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046 同じ目線

 晴天の下、カナバミスライムの残骸はギラリと陽光を(ひらめ)かせていて、今こうして見ている間にもまた動き出しそうで恐ろしい。フェアさんが核を摘出したという事実を知らなければ、近寄ることも出来なかっただろう。


「ひえ……いつ見ても怖い……」


 わたしが(おのの)く傍らでフェアさんが「美しい……」と呟いた。


「はは……」

「フェアのセンスは、おかしい」


 フロイデさんが呆れた様子で呟く声はしかし、解体作業に参加していたボリスさんの声によってかき消された。


「ちくしょう! この前はよくもやってくれたな金属野郎!」


 そう吐き捨てながら彼は憎きカナバミへと蹴りを繰り出す。


しかし、相手は今や金属塊。その衝撃はそっくりそのまま彼に返って行ったようで――


「いっでえええええ!」


 ボリスさんが痛みにピョンピョンと跳ね回る姿を同行者の誰もが笑った。そんな愉快な空気の中、おじさんの野太い声が響く。


「おいおい。ここは宴会の場じゃねえんだぞ」


 その言葉に賑やかだった会場は落ち着きを見せた。


するとソキウスの騎手であるスヴェンさんが喉を鳴らし、一同に呼びかける。


「ごほん! えー、今日皆さんにお集まりいただいたのは見ての通り、カナバミスライムの残骸を積み込むためです。これからこちらでご指名した方にツルハシを振るっていただきますので、残る皆さんにはその収集をお願いします。もちろんのことですが、事故には注意していただいて――」


 その後も説明は続き、ようやく今、終わった。

 ツルハシを振るうことになったのはおじさんと、腕自慢のアレックスさんだった。


「んじゃ、始めるぞ!」


 おじさんの掛け声に「おおっ!」と、野太い声が無数に上がる。そんな中、フェアさんは端然とわたしに呼び掛ける。


「これは競技ではないので、余り無理をしないでくださいね?」

「はい」

「フロイデも」

「うん、わかった」


 そんなこんなで作業が開始された。


「どっこいしょ! どっこいしょ!」


甲高い音と火花を散らしてツルハシが金属塊を砕く。そうしてボロボロと崩れ落ちたものを抱えて歩き出すも、その重みにわたしは、自分が女の子であるのも忘れて大きく股を開いて奇妙な歩き方をせざるを得なかった。


「ぜえ……うへええ……何でこんなに重いの、持って来ちゃったんだろっ……!」


 これが1番小さかったはずなんだけどな……


「えっほ……! えっほ……!」


 わたしが喘ぎながら塊を運ぶ傍らを、フロイデさんは軽々と追い越していった。

 さすがは男の子だと感心させられるが、自分の不足を性差のせいにするのは良くない。

 わたしも彼を見習って、もっと頑張らないと……!


「えっっっほ……! えっっっほ……!」


 そうこうするうち、わたしはアデライドにつながれた荷車に金属塊を載せた。


「はあ……これでようやく1個か」


 ため息と共に零すと、3つ目を運んできたフェアさんが涼しい顔をして言う。


「腰を痛めないように気をつけてくださいね?」

「はい……あの、なんかフェアさん。いつもより元気そうですね?」


 心なしか肌つやが良い(いつも白磁(はくじ)のような肌をしているが)気がする。


「ええ。何せカナバミの解体という、貴重な体験が出来るのですから」

「そうですか……あの、カナバミの残骸って、何に使うんですか?」


 素朴な疑問を打つけると、彼は瞳に無邪気な輝きを(たた)え、語り始める。


「主に魔道具の核として使われますね」

「かく?」


「核とは金属板にルーンを刻んだ物で、謂わば魔道具の心臓です。これに魔力を流すことで魔法が発現する仕組みなのですが、並みの金属を核にしたのでは魔力の抵抗が大きく、効率が悪いんです。 

 一方、カナバミのものは抵抗が少なく、魔力を無駄なく扱えます。その為、大量の魔力を必要とするものや、長時間の使用が前提となるものにはカナバミのものが使われるんです」


