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039 悪魔の競技

 (おもり)の収まったバックは当然ながら重かった。


 背中を大地に向けて引っ張り倒そうと、常に一定の力を掛けてくるから、わたしはそれに抗うことを求められた。そうして姿勢を正しているのは結構たいへんで、その反作用で体力がつくのも当然に思える。

 それに留まらず体力づくり以外にも足腰の筋肉が鍛えられるのだから一石二鳥だろう。


 そう思ったわたしはふとおじさんを見た。


 重厚な剣を携えながらも歩いている。長年そんなことをしているから、こんなにムキムキになったのだろうか? であればわたしもいつかはおじさんみたいに……


「いやないない!」


 おぞましい想像にかぶりを振っていると、前を歩く2人が振り返った。


「なにがないんだ?」


 おじさんの問いかけによって、声に出してしまっていたのだと知る。わたしは慌てて「なんでもないよ」というものの、それが儚い努力であることをわたしはよく知っている。

 

……案の定、おじさんは口角を意地悪そうに吊り上げていて――


「馬車が来ましたよ」


 フェアさんが警告を耳にしてわたしたちは足を止める。


「悪いねー」


 御者さんが軽く手を挙げながら馬車を横切らせていく。何となくそれを見送っていると、(ほろ)に囲われた荷台に見慣れた3人組の姿があった。


「あ、ロイドさん!」


 呼び掛けると向こうも気づいたようで、律儀にも車を止めて降りてきた。


「おはよう、リーベちゃん。それにみなさんも」

「おはようございます。これから冒険ですか?」


 問い掛けると、うつらうつらと歩いてきたボリスさんがこう答える。


「ふぁ……他になにがあるんだ?」

「あ……ふふ。それもそうですね」

「何と戦うんだ?」


 おじさんが問うと、朝日を頭頂に(ひら)かせたバートさんが答える。


「ミラージュフライですよ」


 するとフェアさんがロイドさんの方を見て言う。


「ミラージュフライとの戦闘は魔法使いが要になりますから。頑張ってくださいね?」


 先輩の激励を受け、彼は威勢よく「はい!」と答えた。


「それじゃ、俺たちはこれで」

「お気をつけて」


 手を振って見送ると、彼らは馬車に乗り込み、陽気に手を振り返してくれた。

 そうして彼らが北門に向かっていくのを見送っていると、わたしは同業者として彼ら見送っているのだと気づき、なんだか不思議な心地になった。




「ダイマ!」


 バゴンッ! と空を蹴散らすこの魔法は私にある種の快感をもたらしてくれた。しかし忘れてはならない。これは魔物と戦うための訓練であって、遊びではないのだ。


……そう自分に言い聞かせても、やはり楽しんでしまうわたしがいる。だめだな……


「ふう……」


 額に浮いた汗を拭っていると、「お疲れ様です」と労いの言葉と共にフェアさんが歩み寄ってくる。


「どうですか、わたしのダイマは?」

「完璧ですね。この分ならもうこの訓練は必要ないでしょう」


……と彼は言うが、実際、訓練は必要だ。しかし、ことダイマに限っては事情が違う。

 炸裂時に大音量の爆発音と衝撃波を辺りに散らすため、一帯の生態系を思えば、おいそれと使用するわけにはいかないのだ。


……そんな事情は理解していたが、楽しみを奪われるようで、残念でならない。


「おや、残念そうですね?」


 フェアさんにしては珍しく、悪戯っぽい言い方だった。


 それはそうと、近所迷惑な爆裂娘だと思われては堪らない!


