンターの上に置いた。
「えー! 開けないの?」
「飯が先だ」
お父さんは妙なところでしっかりしている。
「むう……」
「ふふ! さ、リーベもお父さんを見習って食事に戻りなさい」
「はーい……もぐもぐ」
早く手紙の内容が知りたくて、一心不乱に咀嚼した。
食べた後で気付いたのだけれど、わたしが早く食べ終わっても仕方ないよね?
顎の痛みに虚しさを感じつつも、お父さんの背後から手紙を覗き込む。
「こら! 人の手紙を覗くものじゃありません!」
お母さんはそう言うが、お父さんは笑って許してくれた。
「良いじゃねえか。どうせヴァールからなんだしよ」
「……あなたがそういうなら」
「やった! ――どれどれ」
紙面には筆圧が濃く、角張った文字が並んでいる。一画の初めには決まってインクが滲んでいて、昔ディアンさんに見せてもらった東国の文化『ショドウ』を彷彿させられる。
『師匠へ
察しているとは思うが、今度――多分この手紙が届いた、一週間後にそっちに行く。
理由はふたつだ。
ひとつは第三級以上の魔物が数を増やしている事。
もうひとつは、俺も弟子を取ったからだ。無愛想なヤツだが、素質は確かだ。期待していてくれ。
シェーンとリーベによろしく。以上』
事前に手紙を出してくるくせに、拝啓や敬具という語を用いない辺り、おじさんはおじさんだ。
「ほお……弟子か」
お父さんは愉快そうに口角を吊り上げた。
「ヴァールのヤツがここまで太鼓判を押すって事は、相当な逸材なんだろうな」
「では、やはりいらっしゃるのですね?」
お母さんもまた、声が楽しそうだ。
「ああ。1週間後だとよ」
「そうですか。じゃあ、お料理もたくさん用意しておかないといけませんね」
お母さんは立ち上がるが、わたしは未だ『弟子』という単語から目が離せないでいた。
おじさんに弟子が?
どんな人か気になって仕方ない。やっぱり男の人で、背が高くてがっしりとしてるのだろうか? 冒険者なんだもん、そうに決まっている。
「リーベ?」
お母さんに呼ばれてハッとする。
「……あ、なに?」
「食べ終わったんだから、ホールのお掃除をしておいてちょうだい」
「はーい」
道具を取りに行こうとした時、お父さんは言う。
「悪いが、俺は屋根裏の続きがあるから」
「ええ。わかっていますよ」
そんなこんなでわたしたちの日常が始まるのだった。