「へえ……」

「あとは物によりますが、ロッドにも使われますよ」

「え? じゃあフェアさんのもですか?」

「ええ。実は私のロッドはカナバミを100パーセント使用して作っている物なんです」

「じゃあ、お値段も?」

「そうですね。リーベさんのスタッフが10本は買えるでしょうか?」

「じ、10本っ⁉」


 スタッフ1本でもかなりのお値段がしたのに、それが10本となると……とにかく大金が必要だろう。


「そんなお高いものだったんですか」

「ええ。昔はひとりで旅をしていたので、武器は最大限、良い物を持っておきたかったんです」 


 そう言うと彼は儚げな顔で北東の空を見上げた。


「フェアさん?」

「おおい、何サボってんだ!」


 振り返ると、おじさんが上着に染みた汗を絞りながらこちらに呼び掛けていた。


「おや、怒られてしまいましたね」


 フェアさんはくすりと笑うと「さて、仕事に戻りましょうか」と、カナバミの残骸へと向かい始めた。


 わたしは歯痒さを覚えつつも、その背中を追った。






 作業開始時には山のようにあったカナバミの残骸は、屈強な冒険者たちの手によって半日足らずで片付けられた。


わたしは当初この作業が丸一日か、ひょっとしたら数日に渡って行われるものだと思っていただけに嬉しくなったが、そんな感慨は途方もない疲労感によって流されてしまった。


「終わった~」


 固い地面でさえ、今では極上のソファに思える。そしてただの水が上等なジュースかに思えた。

 ごくごくと喉を鳴らし、潤していると、ふと周囲のみんなが同じことをしているのに気付く。


「お疲れさん」


 フェアさんに水を貰っていたボリスさんがわたしのそばに腰を下ろす。


「お疲れ様です。凄い汗ですね」


 彼の額は水を被ったかのようだ(もしかしたら本当に被っているのかもしれない)。


「リーベちゃんこそ――つうか、よく体力持ったな」

「ありがとうございます。でもわたしはみんなよりも運べてませんから」

「そう謙遜すんなって。ずっと鍛えてる俺らと同じ時間働けたってことは、それだけガッツがあるってことなんだしよ」

「ボリスさん……」


 彼ほど素直な人に褒めてもらえたものだから、わたしはちょっぴり誇らしくなった。

 はにかんでいると、背後からおじさんの声がした。


「俺の予想じゃ、途中でバテて見学になるはずだったんだがな。まったく、嬉しい誤算だ」

「えー、何それひどい!」

「ふふ、これもリーベさんの努力の成果ですね」


 フェアさんがくすりと笑う横で、フロイデさんがこくりと小さく頷く。


「リーベちゃん、頑張った」


 褒められるのは嬉しいが、こうも大勢に褒められると気恥ずかしさが勝ってくる。


「もおっ、そんな褒めないでくださいよ~!」


 そう言うと周囲を巻き込んでドッと笑いが起こった。それからしばし、賑々しい時が過ぎていったが、ふと音が止むと、反動であるかのように長い沈黙となった。


 なんともいえない間の抜けた一時を崩したのはスヴェンさんの一言だった。


「さて、皆さん。本日は力を貸していただき、ありがとうございます。報酬金についてはギルドの方にご用意してありますので、各々ご都合の良いときにお受け取りください」


『報酬金』と聞いてみんな盛り上がった。スヴェンさんは微笑んでそれを受け止めつつ、続ける。


「自分はこれを納めなきゃならないのでお先に失礼します。皆さんは冒険者なので大丈夫でしょうが、どうぞご安全に。それじゃ、失礼します」


 そう言い残すと回れ右して相棒に向かっていく。わたしは慌てて立ち上がり、彼を追いかける。


「あ、待ってください」


 スヴェンさんはわたしを一瞥(いちべつ)すると、続いてアデライドの方を見て「少し撫でてやって」と言ってくれた。彼の許しを得たわたしは愛しのアデライドをモフり、鼻先を突き合わせて別れの挨拶とする。