 慌てて訂正する。


「そ、そんなことはありませんよおっ?」

「ふふ、そうですか」


 穏やかに笑うと「さて」と手を打ち鳴らす。


「魔法の基礎が出来上がったことですし、今回からは魔法の訓練に加え、体力づくりもしましょうか」

「体力づくりって、錘はちゃんとリュックに入れてきましたよ?」

「錘をリュックに詰めるのは、どちらかと言えば体幹を鍛える為のものですから、それとは別に、体力作りに特化した訓練を行わなければなりません」

「なるほど……それで、これからはどんな訓練をするんですか」

「往復持久走です」

「おーふくじきゅーそー?」

「ええ」


 フェアさんは手頃な枝を拾うと地面に線を引き、20メートルほど離れた場所にもう1本、先ほどの線に対して平行になるように線を引く。


 それを見て、わたしはこれから何をやらされるのか、おおよそ理解し、(おのの)いた。

 

 そして振り返った彼の穏やかな笑みが、どこか恐ろしいものに思えた。



 往復持久走という名の苦行を乗り越えたわたしは、髪と服が汚れるのも(いと)わず地面に寝そべった……いや、倒れこんだ。


「はあ……はあ…………!」


 募り募った疲労と脇腹の痛みに喘いでいると、フェアさんが水筒を差し出してくれた。


「脱水症を起こさないうちに水分を補給してください」

「あ、ありがとうございます」

「氷が入っているので気を付けてくださいね」


 注意されつつも氷水を口に含むと、その冷たさに、瑞々しさに、わたしの体が歓喜に打ち震えた。さらなる喜びを求めてぐびぐびと喉を鳴らしていると、半リットルほどあった水筒は瞬く間に空っぽになってしまった。


「ふう、生き返る……」

「おかわりはいかがですか?」

「あ、お願いします――おっとっと!」


 おかわりの入った水筒を傾けつつ、わたしは今回の記録が気になった。


「あのわたし、自分で何回走ったか、途中から数えてなくって……」

「そうですね、45回でしたよ」

「45回……」


 多いのか少ないのか気にしていると、フェアさんは「なかなかの結果だと思いますよ」と、わたしの心をズバリ当てて見せた。


「ちなみになんですけど、フェアさんは何回くらいできますか?」

「そうですね……120回前後ですかね」

「120回……3倍ちかいですね」

「まあ、性別や体格の違いもありますし、それに私は10年冒険者をやっていますから。これでリーベさんと同じくらいだと、立つ瀬がなくなってしまいます」


 そういって彼は微笑んだ。それを道理だと感じていると、剣士2人が水筒片手にやって来た。


「フェア、水くれ」

「ぼくも……」


 おじさんもフロイデさんも汗だくで、大小の口から発せられる声も心なしかやつれていた。しかし水分を補給すると一転、まるで今さっき目覚めたばかりのような溌剌とした声に変っていった。


「ふい~。ん? なんだ、持久走やってたんか」

「うん。だから疲れちゃって」

「……何回できた?」


 フロイデさんが真剣な面持ちで問いかけてくるも、わたしが「45回です」と答えると一転、小鼻を膨らませたいつもの得々(とくとく)顔になった。だからわたしは尋ねてあげる。


「フロイデさんは何回出来ますか?」

「120回は出来る……!」


 小さな胸を張って答えるもしかし、その数字はわたしの先生と同じ物だった。


「へえ、フェアさんと同じですね」


 思ったことをそのまま口にすると、彼はピクリと震え、敵愾心(てきがいしん)をむき出しにして我らの頼れる魔法使いを睨む。


「ぼくの方ができる……!」

「ふふ。さて、どうでしょうかね」


 フェアさんが珍しくいたずらっ気を見せると、フロイデさんはいよいよ臨戦態勢に入った。すると端から見ていたおじさんが「お、なんだなんだ」とはやし立てる。


「やんのかフロイデ」

「負けない……!」


 言うや彼は木剣とグローブを捨てて準備運動に入った。


「おやおや」


 フェアさんは穏やかに笑いつつも、フロイデさん同様に準備運動を始める。


「んじゃ、俺もやっかな」


 なんとおじさんまでもがやる気を出してしまった。


 こうして男性陣による往復持久走対決が行われることになった。


 わたしの監督をしてくれていたフェアさんはさておき、あとの2人はつい先ほどまで激しく木剣を打ち合わせていたのだ。にも拘らずこんな苦行に飛び込むだなんて……わたしは彼らの――冒険者の体力に感嘆させられるのだった。