「バイバ~イ!」


 スヴェンさんたちがテルドルに帰って行くと、冒険者たちも解散となった。


「お疲れ」

「あ、お疲れ様です」


 今や同業者となった人たちと挨拶を交わすのはなんだか不思議な心地がした。


「俺は先に帰るからよ、リーベちゃんも気をつけてな」


 声の主はボリスさんだった。


 その言葉に、わたしたちは帰らないのだろうかと疑問に思った。


 おじさんたちを見やると、3人は未だ腰を下ろしていて、何やら談笑していた。


 おじさんと目が合う。


「お、リーベ。俺たちはもう少し休んでから帰るぞ」


 それは考えるまでもなく、わたしの体力を気遣っての判断だろう。


「うん、わかった――それじゃ、ボリスさん。お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ」


彼を見送ると3人の輪に交じり、話し始めた。


「今までお客さんだった人と『お疲れ』を言い合うのって、なんか変な感じしますね」

「ちょっと、恥ずかしい」


 フロイデさんの言葉にフェアさんが頷く。


「確かに、挨拶が変わるのは少々気恥ずかしいものではありますよね」

「でもそりゃ、つまりお前が冒険者として認められてるってことだ」


 おじさんが腕を組んで断言する。


……確かに、わたしが未だ食堂の娘として見られていたら挨拶よりも先に体調を気遣われたことだろう。それがないということはつまり、ひとりの冒険者として見てもらえているということだ。


「そっか、わたし、認めてもらえたんだ」


 その事実を口にした途端、わたしは報われた気がして、胸の奥が熱くなった。






 長い長い坂道を登っていくことしばらく、わたしの目の前にはテルドルの北門が表れた。


「ああ、やっとだ……」


 わたしは長年、離ればなれでいた恋人と再開したような、そんな感動的な気持ちになった(恋人なんていた例しがないけど)。


「お帰りなさい」


 その声に顔を上げると門番のヨハンさんの姿があった。彼は他の門番さんと同様に親しくわたしたちを迎えてくれて、その笑顔に『帰ってきたんだな』と実感させられた。


「た、ただいまです……」

「はは、今門を開けるからね」


 彼は「開けるぞー」と向こう側に呼びかけると、門扉を外側に引っ張り、解放した。するとその隙間から内側を護るライツさんの姿が現れる。


「お帰り。みんなで最後か?」

「は、はい……ぜえ」


 喘ぎながら答えると、ライツさんは笑い、おじさんに問い掛ける。


「午後はどうするんですか?」


 そう言えば確かに、どうするんだろう?

 疑問に思っておじさんとフェアさんの会話を見守る。


「そうだな。休みにすっか」

「今日はたくさん動きましたし、それが良いでしょう」

「そう言うことだ」


 ライツさんとわたしとを交互に見ながら答えた。


「へえ、じゃあこれから風呂と酒ですか」

 その言葉にフロイデさんがピクリと震える。

「お風呂もお酒もきらい……」

「損な性格してるな」


 門番2人が顔を見合わせて笑う中、おじさんたちはわたしを見た。


「つーわけで、今日はここで解散だな」

「うん――あ、そうだ。休みなのは良いんだけど、新しいスタッフはどうするの?」


 この問いに答えたのはフェアさんだった。


「それはまた明日にしましょう」

「わかりました……」

「残念ですか?」

「はい、ちょっとだけ」

「はは! 明日なんてすぐにやってくんだから、気長に待つことだな。んじゃ、俺たちはこれから報酬受け取りに行くから、お前の冒険者カードを貸してくれ」

「あ、うん」


 ガサゴソとポーチを探って手渡す。


「折り曲げたりしないでよね?」

「しねーよ」

「わからないよ。おじさん、握力強いんだから」


 わたしが冗談半分に言うと、フロイデさんが「ヴァールはクルミも握り潰せる」と付け加えた。

 お陰で冗談が冗談として成立しなくなり、場は不穏な空気に包まれた。


「……俺ならやりかねねえな」

「では、私が預かることにしましょう」

「そうしてくれ」


 おじさんはカードを相方に預けると、門番2人の方へ向き直り、彼らの頭を鷲掴みできそうなほど大きな手を持ち上げる。


「んじゃ、俺らは次行くから。サボんなよ?」

「サボりませんよ」

「テルドルの平和が掛かってますから」


 答えつつも、2人の視線はこちらに向いていた。2対の黒い瞳には溌剌とした煌めきが宿っており、それが希望によるものだと、わたしには直感できた。


 彼らの希望の一部にわたしもなれたのだろうか? 


 そんな問いが心を浸していくが、彼らの視線に、わたしは自分の献身にも意味があったのだと確信できた。これからもそうであれるように頑張ろう。




「んじゃ、ゆっくり休めよ」

「うん。また明日」


 口々に挨拶を交わすとわたしたちは中央広場を東西に別れる。


 わたしは太陽を視界の上方に捉えると、痛む太ももにを(なだ)めつつ歩き始めた。


 すると視界の奥に荷車を()く男性の背中が見えた。荷車との対比のせいか、その背中は小さく、どこか哀愁を感じさせられた。


「あれは……ダルさん?」


 荷車なんて曳いて、どうしたのだろうか?


 素朴な疑問を抱くが、わたしと彼ら夫妻の関係上、気安く話しかけるのはためらわれる。


「…………」


いや、そうやって距離を置くことの方がいけない。理屈ではなく、人情として。

 だからわたしはその背中を追いかけ、親しく挨拶をした。


「こんにちは、ダルさん」

「……リーベか」

「荷車なんて()いて、珍しいですね。何か器具でも買ってきたんですか?」


 彼は一瞬沈黙した後、「カナバミをな、買ってきたんだ」と呟くように答えてくれる。


「……お前が倒したんだってな」


 ダルさんの方から話題を振ってくれるなんて思いもしなかったから一瞬とまどってしまうが、すぐさま返答する。


「は、はい。なんとか」

「そうか」


 呟いた後、再び沈黙する。口を閉ざしたものの、この場を立ち去るワケでもなく、じーっとわたしを見つめている。その落ちくぼんだ瞳はいつ見ても不機嫌そうで、わたしは叱られているような心地になった。


 やましい事などないはずだけど…………そう思った時、わたしは彼に謝らなければならないことに気付いた。


「あ、そうだ。あの、ダルさん……」

「なんだ?」

「この前スーザンさんのお店で買ったスタッフなんですけど、カナバミとの戦いで壊しちゃって……」


 申し訳なさが募り、言葉尻が消え入る。恐る恐るダルさんを見上げると、呆れた風な顔をしていた。


「たく……せっかく作ってもすぐ壊されんだから。鍛冶屋は報われねえよ」

「ご、ごめんなさい……」


 謝ると彼はため息をついた。この状況で出来ることと言えば、粛々と返答を待つくらいだろう。


「…………」


 黙ってからどのくらいの時間が経過しただろうか? 体感では一分ほどだ。緊張に鼓動は早まり、体温が上がり、喉が渇く。こんな状態でいられるのは精々あと数秒だろう。何か言ってくれないかな? と、謝罪の気持ちはどこへやら、そんなことを思ってしまう自分が恥ずかしかった。


「残骸は?」


 突然言われたものだから「へ?」と間抜けな声が零れる。


「スタッフの残骸は取ってあるか?」

「は、はい! ちゃんと大事に取ってあります!」

「そうか。これから〘エーアステ〙の前を通るから、そんときに持ってこい」

「わかりました。……あの、残骸は何に使うんですか?」

「使えそうな部分はワンドとか、他の武器に再利用する」

「なるほど……確かに、捨てちゃもったいないですもんね」

「まあな」


 そう言って会話を断ち切るとダルさんは歩き始めた。一方でわたしは、これ以上彼の足を止めないで済むよう、〘エーアステ〙に先回りし、スタッフの残骸を持ち出した。


 そうして店の前に戻ると、ちょうどダルさんがやって来た。


「あの、これなんですけど……」


 麻袋の口を開いて見せると、彼は無言で覗き込んだ。

 スタッフの柄は玉台の付け根あたりでへし折れ、珠は大きく3つに割れてしまっている。それを改めて確認すると、相棒を悼む気持ちで胸がいっぱいになった。


「ごめんなさい……」


 物とその制作者、両方に謝ると制作者であるダルさんは「この程度ならいくらでも潰しが利く」と言い捨て、袋を受け取った。わたしは彼の言葉に安堵しつつ、彼ならばまた素敵な武器に仕立ててくれるだろうと嬉しくなった。


「よろしくお願いします」


 頭を下げると、彼は「ああ」と短く返して歩き出した。

 重たそうに荷車を曳いていくその背中は、先ほどよりも健康的に映った。



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