 晩の食卓にて、わたしは練習場での持久走対決の話をしていた。


「――それで? 誰が勝ったんだ?」


 お父さんが好奇心を満面に浮かべて続きを促す。わたしはそれに対し、結末を遠回しにして意地悪したりせずに、簡潔に述べる。


「127回でフェアさんの勝ちだったよ。まあ、おじさんたちはちょっと前までボカスカやりあってたからアレだけど」


 お父さんが「そうか」と笑う隣ではお母さんが微笑を湛えていて、小さく上品に笑うと「でもフロイデくんは落ち込んじゃったんじゃない」と尋ねてくる。


「うん。『ぼくの方が出来るのに……』って悔しがってたよ」


 それを聞いたお母さんは、まるで尻餅をついて泣き喚く幼子を心配しつつも笑ってしまったような、そんな優しい笑い方をした。

 その様子にジェラシーを感じてしまいそうになるが、ふと同じ目でわたしを見てきた為に不満は払拭されたのだった。


「リーベが楽しそうにしてくれてて安心したわ」

「そうだな。冒険者になってすぐ辛い辞めたいなんて言い出すんじゃないかって不安だったもんな」

「え、そんな心配してたの⁉」


 ちょっとショックを受けていると、お父さんは笑った。


「今だから言うが、冒険者学校を出てない奴ってのは大抵すぐ音を上げるのが落ちなんだ」

「そ、そうなんだ……」


 冒険者学校について、わたしはギルドの規則の面からその必要性を疑っていたが、それはあまりにも短絡的な考えだった。どんな仕事でもそうだが、冒険者において体力や根性が養われているかは非常に重要なことなのだ。


 それを思えば両親がわたしを心配してくれていたのも当然のことだろう。


「もしもおじさんが師匠じゃなかったら、わたしもそうなってたのかな……?」

「リーベに限ってそれはねえだろ」

「そうね。リーベは頑張り屋ですものね」


 2人にそう言われると照れ臭かったが、なにより嬉しかった。自然と頬が緩み、謙遜の言葉は上擦る。


「もお、言いすぎだよお!」


 すると2人は笑った。わたしもつられて笑った。


 でも、とお母さんは途端に神妙な顔になってわたしを見る。その瞳は信頼と心配とが混交した色合いをしていて、それを向けられるわたしの胸に温もりが宿る。


「頑張りすぎないで、無理な時は無理っていうのよ?」


 妻の言葉に夫が頷く。


「そうだな。ヴァールもフェアもそこらへんはわかってるだろうが、肝心なところはお前にしかわかんないんだ。仕事に真剣なのがお前の良いとこだが、それで体を壊すようなことはするなよ。いいな?」

「お母さん、お父さん……うん。無茶にならないくらいに頑張るよ」


 微笑んで見せると2人は安心してくれたようで、瞳からは心配の色が薄らいでいった。




 夕食を終えて寝床に帰って来たわたしは眠たさに意識が揺らいでいたが、それでもダンクと2人、秘密のおしゃべり会を開かずにはいられなかった。


「ダンクは駆けっこ得意だもんね。200回くらいはいけるかな?」

「…………」


 無口な彼はしかし、どこかの少年よろしく無口なりの感情表現というのを見せてくれた。

 大きな頭をぶんぶんと縦に振るそのしぐさには犬らしさが表れていて、わたしは愛おしさを抑えきれなくなった。


「ふふ、そうだよねー」


 愛犬を抱き寄せるとわたしは目をつぶった。心に思い浮かべるのは彼と一緒に原っぱを駆ける情景だ。空は青く、太陽が燦々(さんさん)と輝いて草木を緑に照らし出す。風は温かく、しかしちょっぴり強く、わたしは髪とスカートを抑えつつ、前方で無邪気に駆け回るダンクの姿を眺める。


『きゃん! きゃん!』


 ひとしきり自分の尻尾を追い回すと、今度はわたしに飛びついてきた。それから小さな舌でチロチロとわたしの頬を舐めてくる。


『くすぐったいよ~!』


 それからわたしたちはボール遊びをしたり、追いかけっこをしたりして遊んだ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、あんなに青かった空が紫色に染まっている。でもわたしたちは帰らない。これからは星を見上げて語らうのだ。今日のことを。これからのことを。




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